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【完結】飼い殺し聖女は、爪も牙も上手に隠す  作者: 木風


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第二話 あなたがいないと、私は輝けない

変化は、少しずつ訪れた。

王宮で開かれる夜会。

かつてロザリーの周囲に集まっていた貴族たちは、今やステラへ興味を示すようになった。


「なんて美しい銀の髪だろう。まるで月の雫のようだ」

「控えめで、慎ましくて、まさに聖女の名にふさわしい」

「ロザリー様は、よくぞあの方を救い出されたものだ」


最初のうちは、ロザリーもその言葉を心地よく聞いていた。

ステラが褒められることは、自分の手腕が褒められることでもある。

彼女を見出し、育て、王宮にふさわしい存在へ変えたのは、他ならぬロザリーなのだから。


けれど、やがて気づく。

人々は、ロザリーを通してステラを見ているのではない。

ステラを見るために、ロザリーの名を口にしているだけなのだ。


そして何より、アルベールの態度が変わった。

以前は、夜会でロザリーを見つければ必ず声をかけてくれた。

王政について、隣国との関係について、社交界の噂について。

短いながらも、穏やかに言葉を交わしてくれた。


けれど最近のアルベールは、ロザリーに挨拶をした後、決まってステラへ視線を向ける。


「ステラ嬢、体調はどうだろうか」

「無理をしてはいないか」

「君は白い花が好きだと聞いた。王宮の庭に咲いていたものだが、よければ」


ステラは困ったようにロザリーを見る。

まるで、許可を求める子どものように。

そのたびにロザリーは微笑んだ。


「受け取りなさい、ステラ。王太子殿下からのご厚意を拒む方が失礼です」

「はい、ロザリー様」


ステラは素直に花を受け取る。


その従順さに、ロザリーはかすかな安堵を覚えた。


そう。

この子はまだ、自分の手の中にいる。

夜、自室でロザリーは言った。


「ステラ。殿下からいただいたものは、必ず私に報告なさい」

「はい。申し訳ありません、ロザリー様」

「謝る必要はないわ。あなたはまだ王宮の作法を知らない。誰と会い、何を受け取り、何を返すか。その一つで、あなたの立場は簡単に壊れるの」


それは正論だった。

実際、王宮では贈り物ひとつが政治的な意味を持つ。

ステラは真剣な顔で頷いた。


「分かりました。私、ロザリー様にご迷惑をおかけしないようにします」

「ええ。あなたは私の保護下にあるのだから」


その言葉は、以前ならステラを安心させた。

けれど今夜、ロザリー自身の耳には、なぜか違う響きを持って聞こえた。


保護下。

守っている。

導いている。

間違ってはいない。


けれど、心の奥で別の声が囁く。


私が救った。

私が育てた。

私がいなければ、この子は何もできなかった。

ならば、この子が得た称賛も、敬愛も、王太子の眼差しも、本来はすべて私のものではないのか。


数日後、ロザリーは決定的な場面を目にした。


王宮の庭園。

白薔薇の咲く小道で、アルベールとステラが二人きりで話している。


ステラは笑っていた。

ロザリーの前では見せたことのない、柔らかな笑み。


アルベールもまた、同じように微笑んでいる。

王太子としての穏やかな仮面ではない。

ひとりの男として、目の前の少女を慈しむような表情。


ロザリーの足が止まる。

胸の奥が、冷たく凍った。


「ステラ」


その声に、ステラが振り向く。

一瞬、彼女の顔に怯えが走った。


それを見て、ロザリーはさらに苛立った。

なぜ怯えるの。

私はあなたを救ったのに。

私はあなたを守っているのに。


「ロザリー様、これは、その……殿下が庭をご案内くださると」

「そう。よかったわね」


ロザリーは微笑んだ。

完璧な微笑みだった。

アルベールが一歩前へ出る。


「ロザリー、私が誘ったのだ。彼女を責めないでほしい」


その言葉が、ロザリーの中の何かを静かに軋ませた。

責めないでほしい?

