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第118話 名誉なんてない!

「俺の家臣団はな……かわいそうに関ヶ原で勝利したにも関わらず、俺が死んだ後、世間から爪弾きにされてな……」

 

 秀秋は格子を握りしめて目を伏せて語り始める。


「お前の家臣団と違ってどこからも声が掛からず……飢えて死んだり、野盗となったりした者も多かったのだ」


 確かに裏切りの烙印を押され、小早川秀秋の死後、改易の憂き目に遭った家臣たちは他の大名から忌避され、幸運な者を除き多くの者たちが行き場を失った。


 関ヶ原で勇猛に戦ったという評判の石田家家臣団とはかなり違った。


 石田家の家臣団は引く手数多だった。


「だからなのか……人一倍俺に対する忠誠心が強くてな。命令すれば忽ち手際良く仕事をこなす」


 秀秋は目線をグッと上げて三成を睨みつける。


「大野治長の暗殺など……造作ないこと。俺の身に何かあったら、直ぐに実行するはずだ」


「待て待て。俺が大野治長を護らなきゃいけない理由は茶々様と奴がデキているから、ということか?」


 三成には理屈がちょっと良く分からない。


「察しが悪いのぅ……現代で、茶々、敢えて本名を言えば早瀬篤子の夫は、早瀬治……こちらの世界の大野治長だ」


「……なるほど」


 ということは、戸田内記の父親か。


「でも! 大野治長を殺しても、別に良いのではないか?」


 ぶっちゃけると身も蓋もない話になる。


「プレイヤーなんだし。またログインし直せば良いのではないか?」


 とにかくプレイヤーは何だってできるのだ。


「おぬし……この世界が本当に単純なゲームの中だと思っているのか?」


 秀秋が呆れたように言った。


「いや! お前の忍びの佐久川喜重郎が言ってたんだろうよ! お前の意見なんだろ?」


 秀秋のお抱えの間諜スパイだった佐久川喜重郎から、三成はそう聞いたのだ。


「この世界は現実の世界と、密接にリンクしている。 だから……プレイヤーである大野治長がこちらの世界で殺されたら、現実世界でも何が起こるか誰にも分からない」


 プレイヤーである大野治長は、現代の意識を持ちながら行ったり来たりして、この世界にも深く入り込んでいる。


 リンクの状態に寄っては、こちらでショッキングな事態になれば現代に支障が出るおそれがあるということらしい。


「分からないのだったら……」


 三成は呟く。


 おそれがある、程度だったら何も躊躇の仕様がない。


「賭けてみるか? 淀の夫の命を」


 秀秋は挑むように言った。


「いいのか? 邪魔者さえ居なくなれば……却って好都合か?」


 三成は混乱中である。


 プレイヤーの仕組みを戸田内記に確認する必要がある。


 詳しく知らない可能性もあるが……。


「まぁ……猶予はある、よく考えろよ。治部少」


 秀秋は話は終わったとばかりに格子から手を離した。


「お前! 何なんだよ! さっきまでめそめそと泣いておったではないか?!」


 三成の言葉にさも不快だとばかりに秀秋は眉を顰める。


「フフフ……俺は、お前を見て面白くて嗤ってただけだ。女にうつつを抜かす姿が情けなくて」


 秀秋は目を剥いて三成を嘲る。


「太閤が見たら……太閤が今のお前の姿を見たら、情けなくて涙も流せないだろうな。自分の愛妾に夢中なのだから」


 秀秋は急に声のトーンを落とす。


「太閤は……俺を後継者に指名すべきだった」


 格子に再び手をやり、額を擦り付ける。


「秀次でも、秀頼でも……ましてやお前でもない。この俺を……一番に可愛がるべきだった」


「なるほど……そこか」


――嫉妬だ。 秀秋の全ての行動原理は嫉妬ゆえなのだ。


 太閤秀吉からの寵愛を一身に受けていた時期がこの男には確かにあった。


「確かに、秀吉様は」


 三成は敢えてこの場面で親愛を込めて秀吉と本名で呼んだ。


「おぬしが大層キライであったな」


 秀秋はキッと三成を睨む。


 ようやく秀秋の感情らしい感情を見た。


「おぬしを……可愛がったものの、酒に身も心も侵され期待外れ。案の定、関ヶ原でも豊家を土壇場で裏切り……大外れであったものな」


 三成の目が剣呑に光る。


「豊家を勝手にかたって大戦を起こしたのはどこのどいつだ?!」


 秀秋が喚く。


「そうかな? きっと秀吉様は草葉の陰から『三成、良くやった。流石だ』と褒めてくださるのでは?」


 三成はニッコリと秀秋に笑いかけた。


「おめおめと徳川家康に味方して、豊家の滅亡に加担したおぬしより、きっと俺を可愛がってくれるはず。過分に褒めてくださるはず」


「黙れ! 色小姓風情が!」


「ちょっと待て……秀吉様にそのような気が無かったのは知っておるであろ?」


 三成は秀秋を手で制した。


「まぁ……確かに、考えてみたらおぬしはかわいそうだったわな。

 一度は跡継ぎと目されていたのだから。捻くれるのも無理はない」


 三成は格子こうし越しに秀秋に近づいた。


「お前……このまま、内府に好きなように操られていて良いのか?」


 三成は本題に入る。


「お前の命を救うことは出来る……だが、魂はどうだ? 内府に良いようにやられたまま、この牢屋で腐っていくのか。

 内府との繋がりを正直に話せば、名誉回復の道だってある」


「フフ……無いね」


 秀秋は目を伏せたまま鼻で笑う。


「俺に名誉を回復する道なんてない。ましてや名誉なんて、回復したいとすら思わない。

 俺の希望はお前を地獄に突き落とすこと。それ以外にない」


 秀秋は格子を両手で持って身体を斜め奥に倒した。


 そこから三成の目線と合わせる。


「内府との証拠なんていくら調べたって出ないぞ。

 全て俺がお前を道連れにするために行ってきたことだからな。おとなしく、俺と共に地獄に堕ちろ」


 三成は真顔になった。


――狂ってやがる。


 行動原理が恨みの奴の場合は三成にはどうも先が見通しづらい。


「重い……思ったより、感情が激重い……」

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