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第107話 きたない!

「な、何?」


 既に深夜である。


 主君の狭い部屋に窮屈そうに身を屈め、島左近がじっとりとした目で睨んでくる。


「しょうがないだろ?」


「村田くんがいなければ、殿だけじゃ間諜スパイだって捕まえられなかったくせに」


 確かに未だに間諜に苦しめられていた可能性だってある。


「村田くんがいなきゃ、三人だって助からなかったんですよ」


 確かに未来の村田新左衛門が鉄板を作ってくれなければ万事休すだった。


「村田くんが一体何をしたっていうんですか? LEDライト、結局そんなに役に立たなかったでしょうよ」


「役に立っただろう! 乗り物の楽しい雰囲気出せたじゃろがい!」


 主君のギリギリ精一杯の工夫を役に立たなかったと一刀両断する筆頭家老に流石に頭にきた。


「俺だって……死なせたくないよ」


 三成はため息混じりに呟いた。


「だったら」


「もう寝るぞ! 左近も明日早いんだから、寝なさい!」


「左近は……行かないですよ。首切り場には殿だけで行ってください」


「え?」


 村田新左衛門の死刑はもちろん左近に頼もうと思っていた。


「……左近、村田くんを斬らないですよ。斬るなら殿が自ら斬ってください」


「うっ……分かぁったよ!」


 三成は布団を被って横を向いた。


 結局、一睡もできぬまま日が昇ろうとしている。


 身支度をして三成は一人馬を走らせた。


 地平線から日の出が見えた。


 朝の心地よい風を頬に受ける。


 馬を繋いでいると、救援救助対策本部の扉が開き、ひときわ背の高い男が中から出てきた。


 宮本武蔵である。


「早いな」


「石田様も……もしかして何かご用ですか」


 武蔵の勘は相変わらず鋭い。


 三成は村田新左衛門の裏切りと今日の夕方の死刑執行について武蔵に話した。


 因みに武士の死刑執行はなぜか夕刻と相場が決まっている。


「斬りませんよ」


 にべもない。


「命の恩人ですから、斬れませんよ。どうしてもなら石田様がやらにゃ」


「お、俺は日頃から鍛錬たんれんが不十分で……新左衛門を苦しめるかも」


 死刑にする、しないの議論ではなくもはや技術的な問題である。


 首を綺麗に落とすにはそれなりの技術が必要となる。


 仕損じれば、首の骨が折れたりすぐに死ななかったりして当事者をかなり苦しめることとなる。


「執務室の奴らで決めたのだから、そいつらがやればいいじゃないですか?」


 村田新左衛門の死刑を決めたのは執務室メンバーで全員一致であった。


 正直、誰しもが苦しい決断をしたと思う。


「それが……一人も名乗りを上げないのだ」


「かぁー! 汚い! 汚いね。お偉いさんは」


 武蔵は昨日執務室メンバーを中心のチームに救助してもらったというのに、悪しざまに酷い言いようである。


「明日にするか……」


 三成はゴニョゴニョと日和ひよる。


「ちょ、ちょっと! 今日死刑にするって言ったのなら今日でしょ! いたずらに死刑を延ばすなんて酷いことようやれますね??」


 武蔵はチラリと三成の立派な脇差を見た。


「石田貞宗……使えばいいじゃないですか」


 武蔵の色素の薄い瞳が剣呑に光る。


「そいつは飾りじゃないんでしょ。武士だったら武士らしく、決めるとこ決めないと」


「お前にやるよ」


 三成はヘラっと武蔵に笑いかけた。


「今は要らないですよ!! そんな甘いこと言われたって俺は斬りませんよ!」


 全てお見通しである。



  ◇



 村田新左衛門は大垣城の最西端……一番目立たぬ場所に造られた首切り場(急拵きゅうごしらえ)に引き出された。


 白い幕で四方を覆われている。


 長束正家くらいは見届けにくるかと思ったが、三成と武蔵以外の姿は見当たらない。


