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第100話 侍たちに明日はない!④

「い、いや! 本当に知らないのだ!」


 兵部ひょうぶこと井伊直政は大谷刑部の詰問に悲鳴をあげた。


「貴殿の家臣が炭鉱で『細工』しておったと目撃証言があるのだぞ!」


 大谷は普段の穏やかな雰囲気を捨ててハッキリとした口調で問い詰める。


 直政の隣で松平忠吉がハラハラした様子で直政の横顔を見つめている。


 直政は大きな目を見開く。

 机に両手をついた。


「ほんとーに、ほんとーに何も知らないのだ」


 こういう申開きの仕方もなんとなく三成に似ているな、と大谷は思う。


「兵は確かに90名ほどだったが……出したのは出したが、実はあれは寄せ集めなのだ」


 場所は清洲城の一間である。


 西軍の問答使もんどうしは大谷刑部、平塚為広、小西清左衛門の三名。


 取り調べられているのは、井伊直政。


 付き添いで松平忠吉が同席している。


「うちの鈴木文右衛門が声をかけて、せっかくだから炭鉱で働くのに興味を持つ者たちを集めた」


 文右衛門というのは、井伊家重臣・鈴木重好の縁戚らしい。


「だから……全員がうちの家臣団というわけではない」


「……言い訳にならないでしょう?」


 大谷は流石に苛ついた。


 井伊直政は先ほどから言い逃れに終始している。


「じゃあ、ひとりひとり尋問します。いいですね」


「90人もか……? 無理だろう」


 直政は目を泳がせる。


「名簿はあるんでしょうね?」


「名簿……関所で取ってるんじゃないか?」


 名簿まで関所任せなのか。


 大谷は軽く舌打ちした。


 西軍領内への入退出の管理をシッカリ行うと誓った約定は無意味だったわけである。


 三成にも責任がある。


 相手任せで全く対応できていない。

 たとえ忙しかったとしてもやりようがあったはず。


 早急に改善が必要だ。


「その鈴木文右衛門……とやらをまずは呼んでもらおうか?」


 直政はポリポリと頭を掻いた。


 焦っているのかいつもの貴公子然とした態度を忘れている。


「文右衛門は、今、上様と鷹狩りの真っ最中で……」


「ん? 文右衛門は内府の側近か?」


 大谷の問いかけに直政は頷く。


「もしかして内府は落盤事故の件、既に知っていたのでは?」


「いやいや! 俺が報告した時、上様はたいそう驚かれて! すこぶる動揺されていた!」


 直政は慌てて手を振って言った。


「……兵部、いつ報告したのだ?」


 今度は松平忠吉が直政に質問する。


「忠吉様が上様のお部屋に入る前です……」


「あの時……父上は、全く動揺していなかったではないか……?」


 直政は目線をゆっくり忠吉に合わせた。


「……忠吉様?」


 直政としては味方のはずの忠吉に逆に追い詰められるとは思っていなかったはずだ。


「フフ……嘘が下手なところも瓜二つか」


 大谷刑部はニッコリと微笑んだ。


「兵部、この責任は重いぞ。覚悟しておけ」


「ほ、本当に……知らんのだ」


 直政の白皙はくせきの顔がますます蒼白になる。


「そのようだな。そこは信じる。ならばシッカリ調べに応じてもらおう」


「刑部殿!!」


 大谷ら三人が部屋を出たところに、巨体を揺らしながら走ってきたのは藤堂高虎である。


「何の権限があって兵部殿を調べるのです?」


「兵部の家臣らが炭鉱に細工したのを見たとの証言が出たのです」


 大谷は高虎を冷たく一瞥いちべつした。


 島津豊久の有力な目撃証言に依るもので取り調べは正当なものとの思いがある。


「これは由々しき問題ですよ。和泉守」


「貴方たちに捜査の権限はありません!」


 高虎が叫んだ。


「なぜ?」


「捜査は私たちが責任持って行いますから」


 高虎も頑として譲らない。


「……東軍の捜査なんて信用できませんよ」


 高虎とはあまり言い争いたくはないが、この事態を放置するわけにはいかない。


 大谷も問答使としての役割を全うしたい。


「では……貴方だけ残ってもらって、平塚為広殿と小西清左衛門殿には帰ってもらってください」