まるで、自分がステラを傷つける人間であるかのように。


「もちろんですわ、殿下。私はステラの後見人ですもの。この子の幸せを、誰よりも願っております」


ロザリーはそう言って、ステラへ手を差し出した。


「けれど、今日は少し疲れているはずよ。戻りましょう、ステラ」


ステラは一瞬だけアルベールを見た。

それから、ロザリーの手を取る。


「はい、ロザリー様」


その返事を聞いても、もうロザリーの心は満たされなかった。


その夜から、ロザリーはステラの予定を厳しく管理するようになった。


王宮からの招待状は、まずロザリーが確認する。

アルベールからの贈り物は、侍女を通して受け取らせる。

庭園への散歩も、祈りの時間も、慰問の予定も、すべてロザリーの許可が必要になった。


表向きは、聖女を守るためだった。

実際に、ステラを利用しようとする者は多い。

教会も、他の公爵家も、王宮の一派も、彼女の力を欲しがっている。


だから守らなければならない。

危険から。

悪意から。

そして、アルベールから。


「ロザリー様、私……殿下にお礼のお手紙を書きたいのです」


ある晩、ステラがおずおずと申し出た。


ロザリーは手元の茶器を置いた。


「何のお礼?」

「先日、お花をいただいたので」

「必要ないわ。王太子殿下のご厚意に一つひとつ返事をしていたら、余計な誤解を招くもの」

「でも……」

「ステラ」


ロザリーは、静かに名を呼んだ。


「あなたはまだ分かっていないの。王宮では、あなたの何気ない一言が、相手に都合よく解釈される。あなた自身を守るためにも、軽率な行動は慎みなさい」

「……はい」


ステラは俯いた。

その姿に、ロザリーはかつての火刑台の少女を思い出す。

怯え、震え、自分の言葉に縋っていた少女。


あの頃はよかった。

そんな考えが浮かんだ瞬間、ロザリーは自分で自分に驚く。

あの頃のステラは死にかけていた。

惨めで、孤独で、誰からも見捨てられていた。


それなのに、なぜ懐かしいなどと思うのか。


違う。

私はこの子を守りたいだけ。

この子が道を誤らないように、正しく導いているだけ。

そう自分に言い聞かせる。


けれど、アルベールがステラの名を呼ぶたび。

ステラが彼の前で柔らかく笑うたび。

ロザリーの中の何かは、確実に黒く濁っていった。


決定的だったのは、王宮の公式晩餐会の招待状だった。


そこには、ロザリー宛ての名前と並んで、ステラの名が記されていた。

しかも、王太子の希望により、聖女ステラを主賓の一人として迎える、と。


ロザリーは招待状を握りしめた。


主賓。


ただの保護対象だった少女が。

自分が火刑台から拾い上げ、服を与え、礼を教え、王宮へ連れていってやった少女が、今や自分と同じ席に招かれる。


いや、違う。

自分よりも、望まれている。


「ロザリー様?」


ステラが不安そうに呼ぶと、ロザリーは顔を上げ微笑む。


「ステラ。あなたは晩餐会を欠席しなさい」

「え……?」

「体調が悪いことにします。最近、奇跡を使いすぎて疲れているでしょう」

「でも、私は平気です。それに、殿下が」

「殿下?」


ロザリーの声が、少しだけ低くなった。

ステラは口を閉ざす。


「あなたは、いつから殿下のご意向を、私の判断より優先するようになったの?」

「そんなつもりでは……!」

「では、従いなさい」


ロザリーは立ち上がる。

扇を閉じる音が、部屋に鋭く響いた。


「あなたは私が救ったのよ、ステラ。私がいなければ、あなたはあの日、火刑台で灰になっていた。今のあなたの服も、地位も、聖女としての名誉も、すべて私が与えたもの」


ステラの顔から血の気が引いていく、その表情を見てようやく息がしやすくなった。


そう。

それでいい。

その顔でいなさい。

私を見上げ、私の言葉を待ち、私に従う顔で。


「あなたがいないと、私は輝けない」


ロザリーは、ステラの頬にそっと触れた。


「けれど、あなたが輝きすぎるのは許せないのよ」


その言葉の意味を、ステラは理解できなかったのかもしれない。

ただ、小さく震えていた。

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