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第111話 仰せじゃない!

 大谷が取調室に選んだのは以前、東軍の間諜スパイであった佐久川喜重郎の取り調べに使用した部屋である。


 北側で薄暗く、隣は座敷牢になっている。 取調室には大谷と三成の他に、書記として大谷が東軍から連れてきた千野伊織ちのいおりという若者が入った。


 伊織はいかにも知恵者らしいスッキリした一重が特徴的な色白の若者である。


 この世界、中身が本当に若者なのかは不明だが。


「村田新左衛門はおぬしを出し抜いてまんまと逃げたそうだな」


 大谷は探るような目をして言った。


「……藤兵衛(長束正家)にこっぴどく叱られたよ」


 三成はため息をつきながら、自身の少しウェーブがかった髪を撫でつけた。


「鍵を壊されていて……逃げる手引きをした者がおったのだなぁ……いやはや、俺としたことが迂闊うかつであった」


「……」


「まだまだ側に間諜スパイがおるかもしれんな。俺も引き続き警戒せねば」


「……白々しい」


 大谷は吐き捨てる。


「俺がお前の嘘を見抜けないとでも思ってるのか?」


「嘘じゃない! 嘘じゃあないよ!」


 嘘である。


 三成は必死に取り繕う。


「まあ、いいや。そんなことより、東西両軍の関所の問題だ」


 大谷は話題を変えてやった。


 大谷刑部と藤堂高虎、細川忠興の三名は実に92名もの人間を短期間で取り調べた。


 そこで判明したのは通行手形の濫発らんぱつと、管理の杜撰ずさんさ、更には名簿の記載の不備など意図的か意図的ではないかに関わらず、炭鉱事業の共同開発をうたった時の約定ルールが全く守られていないことであった。


