第103話 ナメてない!
古田織部は十数名ほどの家臣を連れて大野治長邸に立ち寄った。
みな揖斐川を渡るために旅支度をしている。
治長邸の門を出るとき、織部はのんびりした口調で言った。
「石田三成は今度こそ詰め腹切らされるかもしれないなぁ」
「そ、そこまで行きますかね?」
治長が目を瞬かせた。
「行ってほしいと思っているんだろ?」
織部は探るような視線を治長の頬に向けた。
「と……友達ですよ。そんなこと思うわけないじゃないですか」
治長は否定した。
心の奥はどうかわからない。
わからないが友達を殺したいとまでは……。
自分はそれほど戦国時代に生きているかのような苛烈な人間ではない。
「そうなのか? だったら」
「だったら?」
もしかして、織部はこのまま自分と一緒に揖斐川を渡って西軍陣地に赴け、と言い出すのではなかろうか……。
それは絶対に避けたい。
「せめて祈ってやれ。この雨が、止むように」
「宗匠(織部)はアイツに会うのですか?」
「いや……ワシは行かない。ここに残る。行くのは家臣団のみだ」
治長はホッとする。
織部まで救出作戦の助力に行ってしまえば、ひとり東軍陣地に取り残されたような気がして不安に潰されそうになる。
治長が小早川秀秋から炭鉱での工作を聞いたのは一昨日のことである。
イタズラした子供のような目で嬉々として語る所業が恐ろしかった。
「何も怖がることはない……全てゲームの中の話なのだ。死んでいく者にとっても現実ではないのだ。夢から醒めたら何もかも忘れている」
人の恐怖は本物なのではないか……治長の疑問に秀秋は小首を傾げた。
「夢から醒めたら忘れるのだから、それが全てだ」
だったら、生きていることさえ夢と同じではないか……。
見ているときは現実で。永遠の眠りに入ってしまえば全て嘘ということになってしまう。
とにかく小早川秀秋に悔恨の念は無いようだった。
ところが風向きが変わってきた。
織部たちが帰ってから、秀秋は再び治長の屋敷を訪ねてきた。
東軍内に炭鉱事件の所謂『捜査チーム』なるものができたらしい。
秀秋に相変わらず悔恨の念は無かったが捜査チームの捜査線上に上がっているという噂は彼を不安にさせていた。
「大谷刑部がことに当たるらしい……三斎も加わってるから大事にはならないだろうが、イヤな心持ちはするよ」
三斎こと細川忠興は秀秋や治長と同じく、古田織部門下生(弟弟子)で普段からわりと親しくしている仲である。
「何でよりによって刑部なのだ……全く俺への嫌がらせと思えてくるぞ」
秀秋は言葉とは裏腹にエクボを浮かべていて、そこの点はかなり嬉しそうだった。
治長は大谷刑部の姿を思い出していた。
手足が長くスラッとした男で日に焼けた精悍な顔が印象的である。
病になってからは顔を見られぬように白い頭巾を常に被っていた。
大谷の母は高台院(寧々)の取次であった東殿で、秀吉からはことのほか可愛がられた秘蔵っ子と聞いている。
茶々の乳母だった母の縁で栄達のチャンスを掴んだ治長から見ても、シンパシーを感じる相手だ。
この世界に来てはじめのうちは治長に戦国時代の記憶がほとんど蘇ることがなかったが今はこんな具合に、スルスルと思い出すようになっている。
「どうするのです?」
「どうもしない。結局何もできやしないさ」
秀秋は話に飽きてしまったように椅子に座ったまま手足を投げ出した。
治長の足元に秀秋が持っていた鞠が転がる。
治長が拾い上げた。
色褪せて表面はガサガサになっている。
「太閤にもらったものだ」
古いはずだ。
秀秋が幼少の頃、父母から離されて秀吉と寧々の元に養子に入った際に贈られたという。
「太閤に会いたい……! 今すぐに、味方になってくれるはずだ」
秀秋は嘆いた。
「俺のやったことは間違えていない。この世に女が増えなければ未来も平和も無い。
おぬしだって、たとえ束の間の夢だったにしても楽しい夢にしたいであろう?」
秀秋は治長に笑いかける。
「楽しいことの無い世界は早く変えていかないと……太閤は楽しい夢をみる人だった」
浪速のことは夢のまた夢。
治長は太閤秀吉の辞世の句を口に出していた。
みんなが笑って暮らせるような世の中にしたい――太閤秀吉の口癖だった。
治長はなお降り続ける雨空を睨んだ。
そろそろ晴れ晴れとした春の青空を見たい。
「せめて……雨が止んでくれ」
治長は声に出した。
サァァァッと雨雲が風に流れていくのが見える。
天から日差しが雲の合間から神の使いのように差し込んだ。
「は、晴れた……」
「おお! 流石! 治長」
秀秋は嬉しそうに治長の肩に手をかけた。
「コツを掴んだようだな!」
肩にかけた指に力がこもった。
◇
「発破がNG?」
黒田長政から報告を受けた三成は眉を顰めた。
早速『ケルベロス大作戦』に問題が生じている。
