風詠みと謳われしポンコツエルフ 起源
「今から『風詠み』継承の儀を執り行う」
里の族長、つまりあたしの父親が集まった氏族にそう宣言する。
場所は、エルフが管理する土地の中でも一番手がつけられない峡谷だ。
名を狂嵐の魔峡谷、とか言ったっけ。確かに凄い風だけど、ネーミングセンスを疑うよ。
「皆も既に知っているだろうが、愚娘エルミアが里を出て旅をしたい、などと言い始めた。褒められた申し出ではないが、開祖より続いていた異邦探訪の任に現在着任者がいないのもまた事実。そこで、エルミアにその資格があるかどうか、『風詠み』を継げるか否かによって判断する。異存は無いな」
無駄に威厳を醸し出そうとするかのような声色で、そんな事を宣う父親。
それに対して、里の皆は無言で肯定を示す。
あたしを見る幾人かの目には、侮蔑と嘲笑の色が混ざっていた。
出来っこない、とでも思っているんだろうね。
的は、峡谷の対岸に聳え立つ巨木、そこに生る実と説明された。
蔓のようなものから垂れる目標は、風でそよいでいる。
「んー、弓の有効射程ギリギリかぁ。短弓だったら、風が無くても間違いなく届かないね、これは」
いほ-たんぼ-が何だったか、昔説明されたけれど覚えてない。
まあとにかく、あたしが目標を射抜けば良いだけの話だよね。
「待て親父! 俺もその儀、受けると言った筈ッ」
集中力を高めていたら、そんな言葉の横槍を受けた。
「うげっ、この声愚兄の誰かじゃん」
誰かは知らない。
名前が長いし、第一兄弟が多すぎるのだ。
とにかく、あたしが気に入らない何人かの一人だろう。
「エルスレッドか……確かにエルミアを外に出すのは族長として気掛かりだが、お前のように当て付けだけで名乗れる称号では無いのだぞ」
「うるせぇ、鷹狩りの日に合わせやがって。舎弟が気付かなきゃ危うく知らない間に終わってたところじゃねーか」
「また、人間の愚かな貴族の真似事をしていたのか」
族長は呆れ顔を見せている。
こればかりは、あたしも同じ気持ちだ。森に生きるエルフが、盟友にもなれる鷹を狩ってどうするのかねぇ。
それでも、こう見えて里の中ではトップ層の実力は持っていたりする。
無駄に優秀な風魔法の制御を活かして、矢の誘導などに使っているからだ。
「……仕方あるまいか。ならばエルミアの後、やってみせよ」
「いや、親父殿。それじゃつまらんだろ? 俺に良い案がある」
エルカスだかエロスルだか名前は忘れたけど、愚兄が語ったのはこうだった。
本来、五射の内に射貫けるかどうかなこの儀式を、一射ずつ撃つらしい。面倒な事を考えるなぁもう。
周りはそれに合意したようだった。
え、あたしの意見聞かないの? と思わないでもなかったけど、まあいっか。
実力不足を魔法で補う相手になんか、負ける気しないし。
そんなこんなで、向こうの先攻で始まった。
「――ふぅっっ!」
大きな呼気と共に、矢が空を舞う。纏う風が周囲を蹴散らし、突き進んだ。
けれど、狂った嵐の名前は伊達ではなく、放たれた矢は半分過ぎた辺りで主導権を自然風に奪われ、あらぬ方向へ飛んでいく。谷を越えたのが、せめてもの救いかな。
いやいや、普通に考えて真正面から捻じ伏せられる訳ないでしょ。弓の達人が見たら、風舐めんなってどやされるよ? これだから魔法使いは。
「おいおい、どこに撃ってんだよ」
「的見えてるか?」
周囲のヤジに、耳まで真っ赤にして苛立ちを見せる愚兄。
「黙れ! 一射目で風の流れを読むのが常道。そして真っ直ぐ目掛けたのは余興よ!」
「余興ねえ……じゃっ、あたしもやってみよっかな」
ノータイムで矢を射る。
目一杯引き絞ったその弓から、文字通り矢が真っ直ぐ進み、実が生る木の根に突き刺さった。
