黒髪魔法少女は劇的な出会いを求める
いきなり新キャラの戦闘。
ぶっちゃけると、フランのライバルキャラですヾ(o゜ω゜o)ノ゛
「うーん……。ここは何処なのでしょう。ちょっと道に迷ってしまったようなのだわ」
濡羽色の艶やかな黒髪をツーサイドアップに纏めた少女が、自身の口元に扇子を当てながら呟いた。
彼女の衣服には、どこか和を感じさせる意匠が施されている。
どう見ても見た目はただの布だが、質の良さを抜きにしても機動性が保たれているようだ。
随所に対魔の刻印が刺繍されており、魔法への耐性にも優れた装備となっている。
これは、魔法があまり論理的な発達を遂げていないアイザックやフランチェスカの生まれた国では、成し得ない技術だった。
「やはり、冒険者性の違いなどで解散なんてしない方が良かったかもしれないのだわ……」
彼女は、有り体に言って方向音痴だった。
積極的に認めようとはしないが、自身の欠点は自覚しており、先程の発言はそのカバー以外の背景を伴っていない。
己の持つ力を万全に使えば、戦闘自体は例えソロだったとしても特に問題ないと思っているのだ。
「うーん、魔力の節約のために鉄扇を酷使してましたが、ちょっと奥に入り込みすぎてしまったようね」
ソロで一番危険なのは野営時だ。
彼女はある程度対策を準備してきているが、それでもリスクを鑑みれば日帰りで帰るに越した事はない。
「くすくす、飛んで火に入る夏の虫なのだわ」
接近してきたのは、鋭い犬歯を持つ狼型の魔物。
鎧のように発達した毛皮が、速度重視の狼なのに防御力も併せ持っている事を窺わせた。
「おっとっと、また口癖が出ていたようですね。どうせ誰も聞いてはいないでしょうが……第二階位――氷糸縫い!」
紡がれた言葉と同時、ばらまかれた幾多の鉄扇。
その持ち手の軸に穿たれた空間に、生成された魔法が通って行く。
「さぁ、遊んであげますよ。獣らしく良い声で鳴いてくださいね。氷刃舞・二線」
氷で出来た糸に導かれて、複数の扇が開かれたまま術者の前方を斜めに走る。
「ガルルルル」
「ルォォーン!」
直線的なその動きを掻い潜り、数体の狼が少女に迫った。
「グギャ」
「ワォン?!」
しかし、突如として扇の進行方向が直角に折れ曲がった。
まるで元から決められていたような動きにより、攻撃を避けたつもりでいた狼が後方から痛烈な斬線に見舞われる。
「あらあら、森のハンターさんが情けないですね。でもまだ追撃がありますよ、楕円!」
彼女の右方向に戻ってきた扇子群が、前方に再び射出される。
数匹が切り刻まれたが、先程の軌道変化を警戒した他の狼は、それを囮として跳躍する。
「予想通りです」
少女の前方に列を成すように伸びていた扇が浮上し、半円を描く。
狼の一匹を吹き飛ばしたまま、使い手の目線程の高さで戻ってきた。
「ギャウン!」
縦に投げたブーメランのように戻ってきたそれらは、そのまま投げ手をスルーして背面へと突き進む。
それらは見事に、跳躍の陰で迫っていた伏兵を屠った。
だが、知能に優れた上位種に率いられた魔物たちは、更なる連携を見せる。
「へえ、肉を切らせて、ってやつでしょうか?」
扇の動きが変化したとしても、あくまで直線的な動きである。
それを見切った上位種の指示により、地上空中の同時攻撃を対面方向から時間差で仕掛けた。
その上で、先頭の狼がその身を裂かれながら扇と糸に噛み付く。
動きが寸断された。
「甘いのだわっ」
純粋な魔法使いは接近戦に弱い。
その常識を覆すかのように流麗なステップを踏んだ彼女は、舞い踊るかのように衣装をはためかせる。
体当たりを避けながら振られた両手の扇は、一方的にダメージを刻み込んだ。
「そろそろ終わらせましょうか。第四階位――氷滑陣」
襲い来る狼の波が途切れた僅かな時間。
少女はしゃがみ込み、扇を地面に当てながら華麗に一回転した。
放たれた魔力が窪んだ地面から円を描くように侵食する。
冷気が立ち上り、生えている植物に薄く霜が降りていく。
これが自然現象なら、魔物に踏み砕かれて終わりであろう。
