閉話1 ギスカール王宮にて
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ギスカール王宮は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
国境地帯を占領し、ブラッカンが完全に滅んだら西部地域は併合しようと思っていたのに、いきなり王が即位し、国家体制の復興と新たな産業の育成に乗り出した。
このままではまずいと判断したギスカール王と側近たちは軍を編成し、ブラッカンに侵攻した。
総兵力は3万人、予備として王都に1万を置いていた。
この国の国力では4万の動員がぎりぎりで、後のことを考えなければ8万の兵を動員出来る能力があった。
通常は1万の兵力で国防を担っていたが、ブラッカン西部の占領のため、追加で1万を動員していた。
今回の侵攻で追加で2万を動員した。
ブラッカンの兵力は再建されたばかりの軍、多く見積もって1万もないという情報が届いていた。
勝利は確実だと思われた。
勝利後の利益の配分で、王家、貴族の間でもめていたぐらいだ。それが再建したばかりのブラッカン軍に敗れ、3万は捕虜となり、多くの貴族達も捕らえられていた。
錯綜する情報の中で、どの情報が正しいか全くわからなかった。
敵は数万数十万にもなるという噂、ワップ川北岸に侵攻拠点を作っているという噂、どれもかなり信ぴょう性があった。
「どうすればいい」ギスカール王、フランキン4世は重臣に問い合わせた。
一人の重臣が言った。「このままでは国が滅びかねません。どのような条件でもいいので講和を結ぶべきです」
別の重臣が言った。「そんなことをしたら貴族たちが納得しないぞ。徹底抗戦すべきだ」
財政関係を所管する重臣が言った。
「無理な動員をしたとしてあと4万が限界だ。それも国庫を空にして、来年度以降の税収も犠牲にすることが前提だ。情報によると敵は数万、数十万に及ぶ。こっちがワップ川を越えて攻めたら、あっという間に消耗するぞ。じゃ中部に敵の侵攻を許し、これを迎え撃つとして、我が国の穀倉地帯である中部が焦土になる。どちらにしても我が国は終わりだ」
どうするかで重臣たちは喧々囂々の議論が続いた。
「朕は」王が口を開いた。
「国を残すのが最優先だ。いずれ挽回のチャンスはある。ここは講和を行う。外務卿、なんとしてでも講和を結ぶべし」
外務卿は自信満々に「御意」と言って、その場を去った。外務卿は何人もの外務官を引き連れ、敵のもとに向かった。
部下が訪ねた。「外務卿、大丈夫でしょうか」
外務卿は自信満々に答えた。「いくら戦いに強くても無骨な軍人相手に、この国の外交を担ってきた私が後れを取るものか。うまく丸め込んで、領地も賠償金も許さず、講和をもぎ取ってみせるぞ」
一週間後、一番下級の従者がギスカール王宮に帰り着き、首だけとなった外務卿らが届けられた。
王は血の気の引いた顔をして、交戦の準備を命じながら、再度の使者を送るよう言った。
次の外交特使にはブナン・ヨーク外務官が選ばれた。彼は上級貴族ではあるか、とても有能とは言えず、簡単な仕事しかしてこなかった。今回、彼より上の者が死んでしまったため、また、殺されてもさほど惜しくない人物として彼が選ばれた。
ブナン・ヨーク外務官は困り果てていた。圧倒的に優位な状況の相手にどうやって講和を結ぶのか。彼の外交経験は友好関係の確認や圧倒的優位での交渉しかしたことがなかった。
いけばおそらく殺される。最悪拷問の上で見せしめにされる。ブナンは胃の痛みがひどく、食事ものどを通らなかった。
「おい、ブナンどうしたんだ」と声をかける男がいた。
彼はブント・コミュニス、軍家の出身で、王宮守備隊の隊長を務めていた。
爵位は子爵で、ヨークの伯爵とは身分の差があったが、貴族学園で知り合い、名前が似ているとお互いに笑うと、なぜか気が合って学生時代はよく遊んだ仲だった。そして、今でも気の置けない間柄で、交流を持っていた。
外交と軍とで派閥が違うので、派閥内での意見の違いで対立する心配もなく、気楽に付き合える仲間であった。
「ブントきいてくれ」ブナンは切々と話をした。
ブントは無言で聞いていた。
すべて聞き終わると、「よし、俺が付いて行ってやろう。敵の司令官トール・プルタークとは戦場で刃を交わした仲だ。交渉の細かいことは知らん。しかし命に変えてお前を守ってやる。重要なところだけ押さえてもらえればいい」
ブナンは泣きそうになった。「頼めるか」
「応」とにこやかに言った。
ブナンはブントの同行を頼み込み、王の許しを得て、敵の陣地に乗り込むことになった。
敵地に乗り込むのは外務閥ではブナンだけ。あとは、ブントとブントの部下で死を覚悟した者ばかりだった。
敵陣に近づくと、敵兵に囲まれた。
