第101話 ネーミングセンスがない!
茶々が救援救助対策本部に小姓姿で現れた。
傍らに内記を連れている。
宇喜多秀家と伊奈図書と握手を交わす。
慰問である。
三成はゴホンとひとつ咳払いをした。
「皆様、お疲れ様です。この度は未曾有の災害に際し、多くの西軍兵士ならびに東軍兵士の方々にまで賛助いただき、炭鉱作業員二名と宮本武蔵氏の救助に力を尽くしていただいており、感謝してもしきれません」
ひとりひとりになるべく丁寧に視線を送る。
「まだまだ救助には時間がかかり、これからも皆様のご協力の元、作業を行っていただくこととなりそうですが、ここで茶々様から皆様に一言、励ましのお言葉を頂戴したく……」
「治部……前説が長い」
茶々からピシャリとクレームが入る。
「みなさん、私からはひとこと! 絶対安全で、絶対帰ってきてね! 以上です」
男たちの唸り声が響いた。
茶々の後ろで扁額が掲げられる。
『ケルベロス大作戦』
「だ、ダサい……」
内記は思わず呟いた。
「良い女だなぁ」
内記の隣にはいつの間にか安国寺恵瓊の姿があった。
ニンマリした顔を内記に向ける。
「お母さん、たまらなく良い女だなぁ」
「……止めてくださいよ!!!」
本当にここの男たちはどうかしている。
内記は呆れた。
西軍を率いる石田三成からして頭がオカシイのだからもはや救いようがない。
内記の姿を見て、三成が駆け寄ってくる。
「『ケルベロス大作戦』良いネーミングだろ?」
「はぁ……」
三成の言葉に内記は曖昧な笑みを返す。
やはりコイツが名付けたのか。
「そもそも東軍との共同事業なんかにするから、このような事態を招いたのではないですか?」
内記は東軍・黒田長政の痩せた猫背を眺めている。
「いや……結局は共同事業になっていたと思う」
三成は応えた。
確かに炭鉱の存在が東軍に見つかるのが早かったのは誤算であったが、もし西軍だけがそのまま武器などの鉄製品を作り続ければ、いずれ軍事的な衝突が起こりかねない。
軍拡だけではなく国全体が富む方向に向かうには東軍を抱き込む形がベストなのだろう。
「それより、内記。茶々様に……この雨、なんとかしてもらえないかな?」
三成は内記と肩を並べて坑口に向かった。
雨はずっとシトシトと降り続き、昨日からは少し激しくなっている。
「雨なんてなんともできないでしょ」
内記は冷たく言い放つ。
「内記でも良いのだけど、天気ってボタン一つで変えられないの?」
「変えられないですよ! そんなの」
プレイヤーが天気を変えられるなんてあるはずない。
今のところ何一つ思い通りにならないのである。
「……プレイヤー、ホント役に立たないな……」
「なんか、言いました?」
ボソッとした三成の独り言に内記は噛み付く。
「とにかく、三方面での作戦展開となる。まずは炭鉱でプランAで進めていく。そして多賀芹川に堤防を築く」
三つの作戦を同時に行うことから三つの頭を持つ地獄の番犬『ケルベロス』の名を冠したという。
「但し……もし多賀芹川の氾濫が差し迫ったら。そのためのプランBも同時進行して、通気口の穴の拡張を行う。15メートルの鉄製の杭を用意して打ち込み、ロープの引き上げに備える」
「……上手く行きますかね?」
「上手く行かせないと、だね」
武蔵ら三名が坑内に閉じ込められてもう丸三日である。
精神的に参ってきてもおかしくない。
LEDライトを渡そうとしたが、未来からは来なかった。
代わりにワイヤー入りロープは長く丈夫なモノが届いた。
未来の長宗我部盛親に感謝である。
「けっこう高かっただろうな……戻れたら割り勘だな」
伊吹学園は私学で校長一族が財布を握っており、長宗我部盛親こと安藤先生は安月給だろうから大奮発だっただろう。
内記も深く頷く。しかし……。
「貴方は……戻れないでしょ」
「え?」
三成は急に立ち止まった。
