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「リリベル嬢、良い仕事をしてきたな」
今、夕食と共に伯父からもらった大吟醸酒を食前の一杯として、皆で頂いている。
本当はマリィ姉へのお土産だったのだが、姉から持たされた土産もこれだった。
姉はお酒はあまり得意ではないらしい。
「あぁ美味い」アドリアン様のお父上が溜め息と共に漏らした。
「これは前菜のニシンのマリネにもスモークチーズのベーコン巻きにも合うではないか」
「そういえば兄は以前から美食家であったな」
「俺は記憶に無いが?」
「お前はどっちかというと量だろ?」
「王家でもこのレベルの酒は入手してないぞ」好評で良かったな。リリベルが苦手な氷魔法で運んできた甲斐があったというもんだ。
時々、殿下に頼んだ。殿下はリリベルよりも簡単に氷魔法を使うのだ。さすが水魔法使いだ。
「そうか、氷魔法で冷やしながら持ってきたのはこれだったのか」
「米酒は温度管理が重要なんです。夏場は特に、それにこれ大吟醸酒だったし」
「えっ大吟醸酒って南でも王族に献上されるやつじゃん!もっと味わって飲まなきゃ!」と王族のザック殿下が仰る。
「よく、そんなの手に入りましたね?」フィリップ様も大事に飲んでいる。
「筆頭侯爵って、そんなに凄いの?」とアドリアン様も途中から大事に飲んでいる。
「今回のは多分、ララ姉ちゃんが持ってきてくれたんだと思います。馬車一台、冷蔵魔法かかってました」
「なあベルモントの子供達って一体どうなってんの?」伯父のごもっともな質問だ。
だけど特別なことは何も無いはずだ。
「普通にクマさんに体当たりして育ちましたけど」
「えっ?あのクマが重要なの?」
「俺も体当たりしたことがあるがビクともしなかったな」
「何か、あの一族は違う論点で話していると思うのは俺だけか?」
「放っておいてやれアドリアンよ」
「クマってあの入口のクマか?あれ凄いの?」
「殿下、クマは忘れましょう。ほら今は食事を楽しみましょう」
「ホホホ。前菜の次はキュウリのガスパチョですわ。またこのお酒が進みますわね」
「そういえば聖女殿もクマさんの話をされていたな」
『えええっ!』全員の目がラント様に向く。
「ラント君、俺たちせっかくクマから離れようとしてたの聞いてた?」
「いや聖女殿が懐かしくて、つい。済みませんアドリアン」
「そういえばアドリアン卿と兄上は聖女殿の護衛もされていたか?」
その話は大丈夫なのだろうか?‥‥リリベルはドキドキする。
だってだってザック殿下もベルトラント様もマリィ姉ちゃんが好きなんでしょう?!
ガスパチョの次は白身魚のムニエルレモンソース掛けがきた。なんで、どれも酒に合うの?!
一升瓶が2本目に突入する。
「そうだそうだ!マリィの聖女就任の時のエスコート、お前に奪われた!」ライ兄がベルトラント様を指差す。
「ライオット!お前まだ、そんなこと言って。近衛は駄目って言っただろ」
「フフ。彼女のエスコートは誰にも譲れないでしょう?それに女神様のご指名も頂戴したし」ベルトラント様まで酒のせいか発言が大胆になっている。
「兄上?」
ヤバい!ヤバい!でもお酒のせいで何がヤバいのか分からなくなってきた。ラズベリー風味のサッパリソルベが出てきた。
皆さん正気に戻りましょう!
「まあベルトラント!母様初耳よ。お前の“好い人”の話、嬉しいわ。でも聖女様だなんて!」
はい鎮火失敗です。
「母上!そんな好い人だなんて…」
「わ!ラント君の照れる姿初めて見た」
「アドリアン!止めて下さいよ」
「マリィー!!」「わぁ!ライオット卿が泣き崩れた」
「ライオット、お前、結婚したのにまだシスコンなの?奥さん大丈夫?叔父さん心配」
「は〜酒が美味い」酒がどんどん注がれる。
鴨のコンフィ赤ワインソース掛けがやってきた。
殿下は無言だ。同じ人好きなの悟ったよね。大丈夫かな?
「アイザック、君はそろそろ婚約者の話が出ているんだろう?」
なんて恐ろしい!刃物のような会話で弟を刺すのね。フィリップ様が心配そうに殿下を見る。
「兄上、聖女殿はとても素敵な方ですね。ちょうどここに来る前にリリベル嬢と大神殿に伺いました」
「そうだな」と短く言ってベルトラント様は赤くなって照れてらっしゃった。
その様子をライ兄以外が、微笑ましく見守る。
ザック殿下、心から流血してないよね?
「でもアイザック様は、リリベルちゃんなんでしょう?仲良しよねぇ」夫人が楽しそうに言う。
わっ!こっちに飛び火キタ!
だが心配は要らんかった。
ライ兄が「リリまで渡さん!」としがみついてきたのだ。
お陰でデザートのガトーショコラはライ兄の膝の上だった。
ほろ苦いガトーショコラにも米酒が合うってどういうこと!
ライ兄の頭への頬擦りも気にならない程、リリベルは酔っていた。