「何者だ」
「我々は、講和の使者としてやってきた。指揮官に会いたい」ブナンは言った。
「わかった。こっちにこい」
敵兵に囲まれながら敵の陣地にやってきた。
「テントの数を見ると10万ぐらいいるな」とブントは無難に言った。
「勝てるか」
「王城にこもって戦えば、うまくすれば相手が撤退するまで頑張れるかもしれない。ただ、国土は焦土になる」
「国が滅んでしまうじゃないか!」
「それをうまくやるのが俺たちの仕事だ」とブントは飄々として言った。
兵に案内された場所にはこの軍の指揮官トール・プルタークがいた。
周りには兵士たちが取り囲み、じっと彼らを見つめていた。
ブナンは、震えを押しし殺しながら言った。
「初めまして閣下。わが名はブナン・ヨーク伯爵です」
相手は何も言わずじっと睨みつけるだけだった。
その時、ブントが言った。
「おい、こちらが名乗ったのになぜ名乗らぬ。武人として恥ずかしくないのか」
アッ終わった。ブナンは思った。一瞬気が遠くなった。
敵の指揮官はびっくりした顔をすると微笑んだ。
「失礼した。わが名はトール・プルターク。この軍の司令官だ。そちらの武官殿は会ったことがあるな」
「わが名はブント・コミュニス、貴殿とは幾たびか戦場でまみえたことがあるな」とニヤリと笑った。
「おお、思い出した。私と刃を交えて生きていた者は少ない。あなたとは何度も戦い、決着がつかなかったな」トールはにこやかに笑顔を向けた。
「これでもこの国で五本の指は入る強さだと思っている。そう簡単に打ち取られはせぬよ」
ブントも笑顔で対応した。
「さて、要件は講和だな」トールから言った。
ブナンは「その通りだ」と答えた。
「前に来た奴らは無礼なことを残残言い散らかした挙句、敵対行為を行ったので首にして返したが、お前らもその口か」
ブナンは何も言えなかったが、代わりにブントが言った。
「この戦、このあたりで終わりにしたいと思う」
「ほう、武人のお前がなぜ戦いを終わりにしたいと言う」と興味深そうに尋ねた。
「これから先はどちらが勝っても悲惨なことになる。貴国がワップ川を越えればわが軍は全力を挙げて戦う。また、王都には10年は持ちこたえられる食料が備蓄されている。われわれは決して降伏しない。最後には王を筆頭に玉砕するつもりだ。貴公も相当の損害は覚悟してほしい」
「おぬしも死ぬか」
「死ぬ」
「それは惜しいな」
「それが武人の務めだ」
しばらく二人はにらみ合った。
「条件は、ワップ川以北の割譲、賠償金20億ドラの支払い、貴族捕虜は個別に身代金を交渉し、解放しよう。兵は我が国にもらう。強く帰国を希望する者のみ帰国を許す」
1ドラは銀貨一枚になり、10ドラで平民が一月暮らせる金額だ。
ちなみにギスカールの国家予算は1年で5億ドラである。
「少し待ってくれないか」とブントは言い、ブナンを連れて少し離れたところに移った。
「この条件はどうだ」とブナンにブントは尋ねた。
「領土の割譲は仕方ないだろう。そもそもワップ川以北は雨があまり降らず、土地も寒冷で痩せている。一部は砂漠のようになっている土地だ。貴族たちも自分の身内が身代金で帰ってくるなら文句は言わないだろう。兵たちはかわいそうだが、あきらめるしかあるまい。ただ、賠償金は20億は無理だ。国家予算の4年分だぞ。破産してしまう」
「いくらなら出せる」
「おそらく5000万ドラなら出せるだろう。財務官は頭を抱えるがな」
すると、ブントはブナンの手をつかみ、トールのもとに戻った。
「条件は飲もう。しかしすまん、金がない。5000万ドラで何とかしてくれ」
「おまえ、何を」ブナンは思わずブントの口をふさごうとした。
いきなりトール・プルタークは笑い出した。
「ブント、お前は武人だな、俺も武人だ。その正直な言葉は気に入った。賠償金は5000万ドラに減らそう。ただし、一つ条件がある」
「なんだ」
「お前は面白い奴だ。国があるので友とは言わぬが知古として付き合ってほしい」
「貴殿のような高名な武人と付き合いができることは我にとっても喜びである。ぜひお願いしたい」
「酒宴を開きたいが、そうも言っていられまい。はやく王のもとに戻り、講和の内容を確認してもらいたい。10日待とう。もし、返答なければ条件が拒否されたとして進攻を開始する」
ブナンは「わかった。なんとしてでもこの条件で講和を成立させる」と言った。
ブナンとトール、ブントとトールはお互い握手を交わした。
ブナンとブントは王都に急いで帰り、王に謁見した。
領土の割譲と賠償金では少しもめたが、王の決断で承認された。
講和の条件は、王に承認され、正式に両国の間で講和条約が結ばれた。
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