第115話 運命じゃない!
女が二人である。
肩を寄せ合って、震えながらこちらを見る。
伊吹山の麓の屋敷の奥の間で、三成は傍らの大谷刑部に救いを求めるような目線を送った。
「お前が話せよ」
「いや……お前が責任者だ。話せ」
大谷に促されて、三成は怖がらせないように二人に近づく。
「ヒィィ!」
わかりやすく、女たちは震え上がっている。
無理もない。
湯浅五助に洞窟で発見されてから有無も言わせずに屋敷まで夜陰に紛れて連れてきた。
眠れない夜を過ごしたことだろう。明けて早朝である。
「やぁ! おはよう! 俺は石田治部少輔三成。俺を知ってる娘はいるかな?」
三成は無理矢理笑顔を作った。
初の時の教訓がマズい方に効いている。
「ヒェ!」
二人は両手をお互い絡ませて、余計に震え上がった。
「ぞ、存じ上げております」
かろうじて一人の女が応えた。
円な瞳に垂れた眉、鼻は低くて小ぶりだが上唇がポッテリと色付いている。
女らしい厚みのある身体で隣の女の子の身体を包み込むように護っている。
美人ではないが、可愛い愛嬌のある顔をしている。
「名は?」
「熊といいます」
「……熊、怖がらなくて良いぞ。我らがおぬしらを護る。決して悪いようにはしないからな」
三成は安心させるようにゆっくりと話す。
三成はもう一人へ視線を移す。
女は緊張したのか明らかに震え出す。
「わ、わたしは……夢、と申します」
「夢、大変だったな。この屋敷に入ったなら安心せよ」
夢は華奢な肩を震わせる。
頗る痩せていて目だけが異様に大きい。
小ぶりな唇が青ざめている。
ツヤツヤした髪が朝日を受けて光る。
震えていなければ、絶世の美女だろう。
夢はガバァっとひれ伏す。
「も、申し訳ございません! お名前は存じ上げておるものの、お顔を拝見したことが無く……御無礼を!」
夢は震えてロクに挨拶も出来なかったことを詫びている。
「わたくしも! 申し訳ありません!」
熊も三成にひれ伏した。
――めちゃくちゃ怖がられてる……。
大坂での自分の評判はコレなのだ。
三成は自身の不甲斐なさをまざまざと見せつけられる。
「刑部……そういうことだから、後は頼んだ」
「……」
大谷は流石に気の毒そうな目線を送ってくる。
「お前は頗るアホだから、存外怖いところはひとつも無いぞ」
「慰めるな……気にしてない」
やはり三成の評判を決定付けているのは関白秀次事件だろう。
事件の裏では三成は解決に奔走していたが、間に合わず秀次に切腹されてしまった。
秀吉の怒りは凄まじく……秀次の妻妾など女御、実に34名を捕らえて、首を跳ねた。
その中に、まだ輿入れもしていなかった最上義光の珠のような娘・駒姫もいたのである。
秘密裡に裏で動いたものの、結局、三成は駒姫を救うことも出来なかった。
刑場の差配は三成ら奉行が取り仕切った。
三成が繰り返し良く見る悪夢のひとつである。
玄関を出ると、そこには宇喜多秀家が待ち構えていた。
「女か?」
「ええ」
三成は頷いた。
「……未来の花嫁候補に会うてきて良いか?」
せっかちだな、と思ったが秀家の言い方がとぼけていて面白い。
「いいですよ。怖がらせないでね」
三成は玄関で秀家を待った。
既に季節は五月に入り初夏。
木々が新しい芽を吹き出している。
瑞々しい生命力に満ちた自然の風景が眩しく、己の暗澹たる内情とのギャップに人知れず苦しくなる。
――これから。
これからどうやって内府と渡り合っていくのか。
これから己はどうしたい?
