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第108話 二重間諜は人形使いの夢を見ない!!

 三成は上段の構えである。


 胴ががら空きに見える。


(剣が伸びるな)


 がら空きに見えているからと言ってそこに打ち込むと却って突かれて薙ぎ倒される。


 村田新左衛門とて、武士の嗜みとして剣術と槍術はある程度やってきた。


 それほど強くはなかったが全くの素人といったわけではない。


 三成はタッパがないのでリーチが無いように見えるが、その分見た目よりはずっと近くに剣先が伸びてくる。


 三成は村田が撃ってこないと見るや、剣先をダラリと下に向けて今度はやや重心を低くしてジリジリと追い詰めてくる。


(本気だ)


 二重間諜ダブルスパイになれ、などと現実味のないふざけたことを言っているものの、結局、ただ死刑にするよりは余興とばかりに嬲って斬り捨てるつもりだろう。


 一度裏切った者をおめおめと逃す戦国の世ではない。


 命のやり取りのある戦場で裏切りはすなわち『死』だ。


 助けてやる――と言われて希望を持たされてから簡単に命を獲られた者を幾度と無く見た。


 村田の額から汗が噴き出ている。


 刀が異様に重い。


 死への恐怖がそう思わせているのか―― 。


(母上! 父上!)


「やぁぁぁ!!」


 村田新左衛門は思いっきり右足を踏み込んで刀を振り上げた。


 刹那、体勢をより低くして三成の剣先が新左衛門の右脇腹から肩に走った。


 三成の左逆袈裟斬りの切っ先は村田に届いて村田の胴は真っ二つになるはずだった。


 村田は思わず刀を取りこぼす。


 胸元の傷を確認する。


 白い着物が少し斬られている。


「ま、参りました」


 村田はガクンと膝を折った。


「参りました……赦してください……」


 村田新左衛門は手を砂に付いて乞う。


ゆるしてください……何でもやります! 死にたくない! 何でもやります。だから……」


 涙が溢れた。


 砂に額を擦り付ける。


「だから……私を……生かしてください。私は役に立ちます! 役に立ってみせます!」


 村田はひれ伏しながら、赦しを乞うた。


「けっこう、使えます。気が利くし、知識も豊富です。だから……」


「まあ、今後の働き次第だな」


 頭上からのんびりした声がかかる。


「二重間諜って本気……? まさか、本気で助けていただけるのですか?」


 村田は見上げる。


「ん?……まあ」


「貴方……失礼ながら阿呆なんじゃないですか?」


 一部始終を見守っていた武蔵が吹き出した。


 手を叩いて大笑いしている。


 村田の頭は混乱する。


 二重間諜なんてスパイ映画にでも出てくるような荒唐無稽なことを考えるなんて、どうかしてる。


「令和だよ! 決闘なんかでホントに命落としてどーすんのよ?!」


 三成は呆れたように言った。


「……まあ、お前は今ここで命を落としたってなわけだから、これからは徹底的に俺のために働いてもらう! 今まで以上にだ!」


 三成はビシッと命令を下す。


「まずは内府の懐に潜り込め! 逆に俺に情報を流してもらう。

 内府の周りは西軍の連中みたいにのほほんとした奴ばかりじゃないから気をつけろよ!」


 村田新左衛門はその三白眼で呆然と見上げた。


 そして、静かに二度頷く。


「新左衛門、前に言ったよな! 俺は使えるものはみんな使うんだよ! よく覚えとけ!」


 三成は村田の使った刀と鞘を回収し、見物していた武蔵の元へ歩いた。


 武蔵は懐手から顎を触りながら、ニヤニヤしている。


 三成は武蔵に刀を預ける。


 どっと疲れて普段以上に顔色が悪い。


「おや?」


 武蔵が何かに気がつく。


「ちょっとそっちも貸してください」


 三成はため息をついて自分の刀を渡した。


「重さ……全然違いますね」


「万が一、新左衛門が手練れだったら、戸惑っているうちに疲れさせないといけないからな。わざと重いものを選んだのだ」


 武蔵にだけ聴こえるように小声で話す。


「汚い! 流石、勝負事に汚い!」


「お前に言われたかないよ!」


 遅刻してイライラさせたり、多勢に無勢とはいえ子供相手に奇襲をかけたり、手段を問わない闘い方は武蔵の十八番おはこである。


「それで……お前はどうするのだ? 俺の家臣になる決心はついたか?」


 三成は目を三日月のようにして誘った。


「うーん、もうちょっと考えます」


「クソが。今度こそ野垂れ死ね」


 三成が白い幕に手をかけて外に出ると、すぐ目の前に松野重元と従卒の十佐がいた。


 重元は丸っこい目を輝かせている。


「ひとり死刑になるって聞いたんで、念のためにこの十佐を控えさせておったのですが……心配要らなかったですね」


 十佐の黒い眼帯に、顎下まで火傷の跡。


 そう言えば十佐は刑場の首切り役人をしていたと言っていた。


 重元は何から何まで気が利く男だ。


「いやぁ……もぉ、ドキドキですよぉ」


 できればなるべく命のやり取りはもうしたくない。

 三成は照れて笑った。


「相変わらず太刀筋は素晴らしいですよ。おみそれしました」


 三成は慌てて頭振った。


 子供の時、剣術の師範からは、『筋だけは良い』との微妙なお墨付きをもらっている。


「これから東軍陣地に帰ってまたひと暴れして来ますよ。

 戻った際にはまた酒でも酌み交わしましょう」


 松野重元は既に旅支度である。


 ケルベロス大作戦が完了したら東軍陣地へ戻る心づもりだったらしい。


 三成は重元に、石田堤を築く陣頭指揮を執ってくれたことに謝意を伝える。


「新左衛門のこと……頼めますか?」


「……はい。承知しました。貴方様の仰せのままに」


 重元は柔らかな目をして頷いた。


 三成はその慈愛に満ちた目に思わず縋りたくなる。


「どうなりますかねぇ……今後」


 三成は顎に手をやった。


 地平線に夕日が沈んでいく。


 眩しくて顔を伏せる。


 関ヶ原で迎えたあの日から何度見ても、夕日は美しかった。


「この世の中は。どうなりますかねぇ……この世に奇跡なんて起こるんでしょうかね?」


「ひょっとして、もう起こしてるかもしれないですよ」


 重元はにこやかに応える。


 奇跡が起こっていなければ三成たちはこの場に存在していない。


 三成は重元に手を差し伸べた。


 十佐とも固く握手をする。


「さようなら! 治部様! お元気で!」


 夕日に松野重元の瞳が潤んでいるように見える。


「ありがとう! 松野殿! お元気で! また会いましょう!」


 三成は去りながら叫んだ。


 重元はいつまでも三成の背中を見守っている。


 三成はひとり、胸を張り向かい風の中を進んだ。



         『漂流! 関ヶ原』第二部 完

第二部完結いたしました!


ここまでお読みいただきありがとうございます。


もし少しでも面白い、続きが気になると思っていただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。


執筆の励みになります!


今後ともよろしくお願いいたします。

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