「クソ……逃げやがったな」


 村田新左衛門は白い装束――大垣城の押入れには死に装束がご丁寧にも用意してあった――を着ている。


 なんでこういう時に限ってスルスルと準備が整ってしまうのだろうか。


 三成は自分の縦に伸びた影を見つめた。


「新左衛門……覚悟は良いか」


「はい」


 村田は従容しょうようとして首を項垂れている。


 覚悟はとうに決まっているらしい。


「あの……新左衛門。昨日、言ってたのって」


「はい?」


「内府の世より、俺の創る世が見たいみたいなこと言ってたよね?」


 村田は眉を顰める。


「いいえ。ちょっとニュアンスが違います。家康様の創る世は間違いのないものと未だに信じております」


 村田新左衛門は大変な正直者である。


「人々は生まれながらの役割を全うし、為政者は秩序ルールと慈愛を持って人々を統制していく……今もそのスタイルが平和を築く近道ではないかと!」


 よくこれで間諜スパイなどやろうと思ったな。


 三成は妙なところで感心する。


「あ、でも! 貴方の創る世も、それはそれでいろいろあって面白そうだなって」


「慈愛ねぇ……」


 三成は刀を構える。


 村田は目を瞑った。


 三成はサッと村田の手の拘束を斬った。


「……」


「新左衛門、賭けをしよう」


 二人の様子を遠巻きに見ていた武蔵がニヤリと笑った。


「お前が勝ったら俺の命はくれてやろう。そのかわり……」


「は?」


「俺が勝ったら、お前は今日から二重間諜ダブルスパイだ」


 三成はビシッと村田の鼻先を指差した。


「役割だよ。役割。新左衛門。もし俺に負けてお前が生まれ変わったなら、俺が新しい役割を与えてやろう」


「はい?」


「お前は俺の間諜スパイになる。そして、これからは俺のために働け。役割は絶対なんだろ?」


「な、何ですか? また何かロクでもないこと企んでるんですか?」


 村田新左衛門は嫌な予感がする。


 三成は武器倉庫に刀を取りに行って持ってきた。


「ほいっ」


 村田の前にガチャリと置く。


 三成は自らの刀を抜いた。


 細身の美しい刃が光る。


「ほい。抜け。勝負しよう」


 三成は青眼せいがんの構えである。


「う、嘘でしょ……」


 村田は刀を手に取った。


「令和ですよ……決闘とか、嘘でしょ?」


 三成は剣先を揺らす。


「どうした? 新左衛門? そちらから来なけれこちらから行くぞ!」


 三成は村田の頭上から素早く斬り込んでくる。


 村田はかろうじて鞘ごと剣を掲げて刃を受けた。


「う、嘘でしょ?!」


 村田は仕方なく刀を抜いて鞘を放り投げた。


 震える手がズッシリとした真剣を持つことで多少落ち着く。


 三成は右に回り込んで、今度は村田の横腹に斬り込んでくる。

 村田は横にかろうじて跳んだ。


「ま、待ってください」


 村田は言った。


 三成は真剣を軽々と操る。


 刀を持ち直すとヒュンッと風を切る音がする。


 ジリジリと村田は下がった。


 急拵えの首切り場はすこぶる狭く八畳程度。


 土埃を立てて、三成が迫るとすぐに背中には風にハタめく白い幕である。


「おい! 逃げ回ってないで勝負しろ!」


 三成が喚いた。


 上段から斬り込んでくる。


 重い刀で受けて、押し戻す。


 三成がいきなり引いたので村田はそのままツンのめる。


 三成の刀が左手に円を描き、村田は左腕を浅く斬られた。


「痛! 痛い!!」


 勢い良く血が噴き出す。


 信じられない暴力である。


 村田新左衛門は本気になった。


「治部少! 覚悟!!」


 村田は刀を勢い良く突き出す。


 今度は三成が横に跳んで剣先をかわした。


「いいね! 本気になってきたね!」

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