プランAは行き詰まっていて発破しなければ先へ進めなさそうだった。
「怖いのは分かるけど……覚悟を決めるしかなかろう」
大きい爆発は音も怖いだろうし、瓦礫がどう散らばるか分からない。
「貴方……中に閉じ込められていたとしても同じこと言えますか?」
黒田長政の藪睨みの目が突き刺さる。
――確かに。
ここまで我慢して生き延びたのに岩盤が崩れるのは無念にも程がある。
早朝。
話し合いの場所は久しぶりの執務室である。
黒田長政は甚兵衛のようなものを着て、頭には白い布を巻いている。
「なんか……ラフだな」
三成は長政の全身を見た。
「いや、いちいち面倒でしょ。小袖着て、袴つけて裃つけて」
但し長政の格好は日曜日のお父さん感が出てしまっている。
「誰の目を気にするわけじゃあるまいし」
長政はフワァっと大欠伸をした。
多少先輩なので気にして欲しい。
執務室を出てすれ違った長束正家もラフな格好だった。
「治部、村田新左衛門を見なかったか?」
「いや……見てないけど」
「チッ」
五奉行の時は年長者である三成に少し敬意を持った話し方だったが今や見事に消え失せている。
「左近……俺、最近なめられてないかな?」
鉄の板を大八車に乗せている左近の背中に三成は問いかけた。
左近はシッカリ正装している。
意外とオシャレなのである。
「さぁ? それより、時空のヒビから来た鉄の板! これです!」
組み立ての説明書と共に送られて来た。
十年ほど前の南米チリでの落盤事故で使用された人命救助用カプセルを元に造られている。
「あ! 村田くん! 探してたんだよ」
左近が城から出ていこうとする村田新左衛門を呼び止めた。
村田は大きな目を見開いて少し構えた。
左近は村田を待たせて、三成に向き合う。
「殿、こちらの大八車を牽いて、鉄板を運んでいってください。何人か補助を付けますから」
はい、と渡された鉄板は重い。
「ちょ、ちょっと左近!」
「頑張って! 殿! 足腰を鍛えるには良い機会ですから! なるべく早く丁寧に運んでくださいね」
左近は一枚だけ鉄板を持って村田新左衛門の元に走った。
村田新左衛門の部屋の前で長束正家と合流する。
扉を開けるとピンクの紐を付けた猫がちょこんと座っていた。
「ジャーン!」
左近が村田に鉄板を見せながら言った。
「何ですか? これ?」
村田は訝しげに首を傾げた。
「これ、未来の村田くんが作ったんだって!」
「……へぇ」
左近が鉄板を突きだして、手に取らせようとする。
長束正家はサバトラ猫と手で遊びながら、ニコニコとその様子を見ている。
時空のヒビの場所はみなには知られていない。
しかしながら、西軍陣地内で救出作業にあたっている者ならばワイヤーロープが薄々未来から来たものではないかということくらい察している。
いずれバレることなので執務室メンバーも噂を放っておいている。
「手紙には、未来の村田くんは凄い協力してくれたって書いてあるよ」
詳細は不明だが、長宗我部盛親からの手紙には未来の村田への感謝が述べられていた。
村田は恐る恐る、鉄板に触る。
ヒンヤリした手触りになぜか覚えがある。
急に心臓がドクドクと高鳴った。
未来の自分は、長宗我部盛親と共に人命救助に協力している。
村田は唇を噛み締めた。
左近と正家は村田が満足したと勘違いした。
「これを組み立てて、人員が救われたら自分の作品を改めて見てみてよ。誇って良いことだと思うよ」
正家が猫の額を撫でながら言った。
左近も正家もどこまでも優しい。
村田は冷汗をかいた。いたたまれない。
「あ……あの」
村田は意を決して押入れに隠した木箱を取り出す。
「本当に申し訳ありませんでした」
村田は二人に土下座して這いつくばった。
左近と正家は顔を見合わた。
「何?」
二人は村田新左衛門の大袈裟な様子に笑った。
プレゼントか何かだろうか。
左近は箱を開けた。
目に疑問符が浮かび、ゆっくりと笑顔が凍り付く。
正家もどれどれと箱の中身を覗き込む。
正家は細い指で顔を覆った。
「マジかぁ……」
複数のLEDライトと団扇型のペンライトである。
「隠してたの? 何で?」
左近が言った。
「どうして……村田くんが持ってるの?」
「どうしてって、決まってるだろ」
正家は冷たく言い放った。
「俺らから奪って……内府のところに持っていこうとしてたんだよな」
正家は視線を落としてため息をついた。
「だから、土下座して謝ってるんだよな」
「流石に違うよね?」
左近が慌てて村田をフォローした。
「だって……東軍の間諜を捕らえたのも村田くんだし、仕事中毒の殿のために働いてくれたのも村田くんだもん。
まさかそんなはずはないよね」
村田は床に顔を伏せたまま上げられなかった。
爪が床に突き刺さる。
「本当に申し訳ありません……」