勿論、そうはならなかったが。
「ルォーン!?」
「わぅん!」
「グルゥー……」
これはいよいよ死力を尽くさねばと、群れの殆どが走り寄って来ていた。
その全ての個体が足を滑らせて、地面と濃厚に抱き合う結果となった。
「この魔法にもかなり慣れてきましたね。魔物相手以外でも使えそうです」
狼の肢体によって捲り上げられた氷の地面。
立ち上がった時に、残った陣の効果が薄い相手から順に息の根を止めていく。
その行為に待ったをかけるように遠吠えが響いた。
「ようやくお出ましになりましたね。猿山の――狼山の大将さん?」
少女は自分の言葉に、これって正しい運用かしらと疑問を感じた。
余裕である。
「グルルルァァ! ルゥォォオーーン!!」
「ちょっと、騒音を撒き散らしすぎなのだわ! もう、人間の聴覚をもっと考えてください」
敵対している生物の耳になど、威嚇の遠吠えで配慮する筈がないのだが、あまりの大きさに、ぼやかずにはいられないようだ。
「これは意外に大物ですね」
そこに立っていたのは、ブルーオーガと呼ばれる昔にアイザックが対峙した狼型の魔物よりも数段大きい存在だった。
筋骨隆々な体躯に、魔法をも容易に弾くであろう体毛。
その姿はまるで装甲のようで、アイザックが見れば「ゾ○ドだ! サイズが小さいけど生きたゾイ○だ!」と大興奮した事だろう。
「物理特化の黒狼。それの最上位種……と言ったところでしょうか」
魔力で強化されたその四肢には、残っていた氷による滑落効果もまったく効いていないようだ。
一筋の冷や汗が少女の頬を伝う。
「第三階位、氷連槍・扇追」
振るわれた扇の先から、氷の槍が飛び出す。
「ガルルルァァー!!」
「なっ!?」
砕け散る先頭の氷槍。
この戦いの中で初めて少女が驚愕した。
放たれた槍が効くとは思っていなかった。しかし、まさか咆哮の衝撃だけで攻撃を砕かれるとは思っていなかったのである。
「まだです!」
連槍の名の通り、放たれた槍は一本だけではない。
迎撃後を狙うように追従する複数の氷。その先端は鋭利に光っている。
それだけではなく、槍の合間には開かれた鉄扇が括られていた。
「ルガァオオォォー!」
「くうっ」
かちあげるような頭突きで一本目が砕かれる。
鉄扇が首筋を撫でるが、剛毛を少し切り取るだけだった。
残る追撃も、半身と共に浮き上がった前足で全てを折り砕かれている。
「ふすっ」
この程度か?
そう言いたげに鼻を鳴らす大狼。
その威容は、最低でもBランクの魔物な事は間違いなく、その中でも上位にあると言えた。
つまり、Aランク冒険者数名が討伐にあたるレベルである。
「ふぅ……わたしを侮って、揚々と後から出て来なければ危なかったのだわ。でもこれで終わりよ、第七階位――――連刃縛鎖・氷大牢!」
彼女によって紡がれた言の葉により、周囲を凍らせていた魔力が励起する。
自身が放つ魔力と、扇の周囲に展開させていた魔法。
今まで放っていた氷とそれらが組み合わさり、威風を誇る黒狼を氷が蝕んでいく。
「ガルルロロォ?!」
狼が踏んでいた氷の陣の残り香も、氷結の起点となった。
瞬く間に蔓延る冷気が、全方位から押し寄せる。
一箇所からであれば、その戒めも意に介さなかったかもしれない。
しかし、放った魔法の再利用と目の前の黒狼が姿を現す前に練り上げた魔力によって、魔物は完全に動きを封じられていた。
「うーん、氷結させたのは良いけれど、わたしではこいつを貫けないのだわ。仕方ない、脳を凍らせましょう」
残った魔力で、時間をかけて頭部を氷結させていく。
気が付けば日も暮れかかっていたが、どうにかトドメをさす事ができた。
「何か、最近は魔物にばかり気に入られている気がしますね。……わたしの魔法の王子様は、いったい何処にいるのでしょうか。まあ、国を越えてここまで来たのですし、素晴らしい出会いがわたしを待っている事でしょう」
ふとした拍子に感じた予感が来た道を戻らせず、彼女の足を次の街に向けさせた。
閑話と言うか、第三章のプロローグと言っても過言ではないですね。




