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第105話 ハッピーエンド以外許さない!

「エレクト◯カルパ◯ードかよ」


 坑内の底で宮本武蔵が三成の姿を見て呟いた。


 推し活で使用する団扇型のペンライトを両手に持っている。


『生・き・て♡』 茶々の直筆が書かれた赤い団扇と。


『武蔵悪かったすまない』 そう書かれた新免無二斎直筆の紫の団扇を手に持ち、カプセルには複数のLEDライトを括り付けている。


 ガシャガシャと音を立ててカプセルから出てきた三成は言った。


「どーも、どーも。安心してください。石田三成です。助けに来ました」


 水嵩は既にくるぶしから上になっている。


 壁から水が湧き出していていつ鉄砲水のような水圧が噴き出すか分からない。


「君が南隆之介くん?」


「……はい」


 隆之介が頷いた。


 煤だらけの顔は子供のように痩せ細り、手足もガタガタと震えている。


「乗るの、怖いか?」


 三成はLEDライトで隆之介の顔を見た。


 そっと頬に手を触れる。シッカリした顔つきをしていて、痩せてはいるが健康状態に概ね問題はなさそうだ。


 三成は柄じゃないが柔らかい笑顔を心がける。


「頑張って乗れるかな?」


「……」


「怖い?」


「……息ができなくなりそうで、怖い」


 ずっと暗闇の中にいたため、いきなりLEDの光を当てると目に悪い。


 なるべく目を下に向けさせる。


「このカプセルはね……未来で作られたんだよ」


 三成は自身が乗ってきたカプセルに触った。


「ということは隆之介くん。未来があるってことだ」


 水嵩が膝下まで来ている。


 三成はカプセルから小さな扇型の陶器と竹筒を取り出した。


 織部松皮菱形手鉢おりべまつかわひしがたてばちは当時美濃で流行った取っ手のついた皿である。


 因みに現代まで無傷で残っていたものは重要文化財に指定されている。


「見て。この黒い粉は二酸化マンガン。マンガン電池のマンガンだ」


 手鉢の底には黒い粉が入っている。


 例のマンガンリチウム電池から取り出した。


「で、これは消毒液……オキシドールだ」


 三成は竹筒に入った液体を手に取った。


「簡単な科学実験だよ。この二酸化マンガンにオキシドールを注ぐと何が出てくると思う?」


 隆之介は首を横に振った。


「酸素だ」


 三成は隆之介の目を真剣に見つめた。


「マンガンはオキシドールを掛けると酸素を何度でも作り出せるんだよ。この手鉢と一緒に上に上がれば酸欠になることはないんだ。やってみる?」


 隆之介は迷っている。


「未来に帰ったらどんな暮らしがしたい? 趣味は? スポーツとかするの? 好きな女の子は? 何でも想像してみるんだ……生きて、未来に帰ってやりたいこと、たくさん想像してみてよ」


「サッカー」


 隆之介がか細い声で応えた。


「サッカーか。足が速そうだからFW(フォワード)かな?」


MF(ミッドフィルダー)


