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第112話 教えられない!

「ラジオネーム、アンドゥーさんからのお便りです! いつもありがとー! 


 アカネちゃん、こんばんは! 実は今僕は人を探しています! 

 それは僕の尊敬する作家、ぬれぬれスイッチ先生です! 


 ぬれぬれスイッチ先生! もしこのラジオを聴いていたら熱烈なファンが貴方を探していますので、ぜひぜひファンミーティングを開催してください!


 ところで、アカネちゃんはMEIMORE(メイモア)加入前、ファンミやサイン会、握手会に参加したことはありますか? 

 

 アンドゥーさん、めちゃくちゃ熱烈! 


 アカネのサイン会もこれくらいの情熱を持ったメイミーたちがこぞって参加してくれるので凄く熱いのですが、私も実は……デビュー前! 

 メイミーたちと共に握手会に参加したことがあります!」


 安藤はラジオから聴こえる音声に耳を傾けている。


「こんなんで、ホントに情報来るのかしら?」


 トミーカイラの助手席から本郷真美子が欠伸あくび混じりで尋ねる。


 因みにMEIMOREの新条アカネがデビュー前、ファンと共に握手会に参加していたのは有名な話である。


 他にもSNSに、情報収集のため連絡先を載せている。


 一週間ほど経つが未だに情報提供は一件も無い。


 BLゲーム『夢伽草子〜決戦前夜に薔薇は咲く〜』のゲーム会社、株式会社アメリアヴィジョン(旧会社名:エンターテインメントヴィジョン)には既に代表電話に問い合わせたが、電話応対の女性が出たきり、返事は掛かってこなかった。


 当然だが個人情報のため、教えられないということだろう。


「今週の木曜日……アメリアヴィジョンへ行こうかな、と」


 今週の木曜日は学校の創立記念日でお休みである。


「私も行きます」


 真美子が背を伸ばして向き合って言った。


「大丈夫ですか? 無理しなくても」


 教師にとって平日休みは頗る貴重である。


「安藤先生。失礼だけど貴方ひとりより、私がいたほうが少しでも怪しさを解消できると思うけど」


 確かに安藤がひとりで行くよりは、真美子がいたほうが警戒心を持たれにくいだろう。


「門前払いかもですよ……」


「行くだけ、行ってみましょうよ」


 新幹線に乗って、日帰りである。

 東京観光をたのしむヒマもない。



  ◇



 東京都渋谷区にあるアメリアヴィジョンは恵比寿駅からほど近い場所にあった。


「駐車場、高!」


 恵比寿駅のパーキングの値段を見て安藤は驚愕する。


「ちょっと、恥ずかしい。止めてよ」


 いちいち、都会のあれこれに反応する安藤が恥ずかしい。


 真美子の眉間にシワが深く寄っている。


 株式会社アメリアヴィジョンの前で安藤の携帯が鳴った。


 短い振動。 メールである。


『お前、だれ?』


 文面は一文だけであった。


 差出人は適当な捨てアカウントのようだった。


「行くわよ」


 真美子の言葉に安藤は目線を上げる。


 それほど大きくはないが、自社ビルなのだろう。


 アメリアヴィジョンで発売されているゲームのタイトルがウィンドウに掲げられている。


 真美子に促されて受付のところまで歩く。


「あのう……駒井さんはいらっしゃいますか?」


 BLゲーム『夢伽草子〜決戦前夜に薔薇は咲く〜』は当時、駒井という若い社員が制作指揮を執っていたことが当時のゲーム雑誌に記載されていた。


『夢伽草子……』は当たらなかったが、駒井はこの後、何本かスマッシュヒットを飛ばしている。


「統括本部の駒井でしょうか? お約束でしょうか?」


「約束では無いのですが……我々こういった者 でして」


 伝家の宝刀……学校法人の名刺を取りだす。 真美子も赤い革の名刺ケースの上に自身の名刺を重ねた。


 受付の女性はめちゃくちゃ上目遣いで安藤と真美子を交互に見入る。


「……少々、お待ちください」


 駒井亮一はほどなく安藤らの待つ受付に姿を現してくれた。


 スーツ姿のいかにも出来るビジネスマンといった様子の紳士である。


「先生方……岐阜から? 嘘でしょ?」


 駒井の名刺には、統括本部GM(ゼネラルマネジャー)


