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第110話 逮捕じゃない!

――時はすべてを見通している。


 時があなたの思いもよらぬ真実を明らかにした。

 子を生み、災いを生んだあの恐ろしい結婚に、時はようやく裁きを下した。


 ああ、ライオスの子よ、我らはあの時あなたに出会わなければよかったのだ。


 悲しみはあまりにも大きく、我々は口々に弔いの歌を歌う。


 真実を言うならば、かつてあなたのお陰で救われた我らは、あなたのために永遠の眠りに落ちる。


――ソフィロス『オイディプス王』希和対訳版



 先ごろ、各隊の選挙人(代表者)による投票が行われ、西軍国初代内閣総理大臣は増田ました長盛に決定した。


 宇喜多秀家が先ほどから項垂うなだれている。


 いつもの貴公子然とした態度は失われ、髪もボサボサで、さながら追放された失意の王子である。


「意外でしたね……」


 秀家の様子を食堂の斜め前の席から横目で見て、左近は三成の袖をつついた。


「王子様系が……」


 三成は小声で気の毒そうに話す。


「王子様系が二人、立候補してしまったからな。仁右衛門にうえもん(長盛)は漁夫の利を得たのだ」


 上位三名による決選投票では、宇喜多秀家と織田信吉の所謂『王子様系』の票が分かれ、結果、増田長盛が勝利した。


 三成は花束なんか渡されちゃって、さも嬉しそうな顔で挨拶をした長盛を内心苦々しく思い出す。


「……なんでも、『親東軍派』としての手腕にも期待されたようなところもあるそうですよ」


 左近が分析する。


 因みに木下木兵衛なる人物が増田長盛であることは西軍には知れ渡り、東軍にも知る者が多くなった。


 こうなるともう隠してはおけない。


「なにが『親東軍派』だよ! 昔、裏切ってただけじゃないのよぉ」


 三成は腕を組んでボヤいた。


 但し民意で選ばれたのだから、それはそれで尊ばねばならない。


 これから増田長盛による本格的な組閣がはじまる。


 三成が決めた暫定の人事は一旦リセットされる形だ。


「ところで左近? 何だ、この紙くずの山は?」


 二人で食べ終わった食器を戻した後、左近が紙くずを巾着から取り出してテーブルに広げた。


 短冊のようなものに、みな思い思いの品物を書いている。


『ヴァ◯クリの指輪♡chacha&hyoubu刻印入り』


 裏を見ると井伊直政の花押である。


「港区女子かよ!」


 三成は呆れた。


 時空のヒビのことがまことしやかに囁かれているので、こうしたリクエストが日々届いてしまう。


 直政の紙を三成は憎々しげに見つめた。


 そもそも直政はこの度の家中の不始末で、目下取り調べ中なのだからこんな紙を寄越す方がふざけている。


「これなんか、叶えてあげたらどうですか?」


 左近が紙を見せる。


『へルベルト・フォン・カラヤン ベルリン・フィル 1977年伝説の第九LPレコード


 書かれた名は黒田長政である。


 三成は面白くなさそうにため息をつく。


 そもそも蓄音機もまだ存在していない。


「何でコイツらの願いをわざわざ聞かにゃならんのだ?」


 三成はそう言いながら井伊直政の用紙で既に飛行機を折り出す。


「食べ物の種とかどうですか? これとか」


――カカオ豆。byナイキ。


「亜熱帯性気候じゃないから、難しいんじゃないかな?」


 チョコレートの原材料になるカカオ豆は日本の気候では簡単に育たない。


「ビニールハウスで栽培するとか、工夫次第じゃないですか?」


 左近は無骨な顔に似合わず甘党である。


 確かに、以前とは地質等も変わっている可能性が高いため試してみる価値はある。


 そうは言っても、良いように調達に使われる長宗我部盛親が気の毒である。


 炭鉱事業は水が引いても頓挫していた。


 人がひとりも死ななかったので、三成も黒田長政もかろうじて責任を追及されなかったが、莫大な費用をかけた一大事業は安全対策がキチンと機能するまでは当面、休止になってしまった。


「何で、俺の責任になるんだよ。何でもかんでも俺じゃないよな?」


 三成は左近に問いかける。


「何かと出しゃばってるから、そういう風に見られるんじゃないですか?」


 左近はあくまで主君に手厳しい。


「出しゃばってるつもりじゃないんだけど……」


 食堂の固い椅子の背もたれにもたれかかって伸びをする。


 指が何かに触れた。


 振り返ると大谷刑部が立っている。


「刑部! 帰って来てたのか? ご苦労だったな」


 大谷は炭鉱テロ殺人未遂事件の問答使もんどうしとして東軍内でしばらく捜査チームを指揮していた。


 大谷は三成を無言で見つめた。


 目が異様に輝いている。


「石田治部少輔三成。俺と任意同行を願う」


「に、任意同行?」


「なお、おぬしには黙秘権がある。供述は記録され法廷で不利な証拠となる可能性がある。黙秘することは可能だが……」


 三成は思わず自分の胸を指差した。


「ちょ、ちょっと待って! 俺が容疑者なの??」


 大谷刑部は底冷えのするような眼差しで座ったままの三成を見下ろした。


 大谷の三成に対する怒りはまだ収まっていないらしい。


「つべこべ言わず、さっさと立て。公務執行妨害でブチ込むぞ」


「治部……逮捕されるの? どのくらいの懲役刑なの?」


 いつの間にか食堂に現れた茶々が横から気の毒そうに言った。


 赤い小袖と赤い唇が目に鮮やかで美しい。


「手紙書くね」


 茶々は大きな目を潤ませる。


「ま、まだ逮捕されてないですから!」


 勝手に収監されてしまっては困る。


「安心しろ。治部」


 大谷が茶々の細い肩に手を回した。


 端から見ると凄い似合いのカップルである。


「お前がオツトメしている間、俺が茶々様をお護りしよう。安心してブタ箱入ってこい」


 大谷が心なしか勝ち誇ったような顔をしている。


「だから! まだ逮捕されてないっての!!」


 三成はとうとう立ち上がってわめいた。

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