驚いて固まった様子で内記を見つめる。
「な、な、なんで? 俺は戻れないの?」
三成は分かりやすく動揺している。
「だって……自分で言ってたじゃないですか? 自分にはこの世界しかないって」
内記は冷たい視線を三成に送る。
「いや……なんかそうハッキリ戻れないって言われちゃうとそれはそれでショックなんだが」
「ショックとか……知りませんよ」
三成は内記の肩に手をかける。
「他の人は? 他の人も戻れないの?」
「さぁ……戻れる人もいるんじゃないですか。知らんけど」
現に長宗我部盛親は戻っている。
「そ、その違いって何? なんなの?」
「おい! 何、道の真ん中でじゃれ合ってんだよ! 邪魔邪魔!」
長束正家が製鉄所で出来上がったばかりの鉄製の杭を運ぶために人々を散らす。
「教えて! プレイヤー!」
三成は内記に縋り付こうとするが、内記は華麗に身を躱す。
「役に立たないんじゃなかったでしたっけ?」
内記は急に愉快な気分になった。
大の大人の三成を翻弄できるのは楽しい。
雨の降る中、空を見上げて笑った。
スキップでもしたいような気分で坑口脇の茂みに目をやると、茶々が雨の中でひとり両手を組んで跪いている。
「な、なにやってるの??」
「……雨乞いの反対」
雨は勢いを増している。
「早く雨が止みますようにってお願いしてるの」
茶々の袴は泥だらけになっている。
「オカシクなっちゃったの??」
内記が心配そうに話しかける。
茶々は首を振った。
「前に雨乞いには成功してるのよ。ナオくんもやってみてちょうだいな」
なんだかいきなりお母さんらしい口調である。
「お母さん、もう……この世界から離れようよ」
戸田内記……直希のミッションは茶々の意識を現代に連れ戻すことである。
早く病気を治すための治療に戻らせたい。
「……私、どう帰っていいか分からないもん」
内記は茶々の若々しい横顔を見つめた。
同年代に見える。
不思議な気分だ。
茶々の容貌は母の篤子に確かに似ているが、どちらかと言うと、より日本人っぽいなと思う。
篤子の瞳はアンバーブラウンであった。
茶々の瞳は雨空の下でも黒く爛々と輝いている。
「あのね。ナオくん……私、思い出したことがあるの」
茶々は雨の雫を全身に浴びてもまるで気にしていない。
「もしかしたら治さん……お父さんもこの世界にいるのかも」
茶々は内記に向き合った。
「だから……この世界で会えるかもしれないよ。お父さんに」
内記は不安になる。
母はすっかり父・治のことを忘れてしまっていた。
自分のことも。
「お母さんは会いたいの? お父さんに……」
「分からない……会ってくれるのかも分からない。でもお父さんはここにいるような気がして」
――ひょっとして、家族三人が集まったら何か起こすことができるのではないか。
そんな考えがふと内記の頭に浮かんだ。
「雨乞いの反対……僕もやってみる」
茶々が内記の座る場所を空けた。
「雨ーー! 止んでーー! お願い!」
茶々が空に向かって叫ぶ。
端から見るとバカみたいである。
「雨ーー! グフフッ」
思わず内記は笑ってしまった。
「ちょっと! 真剣にやりなさい!」
眦を釣り上げる。
お母さんの怒り方である。
内記はどうしようもない懐かしさを感じた。
二人の願いも虚しく、先ほどよりも雨脚は強くなったようだった。
「全然止まないね……」
「そうねぇ……」
途方に暮れた様子で茶々は小さくため息をついた。
内記は自分が着ていた羽織を茶々の肩にかけた。
内記の手をそのまま茶々は掴む。
茶々の手は愛おしそうに息子の手を撫でた。
「ありがとう」
茶々は内記の顔を見あげた。
直希はこの瞬間の母をこの上なく美しいと感じた。
(この世界に来て、良かった)
時間を繋ぎ止めておこうと……未来永劫、どんなことがあっても、この母の姿を脳裏に留めておこうと直希は心に誓った。