小西行長の言う通り、潔く引退をした方が良いのではないか。
――否。
それでは内府に好きなようにやられる。
「茶々様……」
足音がしてふと振り返る。
大谷刑部が見下ろしている。
「熊が良いそうだ」
「夢ではなくて?」
宇喜多秀家は三成にとっては意外な選択をした。
「熊に、一目惚れだそうな」
「……フフ、いいね」
果たして熊が秀家を選んでくれるかは分からない。
でも……この世界に未来があるなら、若い二人の関係が深まる方に賭けてみたい。
「この世界に未来があるなら……今度こそ!」
今度こそ、女も男も安心して暮らせる世を創りたい。
いや、創らねばならない。
三成は玄関の三和土を蹴って陽の当たる外に出た。
◇
雑居ビルにあるタバコの吸える喫茶店に入る。 目の前の男……佐久コウタはアイスコーヒーを一気に煽った。
「本当に怪しそうに見えないところが怪しいんだよなぁ」
ニヤニヤしながら、安藤と真美子の顔を交互に見る。
名刺にはコンテンツ事業部の事業部長と書かれている。
先ほどの駒井亮一とは同期入社。
佐久はツルリとした色白の丸顔なので、歳よりも若く見える。
「やってみて、どうだった? 『夢伽草子』」
佐久はタバコに火をつけたあと、探るような目で安藤を見つめる。
「凄く……良かったです。
最後は感動しましたし、登場人物の心情が丁寧に描かれていて……分岐点のある文芸作品みたいでしたね」
「うーん、きっとそれが世間には受けなかったんだよなぁ」
佐久は豪快に笑った。
タバコをさも旨そうに吸う。
「センセイ方、名刺の裏に携帯番号書いておいて」
佐久は安藤たちが渡した名刺を裏返して戻した。名刺を軽く指で叩く。
安藤は雫のついたアイスコーヒーを脇にどける。
隣の真美子はホットミルクティーである。
「カンデンさんに問い合わせてみるから。連絡するように伝えてみる」
「カンデン……って珍しいお名前ですよね? 漢字だけお伺いしてもよろしいですか?」
安藤がおずおずと尋ねた。
佐久は安藤のペンを奪って喫茶店のペーパーナプキンにペンを走らせる。
『勘伝』
「それで……『ぬれぬれスイッチ』、なるほど」
安藤は密かに得心する。
珍しい苗字だ。
『感電』をモジッてペンネームにしたのだろう。
「二人ってどういう関係なの? 夫婦?」
「まさか! ただの同僚です!」
佐久の好奇心いっぱいの質問に真美子がすかさず否定した。
「そうなんだ……まさか岐阜からわざわざ来るなんて、すごいね」
「勘伝先生とは、お仕事を良くされるんですか?」
安藤の質問に佐久は顔を横に振った。
「いやぁ……ここ最近は無いね。別に理由は無いのだけど、あの人も自由気ままなところがあるから」
既にアイスコーヒーは空である。
安藤はもう一杯勧めたが、佐久は打ち合わせのため、もう仕事に戻らなくてはならないらしい。
佐久は短くなったタバコを慌てて灰皿で消した。
「安藤センセイ、連絡しますよ」
佐久はそう言いながら、指に挟んだ二人の名刺を仕舞ってそのままレジで全員分払おうとする。
「いいですよ! ここは払います」
「割引券、持ってるから」
佐久は安藤を制して笑いながら言った。
「事情……聞かないんですか?」
雑居ビルの前で別れる際に、安藤は佐久に尋ねた。
「うーん、借金取りにもストーカーにも見えないしね」
円な瞳が真っすぐ安藤の顔を捉える。
「勘伝さんのことだから……そんなにトラブルに巻き込まれるってことは無さそうだし、聞かなくていいかなって」
安藤は佐久の厚意に感謝して、頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
真美子も勢い良く頭を下げる。
「いいね、何か。青春」
佐久は吹き出している。
「センセイ方、くれぐれも新聞とかネット記事に載らないでよ!」
「ありがとう! 佐久さん!」
安藤は会社に戻る佐久の背中に手を振った。
――ありがとう。
駒井さんも。
スルスルと人の縁によって導かれていく過程に安藤は不思議な心持ちがした。