「おぉ! 実には当たらなかったけど、峡谷の谷間風に負けずに向こうまで着いたぞ」
「どんな剛弓してんだよ」
ギャラリーがざわめく。
あたしが今やった事を見抜いたのは、族長を含め数人しか居ないようだった。
「風が薄いところを見抜いて、そこを普段より強く引いた弓で通したのか……」
「どう足掻いても、あの軌道では当たらん。それが分からなければ見抜けぬ場所だの……成る程、余興か」
識者風の意見を言う一部の声。解説の通り、荒ぶる風の隙間を通しても、目標の木の実に当たるルートは無い。
喧騒を聞き付けた対戦相手が、ぐぬぬと今でも声が漏れ出そうな顔であたしを睨み付けた。
「舐めるな、風の加護よ――」
またしても風の魔法を使って、峡谷の風壁を抜く。ただ、突破するのに意識を割き過ぎだね。
向こうの二射目は近くまで寄ったけど、刺さったのは隣の樹木だった。
「んー、多分次でいけるかな?」
放つ二射目。その結果は、ある意味予想できたが、想定からは外れていた。的とは違う方向に、急展開したのである。
あたしの独り言は、相対する男にだけ微かに届いていたのだ。
「おい、今不規則に曲がらなかった?」
「そう? 峡谷の風は気紛れだからなー」
違う。対戦相手が放った風魔法に、あたしの矢が妨害を受けたのだ。
近付く事は勝負を始める前に禁止されたけど、確かに妨害は禁止されていない。
「やっぱ、やってきたかぁ……我が兄ながら情けない」
でも、実戦じゃ当たり前の事だ。
流石に肩を並べる相手が明確に邪魔はしてこないだろうけど、標的が気付いているのに何もせず棒立ちになる筈がないもの。
あたしは、別に影に隠れて獣を狩る狩人じゃないしさ。
三射目をほんの少しだけまた寄せた愚兄が、ニヤニヤとした目であたしを見る。
その視線は、やり返せるものならやり返してみろと言いたげだった。
小物な兄だ。
そんな男に構っていたら、あたしも小さくなってしまいそうで、ここで決める意志を強める。
「――ッ」
漏れ出る呼気を最小限に抑え、渾身の一矢を放った。
放物線は風で歪められ、それでも風に乗り、従え、狙い過たず目標を捉える。
「あああ、当てたぁ!? 三発目で命中させやがった」
「途中謎の横殴りの風とか上からの風もあったのに、ぐねぐね動いた末命中って、魔法かよ!」
失礼な。魔法なんかと一緒にしないでもらいたいよ。
憮然とした表情で佇むあたしを指差し、愚兄はわなわなと震えながら口を開いた。
「何故、何故読める! 何故外さぬ! こちらには風の加護があり、お前の矢は自然風を諸に受ける。それだけでも困難なのに、魔法が発生させる不規則な風も邪魔をしたのだぞ!」
何故だと声を荒げ続ける男を、あたしは冷めた目で見ていた。何言ってんのこいつ。
不規則な風って、あんたらが起こしてる風なら人為的じゃん。意図的に起こされた風は、不規則とは言わない。
「だって、そっちが風で干渉してくるなら、その風も読めばいいだけの話でしょ?」
「……ッッ!!」
魔法の飛翔速度はそこまで早くない。
風を切る速度で放てば、妨害するには事前に撃たなくちゃいけないよね。
だったら、人の意思が介在した風なんて、自然より読みやすいと言っていい。
「ぐぬぬぬぅぅ!!」
「この御前試合をもって、エルミアを『風詠み』の継承者とする!!」
観戦者が少ないので、大歓声は起きない。
でも、まばらな祝福の声があたしに向けられた。
いつもバカにしてくる連中は、開いた口が塞がらないようだ。
「さて、エルミアよ。風詠みを継いだ以上、里を出る事を最早止めはせん。そして、お前が異魂の導き手として皆に認めてもらえる事になった。励めよ」
「え、あたしの旅の目的は世界食べ歩きツアーなんだけど」
言ったよね?