 かなり偉い人のようだ。


「生徒の職場見学とのことですが?」


 受付の女性には学校から生徒の職場見学の希望がある旨を伝えている。


「……いえ。実は駒井さんにお会いしたかったのです」


「……」


「私たち、訳あって人を探しているんです」


 慌てて真美子が補足する。


「そういうことでしたら、お断りします」


 駒井の顔に先ほどまでの柔和さが消え、目元は底冷えのするようなビジネスマンの冷たさだ。


「多いんです。ハッキリ言って。このゲームの制作陣に会いたい、とか。シナリオの人に会わせてくれ、とか。

 僕らも慈善事業じゃないのでね。時間取られるの凄い迷惑なんですよ」


 駒井はすぐに立ち去ろうとする。


「駒井さん! こ、このゲームなんですけどご記憶ありませんか?」


 駒井の目がゲームのパッケージに引き寄せられる。


「記憶があるも、何も、僕がこのエンタヴィ入ってすぐに創ったゲームですから」


 ピンク色の紙の入ったパッケージを手に取り、マジマジと見つめる。


「大赤字でね……シナリオは良かったと思うんだけど……当時、僕はクビになるとこでした。

 懐かしいな……会社にももう現物は残ってないだろうな」


 安藤は言った。


「その……シナリオ担当の『ぬれぬれスイッチ』先生を探しています」


「教えられません」


 駒井は目を素早く瞬かせた。


 答えは一緒である。


「分かります! そうですよね。でも……人の命が掛かってるんです。だから……だから、無理を承知でお願いに伺いました!」


 安藤は勢い良く頭を90℃下げた。


 慌てて後ろで真美子も頭を下げる。


「そんなこと言われても……」


 駒井は困惑気味の声で呟く。


「第一、貴方がた……こんなことして良いんですか? 職場に知られたら、ただじゃすまないでしょう?」


 駒井は二人の真剣な様子に気圧けおされる。


「……」


 安藤は頭を下げ続けている。


 そんな安藤の背中を見た真美子が駒井の目を見てからもう一度頭を下げた。


「信用……できない人たちに見えないんだよなぁ」


 駒井は耳たぶを掻いた。


「先生がた……おタバコ吸われますか?」


「……いえ」


 安藤が応える。


「吸いますよね。このビル実は喫煙所が受付横のスペースしかないんですよ」


 駒井は受付から10メートルほど先の透明ブースを指差した。


「そこに、コンテンツ事業部の部長で佐久という男がしょっちゅうタバコ吸いに来ますから、世間話してみてください。

 面白い男でね……当時は同じ制作部で机を並べてました」


 困惑する安藤と真美子に駒井は少し口角を上げて微笑む。


 日に焼けて、口元には渋い男の風格が出ている。


「色白で無精髭……キャラもののTシャツ着て長髪なのですぐに分かりますよ」


 駒井は手に持った二人の名刺を掲げた。


「名刺、念のため大事に保管させていただきますよ。もし、情報を悪用されるようでしたら、学校に問い合わせてお二人に事情を聞かせていただきます」


「分かりました! ありがとうございます!」


 安藤と真美子は、立ち去る駒井の背中に肩を並べて深々と頭を下げた。


 タバコ臭くなるので、真美子には受付で待ってもらっている。


 安藤はひとり喫煙ブースの端に立っている。


 佐久という男はなかなか現れない。


 安藤はタバコを吸わないので、臭いと煙で目が痛くなる。


 佐久らしき人物がようやく若手の社員と談笑しながら現れた。


 丸顔に円な瞳。長髪、色白で無精髭。


 間違いない。


「さ、佐久さんですか?」


 安藤はゲームの褪せたピンクのパッケージを掲げながら話しかけた。


「え?! マジで?! 懐かしい! 『夢伽草子』じゃん」


 思わず佐久はパッケージを手に取る。


 表紙をひと通り眺めてから、裏面を確認した。


「ウチのアーカイブにも残って無いんじゃないかな。懐かしい! 探してたんだよ。貴方、どこで手に入れたの?」


「シナリオ担当の……」


「ああ、カンデンさんの関係か……」


 佐久は頷きながら言った。目線をふと安藤の顔に寄越す。


「カンデンクニヒコ……先生のお知り合い??」


 佐久の丸顔がゆっくりと時間をかけて『しまった』という表情に移行している。


「佐久さん、是非そのカンデンクニヒコ先生について教えてください!!」


 安藤の勢いに佐久コウタは後方に仰け反った。

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