 高虎は扇子を広げて小声で大谷にだけ聞こえるように話した。


 平塚為広と小西行長の縁戚・小西清左衛門は、西軍で警察のような役割を担ってもらっている。


 その二人を帰せ、という。


 大谷は二人の顔を見ると、ちょっとその場を離れて高虎だけ連れて外へ出た。


「なぜそちらの言う事を素直に聞かねばならないのです?」


「上様がそう仰ってます」


「俺ひとりならばぎょしやすいとお考えですか?」


 大谷の目が剣呑けんのんになる。


「そういうわけでは……」


 高虎は扇子で口元を隠したまま話す。


「ただ……今のまま西軍の問答使が取り調べしても反感を買うだけで得策ではありません。

 それゆえ、上様も東軍主体で調査せよ、と仰せです。

 刑部殿……貴方様のことを決してないがしろにするものではありません」


 確かに深慮遠謀しんぼうえんりょな徳川家康の考えそうなことである。


「では……誰と誰で調べるのですか? 俺と捜査を組むのは誰になります?」


「私、藤堂高虎と……細川越中守(えっちゅうのかみ)


「ほう……それは面白い」


 とうとう真打ち登場か。


 ここで細川忠興の名が挙がるとは思ってもみなかった。


 大谷はそれほど顔には出さなかったが、内心かなり驚いた。


「どういう風の吹きまわしだ……?」


 何か裏があるのか。


「それは本人に確認してみてください」


「……仕方がない。承知した」


 平塚為広と小西清左衛門には事情を説明して帰ってもらわねばならない。


「すぐに細川殿と話せますか? 和泉守?」


 高虎は頷いて、その場を後にした。


 ほどなく細川忠興が大谷刑部が待つ部屋に入って来た。


 額に目立つ大きな刀傷かたなきずと鼻の真ん中にも切傷がある。


 眼光は鋭いが、一廉ひとかどの風流人らしく背筋を伸ばして肩の力を抜いて上品に歩く。


 古田織部と共に千利休の高弟として茶人としても大成している。


 大谷は問答使に加わることの真意を訊いた。


「立候補した」


「左様で」


「田中吉政や山内一豊の名前が挙がったからな。背に腹は代えられぬ」


 細川忠興は大谷と極力目を合わさない。


「あやつらは戦国武将そのものだ。強い者にはどこまでもへつらい、機を見ては弱き者を蹂躙する」


 大谷は逆に無遠慮とも言える視線で忠興の瞳を見つめた。


 非常に怜悧れいりな目をしている。


「生き方に美学の欠片かけらもない……あのような者らがする『捜査』など通り一遍のものと相場は決まってる」


 筋が一本通っている。


 細川忠興の印象は噂に聞いていたものよりよっぽど良かった。


 実は大谷は忠興のことをよく知らない。


 前世では長岡忠興と名乗っていたはずだ。


 今はおそらく犬猿の仲という言葉がこれほど似合う関係は無いだろうが、三成の方がお互いに若い頃はよっぽど親しかったはずだ。


 三斎(忠興の茶号)は困った奴だ、と笑いながら愚痴を言っていたのを思い出す。


「大谷刑部……俺は貴方に遺恨はない」


 相変わらず目は合わないがちらりとこちらの顔を見た。


「貴方が年がら年中お守りをしている男に、頗る迷惑をかけられただけだ」


「代わりに謝るよ」


 大谷はなるべく柔和に言った。


「謝られても困る。その男とはこれからも一切関わることはないので、別にもはやどうでも良い……とにかく俺は貴方とは上手くやりたい」


 忠興は背筋を伸ばしてただ一点を見つめている。


「そのかわり、貴方が一言でもアヤツの名前を口にしたら、その時は貴方を叩き斬る」


「……」


 NGワードかよ。

 そんな、無茶苦茶な。


 大谷は内心突っ込んだ。

第100話に到達いたしました。ここまでお読みいただきありがとうございます。


もし少しでも面白い、続きが気になると思っていただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。


凄い執筆の励みになります。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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