「そうか……サッカーだったら、未来に帰る前に東西対抗戦して、戦争よりそちらで決着つけようか? その時は司令塔頼むよ」


 隆之介は頷いた。


 すぐに三成はカプセルに誘導する。


「ここをこう持って」


 手鉢を左手に、竹筒を右手に持たせてカプセルの中に立たせる。


「怖かったら、消毒液をマンガンに掛けるんだ!」


 素早くカプセルの金具を閉じていく。


「怖かったらたくさん掛けていいから! 酸素がどんどん出てくるからね!」


 夢の国で働いていたかのように手際が良い。


 最後の金具をカチャリと閉めた。


「引ぃき上げろーーー!」


 三成は叫んだ。


 隆之介の細長い悲鳴が上がる。


 震える手で消毒液をかける姿を下から眺めた。


「た、頼む! このまま行ってくれ!」


 三成は鼻先で指を組んで願った。


 慎重に巻き取り機で引き上げるのに10分ほどである。


 引き上げた先には曲直瀬が待機し、健康状態のチェックに入る手順となっている。


 カプセルは揺れながらゆっくりと上がっていく。


 引き上げ用に拡張したあなを通る時、隆之介がパニックにならないよう祈るしかない。


「なるほど。マンガン電池……そんな使い方があったか」


 武蔵は頬に手を当てながら呟いた。


「……たまたまだけどね」


 三成は上をずっと見上げている。


 難所を通り抜けて地上に届いたようで、上から歓声が上がる。


 スルスルとからのカプセルがまた頭上から降りてきた。


 引き上げ二人目は武蔵である。


 扇型の手鉢と竹筒を渡す。


「石田様、先に行ってくださいよ」


 武蔵は自分は最後と言い張った。


 三成は首を横に振った。


「あのなぁ……お前を助けるために東軍の連中まで助力に来たのだぞ。

 お前が助からなかったら結局、地上に戻っても俺は殺されるぞ」


 武蔵は苦笑する。


「俺、重いからカプセルが壊れなきゃいいけど」


「ビビって揺れなければ大丈夫!」


 三成は横目で揶揄する。


「誰がビビるだって?」


 武蔵は目を剥いて反駁した。


 ズッシリと重い武蔵が少しずつ上がって行った。


 水嵩は既に膝上である。


 南隆之介の時より少し時間がかかったがカプセルは再びスルスルと落ちてきた。


「私は最後に行きます。治部様……先に行ってください」


 辰之進が言った。


「んなわけにいくか。永井殿が乗ってください」


 迷っているヒマはない。


 三成が強い力で永井の背中を押した。


「貴方が……いないと西軍はまとまりませんよ」


 辰之進はこんな状況でも口元に笑みを浮かべている。

 無精髭が伸び切っている。


「そんなことはない。俺の代わりを務まる奴は他にいくらでもいるさ」


 三成は早く乗ってもらいたくてグイグイと辰之進の腕を引っ張る。


「それに、俺はこの場所の責任者だ。自分だけおめおめと助かるわけにはいかぬのだ」


 永井辰之進が腕を伸ばして突然三成の首を絞めた。


(な、なに? 殺されるの? 今、ここで?)


 三成は軽くパニックになる。腿の途中辺りまで来た水に足を取られそうになる。


 辰之進はカプセルに無理矢理三成を閉じ込めた。


「先に、行ってください!! 引き上げて!!!」


 引き上げられながら三成は壁から鉄砲水が噴射するのを見た。


 辰之進が水に足を取られる。


 地上に昇った三成は叫んだ。


「まずいな! 永井は死ぬ気だ」


 東軍の死因第一位は自殺。


 想像力さえあれば気が付けることだった。


 永井辰之進も今まさに死のうとしている。


「永井辰之進ーー! 私よ!」


 ふいに甲高い声がして三成は顔を上げた。


 小姓姿の茶々が三成の隣で坑内を覗き込んでいる。


「ちゃ! 茶々さま! ここは危険です! すぐに降りてください」


「うるさい! 治部、黙って! 永井辰之進ーー! カプセルに乗りなさい!」


 水音がする。

 何も返答は無い。


 三成は茶々の脇の下に手を入れて身体を引き剥がそうとする。


「茶々様、危険です! さあ降りてくださ……イッテ!」


 茶々は三成に思いっきりビンタする。


「辰之進! よく聞きなさい! 死ぬのは許さない! 私が生きなさいって言ってるの! この私がよ。私より不幸な人間は居て? 


 三度も落城したのよ。

 父を殺され、兄を……兄を無惨に殺され、義理の父と母を殺され……殺した男に嫁いで、その男の子を生み、それでその子と共に死んだのよ!


 凄いでしょ! 私の前で不幸自慢できるなら、出てきて言ってみなさいよ。 それでも死にたいですって死にますってここに来て言ってみなさいよ!」


 茶々の細い指は土塊つちくれを掴んで放り投げる。


「何でもいいわよ……何でも言うがいい……貴方は貴方しかいないじゃない……誰が何を言おうといいじゃない……私が…私が生きててほしいの! それだけなの!」


 茶々は泣き崩れた。


「もう、こんな結末は嫌なの……!」


 永井辰之進には茶々の必死の叫びが届いていた。


 ただ腰まで上がった濁流に呑まれ、溺れかかって前が何も見えない。


 もがけばもがくほど、沈んでいくのが分かる。


(カプセル……何も見えない! 苦しい!)


 どんどん水嵩は増し、辰之進の身体は完全に水に呑まれた。


 ボコボコと自分の息が吐き出されるのが見えて、やがて何も音が聴こえなくなった。


 光すら届かない。


 静寂が一瞬、辰之進の身体を包んだ。


「兄上」


 ふと弟の源之丞の声が聞こえた。


 迎えにくるというのは本当なのだな、と辰之進はぼんやりと思った。


「兄上」


 その瞬間、上から腕をものすごい力で引っ張られた。


「源之丞!」


 辰之進の手は鉄製のカプセルに触れて、縋り付いた。


 弟の声がする。


「兄上」

「源之丞!」


 カプセルに猛烈な力で引き上げられると辰之進は必死で目を開けた。


「……源之丞!」


 そこには誰もいない。


「入ったぞーー! 引き上げろーー!」


 頭上から三成の声が響いた。

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