『東西両軍の関所にて炭鉱作業従事者の名簿と身分証を突き合わせ、更には西軍陣地内の東軍宿営所に於いても毎日の入退室管理並びに都度の所持品チェック……』


 炭鉱作業従事者を対象に細かな規定がある。


 大谷は懐から東軍関所の入退室管理表を取り出してテーブルに広げた。


「たとえばこの日……この北元なる人物が通行証を持って西軍領内へ渡ってきた」


 大谷は長い指で入退室管理表の細かな文字を指し示す。


「ところがこの北元なる人物はこの間、東軍領内で目撃されているのだ。

 この日同僚が北元と一緒にいたと供述した。

 すなわち北元とは全くの別人が関所を通ったことになる」


 大谷は別の箇所を力強く指差す。


「この……黒田家家臣の島田弥二郎、三田喜多次に至っては存在すら掴めない!」


 三成は明らかに青ざめている。


 目をつむりながら、大谷に苦悶くもんの表情で伝えた。


「それは……調べなくても大丈夫だ。刑部」


 架空の黒田家家臣は三成と左近である。


「ははぁ……何でお前が関所の管理を敢えてザルにしていたか分かったぞ。

 お前は己のやりたいことのために、人命をないがしろにしていたのではないか……この度の炭鉱の不始末はやはりお前の責任ではないか?」


「敢えてザルにしていたわけではない! 手が回らなかったのだ」


 三成とて、別に関所の管理を杜撰にしようとした意図はない。


 ただ……自身は自由に東軍領内を移動したかったのは事実だ。


「そもそもある程度の自由な往来は東西友好のためにも必要なこと。

 悪意を持って侵入してくれば関所がどうとかいうより、防ぎようがないだろう。

 不正に関所なんか通らずに川を渡ってくるかもしれないのだし」


 大谷は冷徹な目線を三成に送る。


「この度は関所の役人も幾人か逮捕者が出るぞ」


「な、なんで?」


「ワイロが横行していたのだ」


 東軍と西軍では敵味方に別れたといえども、親戚やあるいは親子などごくごく親しい関係の者たちが多い。


 息子に会いに、場合によっては孫に会いに、なんてこともある。


 そこで関所の役人に頼み込んで、通行証が無くても幾ばくかの金を払えば事情を汲んで通していたという。


「細川忠興がカンカンでな……ひとり残らず斬ってやる、と息巻いておる」


 三成の腕に鳥肌が立つ。


「素直に話せ。おぬしの身柄だって細川忠興に引き渡しても良いのだぞ」


「か、勘弁してくれよ!」


 大谷は楽しそうだ。


 めちゃくちゃノリノリである。


 三成は思わず悲鳴をあげた。


「ま、まさか本当に俺を内府らに引き渡すつもりじゃないだろうな?」


「そうして欲しいなら、そうするが?」


 三成は気色ばむ。


「そもそも! 今回の炭鉱テロ事件は内府の主導で行われたもの! 関所の管理云々の前に、責任を取るのは内府だろう?」


 井伊直政を使って徳川家康が仕込んだと考えるのが普通だ。


 実は三成は既に村田新左衛門から小早川秀秋が実行犯であるという話を聞いている。


 目撃したというので信憑性しんぴょうせいは高い。


 しかし、直政でも秀秋であっても、あくまで裏で家康の指示があったと三成は考えている。


「……それに関しては兵部ひょうぶ(井伊直政)をかなりキツく取り調べたが、証拠は上がらなかった」


 連日の取り調べに流石の直政も音を上げた。


 このままでは主君の直政に類が及ぶと思い、観念したのか、鈴木文右衛門なる家臣が炭鉱の木枠やロープに細工したと自供した。


――ところが。


「内府に繋がる証拠は何も無いのだ」


「バカ言えよ」


 三成は思わず笑った。


「裏で内府が糸を引いているに決まってるだろう? その鈴木文右衛門は内府の御側衆おそばしゅうなのであろ?」


 大谷曰く、鈴木文右衛門は家康がプライベートな鷹狩りに連れて行くほどの側近であるのは確実だった。


「ただ……正直、内府がそのような危ない橋を渡るとは俺にも思えぬのだ」


「それでお前は本丸の内府をスルーして俺への取り調べか! やってられんわ! 私情を挟まないで欲しいな」


 三成は吐き捨てる。


 腕を組んで、乱暴に足を投げ出した。


「私情を挟んでいるつもりは無い」


 大谷は真っすぐ三成の目を見つめた。


「ただお前のやったこと……つまりは足が付かないように黒田長政に頼んで通行手形を融通してもらったのだろう? これは立派な約定ルール違反だろう?」


「そんな軽微けいびなこと!」


「軽微なことでも、慎重にやらねばならぬのだ!!」


 大谷刑部は珍しく大きな声をあげた。


「お前が率先して約定ルールを違反してどうする? そんなことで内府への申開きが通ると言うのか? 

 そもそも内府の約定違反が見つからぬ限り、内府を罪に問うことは出来ないだろう?」


  三成は不貞腐れて、そっぽを向く。


「まあ、いい。今回は内府も、殊更事を荒立てたくないと仰せだ」


「仰せ……ね」


 三成は失笑した。


「そうねるな……お前に、土産話が無いわけではない」


 大谷の目が剣呑に光った。


「金吾(小早川秀秋)が自供したぞ」


「え?」


「俺に泣きながら自供してきた。炭鉱の件も、飯田源吾の件もだ。

 金吾に関してはこちらに身柄を明渡し、おぬしが直接調べることができる」


「な、何でいきなり?」


 三成にはにわかには信じられない。


「……改心、したのではないか?」


「金吾が改心?! 本気で言ってるのか?」


 あんな太々しい態度の秀秋が簡単に改心するなんてことは、天と地がひっくり返ってもありえない。


「分からないな……俺も俄には信じられぬが」


 小早川秀秋は泣きながら、大谷にすがってきたという。


 ただ、そのまま額面通りに信用するほど大谷とて甘い人間ではない。


「俺は明日には東軍あちらに戻って、鈴木文右衛門を引き続き取り調べる。

 こちらも内府に繋がる何かが挙がり次第、おぬしには連絡するつもりだ」


 大谷は広げていた関所の管理表を丁寧に折りたたむ。


「一両日中には金吾をおぬしに引き渡す。こちらで思う存分取り調べて、内府が関わっているという証拠を掴め。以上だ」


 大谷が話をきり上げても、三成の眉間のシワが深い。


 下を向いた色白の頬が微かに紅潮しているので、頭にきているのだろう。


「ここからはオフレコだが……」


 大谷の言葉を受けて千野伊織がペンを走らせるのを止めた。


「東軍内で茶々様へのヘイトが溜まっている」


 茶々の名前が出たので、三成は思わず目線をあげる。


「何者かが扇動している可能性が高い……このままでは茶々様の身が危ぶまれる」


「それほどか……?」


 三成も松野重元から噂は聞いている。


 何者かが……何のために? 茶々を陥れようとするのか。


ういは上手くやってるよ。松平忠吉の方が歳上なのに、まるで姉さん女房みたいだ」


 大谷は久しぶりに東軍領内で初に会った。


 ついでに周りの者たちに初の評判を聞いて回ったが、すこぶる評判だった。


 みな、初の物怖じしないスコンとした明るさに癒されている。


「東軍は初が手に入ったことで……東軍内部で茶々様を亡きものにしようとする動きがあるのだろう」


 女は初だけで充分というわけではないだろうが、もし茶々がこちらで子を宿したなら今度こそ象徴的な『西軍の子』である。


 西軍に未来があっちゃ困る勢力がいるのだろう。


「全く……次から次へと……」


 良からぬことを考えつくものだ。


 三成は噂の扇動者も突き止めなければならない。

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