第104話 楽しまないってのはない
「猫の名前……何て付けたんだ?」
座敷牢の南京錠をかけながら正家が村田新左衛門に訊いた。
「サバ……です」
「サバ? そのまんまだな」
村田の雑な名付けに正家は苦笑する。
「……サバのことは心配するな。ちゃんと次の里親を探すから」
正家は牢の中の村田にくるりと背を向けた。
数歩進んで立ち止まる。
正家はツカツカと戻って座敷牢の木枠に手をかけもたれ掛かった。
「面白かったか? 新左衛門……」
掠れる声で正家は尋ねる。
「我らを騙して、内府の味方して……ほくそ笑んでいたのか?」
座敷牢の木枠に額を付ける。
「せめて……面白かったと言ってくれよ。間諜を楽しんでくれていたのか? そうじゃなきゃ、あまりにも」
「大蔵様……」
左近が正家の肩を掴んで制止した。
正家は今度は振り返らずに廊下を進んだ。
「大蔵様……新左衛門はどうなるのでしょうか?」
角を曲がったところで、左近が立ち止まり正家の顔を不安げに見つめる。
「死刑なんだろうな」
正家の言葉に左近の目が揺らいだ。
「左近よ……この度ばかりは無理だ。みなが一致団結してことに当たってる中で裏切りが露見したら、甘い処分なんかしたら示しがつかない」
正家は頬に手を触れながら話す。
「ましてや……この度のことは東軍の何者かが仕組んで起こさせたテロじゃないか。
村田新左衛門がこのテロに協力してたとなると、救いようがない」
「まだ……協力していたとまでは言えないのでは……」
左近はなおも助け舟を出そうとする。
「LEDライト隠し持ってたのに?」
正家の返答は鋭い。
「俺だって、新左衛門がかわいい」
正家は首に手をあてて項垂れた。
「だからこそ……示しがつかない。贔屓の引き倒しになってしまう。
治部にもすぐに報告してくれ。新左衛門の首は斬る。それ以外にない」
◇
左近の報告に三成は黙って頷いた。
「殿……新左衛門の処分は?」
「藤兵衛(正家)の言う通り、斬るしかないんだろうね」
三成は小さな声でそう話した。
「新左衛門……」
三成はいつしか村田に息子の重家の面影を重ねていた。
三成は息を大きく吐いて手で顔を覆った。
「内府は……内府は俺の好みをマジでクリティカルに突いてくることがある。
もしかしたら内府は俺の一番の理解者なんだと思うことさえある」
先ほど降り続いていた雨は急に止んで既に青空が広がっている。
多賀芹川の石田堤はほぼ完成に近い。
但し雨が止んでも川の水嵩は増しているようだ。
人命救助用カプセルは組み立て終わって救援救助対策本部の入り口に鎮座している。
ここから坑口まで運び、いよいよプランBでの救助の実行に移る。
「未来での功績があるでしょう? 何とかなりませんか?」
左近は三成に迫った。
三成は手で左近の訴えを制止する。
「今、考えるのはよそう。救出が先だ」
カプセルを数人で運び出す。
三成が先導していると、宇喜多秀家が走ってきた。
「治部! マズイぞ! 水が出た」
「え?」
ようやく晴れてきたというのに。
坑内の壁から水が湧き出たという。
「治部! 急がないと!」
――ところが。
「乗りたくない……とは?」
「南という鉱員がカプセルに乗るの、怖いそうです」
伊奈図書が真剣な表情をしている。
酸素が薄くなるのを警戒してカプセルに入るのを拒んでいるという。
「いやいやいや……乗るしかないだろう。死を待つだけだぞ」
こんな切羽詰まった状況でワガママ言われるとは思わなかった。
「眠らせるか……」
小西行長からアヘンの薬丸を入手している。
別の危険が生じるがモルヒネ成分で朦朧とさせるしかないのか。
パニックになってカプセルを壊すようだったら怖い。
「いや、カプセル内は立ってなければならないですし。難しいと思いますね」
図書が眉を顰めながら言った。
「まずは南以外の者を運び出そう」
三成の言葉に図書はゆるゆると首を振る。
「武蔵も、永井辰之進も、南を置いていくのは忍びないそうです」
「えええ……」
ここまで漕ぎ着けて、これである。
「死ぬぞ。このままだと」
三成は一旦、対策本部に戻った。
水が出ている以上、急がねばならない。
「もう……ダメだ。助けられない」
焦りで額に汗が噴き出す。
三成のそんな様子を対策本部に詰めていた者たちが不安そうに見守っていた。
周囲の誰しもが不安げな三成を遠巻きに見ている。
「ちょっといいですか?」
黒田長政が三成の腕を取った。
「ちょっと、二人で話があります」
長政は対策本部の脇の小部屋に三成を連れて入った。
「貴方がそんな顔してたら、みんな不安になるでしょうよ!」
部屋に入るやいなや、長政は大声で三成を叱りつけた。
「いや……どうしたらいいか考えてるんだよ。俺だって」
長政の剣幕に三成はちょっと気圧される。
「貴方は仕事ばっかりだから発想が貧弱なんじゃないですか?」
長政は机を扇子で二度叩いた。
「東軍内の死亡理由第一位ってご存知ですか? 曲直瀬に聞いてないですか?」
長政は大いにため息をつきながら三成に尋ねる。
「労務災害だろう?」
以前、三成は医師の曲直瀬玄朔から東軍は職務に忠実な人間が多いので労務災害が多いと聞いている。
長政は藪睨みの目を鋭く光らせる。
「いいえ。自殺です」
長政は一呼吸置いて続けた。
「生きる希望を見いだすものってつまりは人が楽しい、生きてて良かったと思うものなんでしょ。
だったらより楽しくて、安心できて、もうちょっと生きてみたいって思わせればいいわけでしょ?
その南という男にそれを示してやればいいじゃないですか?」
「生きる……希望?」
希望を持って楽しく生きる――簡単に言うが三成はそれに関しては全くの門外漢である。
人々を楽しませて喜ばせて驚かせるのは、いつだって三成の主君である秀吉の領分だった。
「お、お前が考えろよ!」
三成は人を楽しませることには頗る自信がない。
そんな風に生きていない。
「そりゃ、私の役割じゃございませんので」
長政は冷たく言い放つ。
「時間が無い……助けられない…まず、助からない。無理だ……」
そうは言っても三成は何も思い浮かばない。
焦りで脳内の思考が空回る。
「どう考えても無理だ。なす術がない」
三成は頭を抱えた。
伸びた髪を掻きむしる。
「あのう……失礼ですが、だから貴方はいつまで経っても負け犬なんですよ」
長政は三成の襟首を思いっきり掴んだ。
「勝手に盛り上がって勝手に諦めて……みんな貴方のためにここまで動いて来たのに今諦めるんですか?」
至近距離の長政はけっこう迫力がある。
「悔しいけど、みんな、私じゃなくて貴方の指示を待ってるんだ。
やれること、やりましょうよ。考える力を貴方は持ってるんでしょ!」
長政の顔が涙で歪んだ。
三成はその顔を驚いて見つめる。
そんな顔を見せる男ではないのだ。
「最後の最後まで、諦めないんでしょ! 諦めの悪いところだけが貴方の良いところじゃないですか?
考えて考え抜きなさい! 治部少!」