あたしの返した言葉を受けた族長は、青筋を立てて固まっていた。
こうして、すぐにでも出立する気満々だったあたしの旅立ちは、三日程遅れる事になる。
◇◆◇◆◇
「え、ていう事はエルってエルフのお姫様だったんですの?」
「そだよー。まぁ、国でも何でもないから、何代か前の長老を担ぎ上げた人たちが、勝手に森の王と称しただけなんだけどね。特に権力は無くて、他の部族に多少の威光があるくらい?」
興味を持ったアイズ君と、元々話していたフランちゃんに聞かれるままエルフの里の体制なんかを話す。
牧歌的でもなければ、狩猟民族でもない。先鋭的な発明を紡ぐ気概も無いのに、無駄にプライドだけは高いなんて、本当に中途半端な奴らだよ。
「どっちかって言うと地主の娘って方が近いのか」
「それでも凄いですわよ。……これからは、エル様ってお呼びした方が良いかしら」
フランちゃんの発言に、アイズ君がうむうむと頷きを見せた。 勘弁してよー。
「ちょっ、やめてよフランちゃんまで~」
「エル様……L……ハッ」
あ、この流れは、突拍子もない事を言い出すやつだ。
まだ短い期間だけど、たまにこの光景は目にするんだよね。
それがまた、意味分からなすぎて逆に面白いんだけども。
「L様ー。知っているか。魔王はりんごしか食べない」
「え、そうなの?!」
「冗談だ冗談。……やっぱエルミアもその先祖も、前世持ちじゃないのか」
後に紡がれた言葉は、このあたしの耳をもってしても聞き取れなかった。
ただ、真面目な表情が少しギャップがあって、あたしの目にも好ましく映る。
そんな事を想いながら、ポカポカと叩くジェスチャーをしてフランちゃんと楽しんだ。
「ふふっエル様、お戯れ遊ばせ」
「だぁ、からぁー」
「わたくしも、冗談でしてよ」
悪戯っぽい表情でウィンクをするフランちゃん。可愛い。
そういうのはオレにもやって欲しいな。そんな顔で見てくるアイズ君に、ドヤ顔でアピールしてあげた。ふふっ、悔しがっておる悔しがっておる。
「でも、よくそんな立場の貴女が里を出れましたわね」
人間で言えば、王族が供も付けずに放浪の旅に出るようなもの、らしい。
疎まれた存在でもない限り、そんな事は起こらないんだろうね。
後から知ったけど、普通そんな状態でも外聞を考えれば、多少の護衛は付けるんだって。まあ人間とは常識も異なるから、何とも言えないや。
「あたし魔法の才は無いし、末の妹だから特に果たすべき役割ないもん。人間と違って政略結婚とかも殆どしないから」
微妙な顔をするフランちゃんの肩に腕を回し、勤めて明るく声を出す。
「まーまー、今あたし幸せだよ? 可愛い二人に料理上手なアイズ君と旅ができて! あ、でも気にするなら今度着せ替えさせて」
「なんですのその交換条件は!」
「良いじゃん減るもんでもないしー。あ、アイズ君はあたしに毎日味噌汁作ってね!」
「ぶほっ!?」
何か知らないけどアイズ君が噴き出した。汚いしジュースが勿体ない。
さーて、今日の晩御飯は何かなぁ。
次章からは、感覚で魔法を使ってる一派(主人公たち)以外が出てくるので、威力とかも想像しやすくなる、筈。




