別に、押し倒してしまっても構わんのだろう?
お待たせしました。本日より更新再開です!
ドラゴンクッキング序章。本格的なのは本編にて。
犯人はヤス。
「うーん、気持ちいい朝」
ドラゴンの討伐とその元凶との対峙から、二日経った。
明日の夕方前にはフランの故郷に着けるところまで来れている。
「お疲れフラン。交代だ」
「ふわわわぁ、おやすみなさいませ……」
欠伸をしながら、フランは荷馬車に作られた就寝スペースに潜り込んでいく。
野営の見張りを交代制で行っており、彼女の番が終わったのだ。とは言っても、オレもバレないように起きて、周囲を警戒していたが。
ファミレスの卓上ベルのようなアイテムはあるが、 流石に素人の嫁に任せて自分だけ寝てられない。
「久々の野営だが、やっぱ嫌いじゃないな。この感じ」
グッと伸びをする。
今まではフランの事を慮って野宿は極力避けてきた。
しかし好奇心に溢れたフラン自身の要望と目的地イルネストへの距離を考えて、現在野営を行っている。
今後の冒険者生活の予行演習はした方が良い、という意見も挙がったしな。
「冒険者になる前に野宿なんて……裕福な冒険者などが引退後余暇に家族と行う『きゃんぷ』みたいで楽しそうですわ!」
なんて目を輝かせていたのは、少し思いやられるけども。
オレに対する幻想的な憧憬はドラゴン戦を経て解消された訳だが、冒険者に対しての認識も矯正が必要かもしれない。
いや、一般認識程度は理解してるけどさ。あくまで知識としてな。
「さて、そんな事はさておき。キャンプの朝と言えば早朝の温かい汁物だぜ」
後から思い返せば、徹夜テンションが原因だったように思う。
高揚が続いていたし、オレも野営の経験豊富って訳じゃ無い。
オレは煮沸してから、それぞれにある液体を注いでいく。
「ドラゴンの肉と血を入れたスープに、血が半分以上を占める赤ワイン……なんか暴力的なまでの香しさだな。二人が風上で助かった」
少し離れた場所で調理は行っており、索敵は出来るが睡眠の邪魔をしないベストポジションである。
「さて。それじゃホットワイン、ドラゴンカクテルをいただきますか、っと」
ゴクリ。
「ーーぶへぇ!!」
吐いた。
◇◆◇◆◇
いや、言い訳をさせてくれ。
最近は保有魔力も、年単位の魔物食で上がってきていたんだ。
だから、今となっては濃い魔力だろうと身体が熱くなったり軋んだりする程度で、吐き気は殆ど無かった。
しかしドラゴン。格が違いすぎます。
「美味い。文句なしに美味い。濃厚で芳醇。葡萄の味に深みを持たせ、且つフルーティーさも何故か上がった。ただの赤ワインをグルメ漫画ばりに昇華させている」
批評家のように語るその手には、未だ握られたホットワイン。
ワインを更に注ぎ多少は薄めたが、やはりこの男学習しない。
「だが襲い来る吐き気……ッ! しかし美味すぎて何度でも飲みたくなる……まるで味の魔力暴発やぁ……」
また舐めた。倒れた。ドラッグかな?
「やられはせん、やられはせんぞぉぉ」
「何をしておられるのですか? アイザック様」
ネタを交えつつ吐き気に抗っていると、不意に声を掛けられた。
「あぁ、シャルさん。おはよう」
「……その体勢のまま普通に挨拶されると、些か困惑するのですが」
微塵も困惑してなさそうな表情でお言葉をいただく。
因みにオレの状態は、奈落から亡者が這い出すかのように、寝転がりながら腕を伸ばすという構図だ。
骸骨コスプレなら雰囲気出そう。
「ごめんごめん。ちょっと久しぶりの感覚を味わって、朝からおかしなテンションになってた」
「はぁ。さようですか」
クールビューティーの視線は最後までクールだった。
「それで、これは?」
そう言って彼女は煮たつスープを指差す。
「おっと、火から遠ざけないと。……よし」
鍋の隔離をして、クールメイドに向き直る。
「これはオレの朝飯。二人のは別に作るから気にしないで」
「という事は……それ、ドラゴン素材が入ってるので?」
察し良すぎぃ。
だが彼女の雰囲気に咎める印象はない。
素材の無断使用への諫言ではなく、魔物食のデメリットを十分に理解した故の発言なのだろう。
道中も散々魔物食をフランに施した訳だが。
魔物食は、食べる人間の魔力が少ないと吐き気がするし、体が貧弱だと節々が痛む。多分、成長痛のようなものだ。
つまり、魔物食による成長が劇的だと体を蝕むため、魔力を散らさず強いモンスターの血肉を食べるのは危険なのだ。
「うん、血と肉を少々。スープは血を数滴かな」
「成る程。そのワインは無理そうですが、スープなら少しであれば大丈夫そうですね」
「あまりお勧めしないけど、多分ね」
女性の困り顔は割と好きだが、吐き気を堪える顔をわざわざ見たいとは思わないしな。
「ふむ。失礼します」
小皿に数滴取ったスープを舐めるシャルさん。
そのままパラパラと塩と胡椒を入れて味を確かめ、器によそってから刻んだハーブのようなものを乗せた。
どうぞと差し出された器を受け取り、一口飲む。
「おぉ、美味い! ドラゴンの出汁に塩味が映えるっ」
「恐れ入ります」
流石シャルさん、フェイロン家のポンコツメイドとは出来が違います!
奴ら戦闘はできても料理できないからね。
貴族出身の母親に着いてきた者も多いが、所詮豪商止まりという事か。
さて、ちゃちゃっと愛情込めて朝食を作り愛妻を起こしますか。
本格メイドのサポートもあったので、野営にしてはかなり豪華な朝食が短時間で作れた。
「んー、良い匂いですわね」
朝に弱いタイプのお嬢様が、ご飯に釣られて起きてきたようだ。
そして始まる朝食。
「このお肉が入ったサラダ、美味しいですわ」
「これは、ドレッシングが秀逸ですね」
付近で狩った鳥型の魔物肉を混ぜたサラダは、女性陣に好評のようである。
因みに、ドレッシングは実家で作った調味料各種をベースに作った特製品だ。
苦労して作った醤油擬きが、風味の骨格を成していた。
「ん? 獣かな」
オレの索敵範囲をうろうろしてた獣が引っ掛かったのか、仕掛けていた鳴子の音が聞こえてくる。
「少し見てくるよ」
断りを入れ、席を立つ。
これが惨劇の鍵とも知らず。
「あら? アイズのコップ、凄く良い匂いしてませんか?」
今まで風下に居たために気付いていなかったが、芳醇な匂いが充満していた。
「ドラゴンの血を混ぜたワインだそうですよ」
「ブラッドカクテル! ゼレンの夜明け譚で出てきた物ですのねっ」
英雄譚に出てきた飲み物が、彼女の琴線に触れる。
そして口角がミリ単位で上がる侍女が一人。
「お嬢様は魔力も多いですし、少しなら飲んで良いと思いますよ」
「え、でも。これアイズのですわよ? 果実水もありますし……」
「あれだけイチャイチャしているのに、まだ口付けも交わしてないのでしょう? 間接キスを経験すればこの先早いかもしれませんよ」
「ううっ、ぅ……」
最近急接近したが、それでも一線は越えてない二人。
それを思ったのか彼女は杯を呷った。
動物は鳴子に警戒していたのか、オレの足音を聞いて去っていった。なので、すぐ戻ってきたのだが。
帰ってきたら、なんだかおかしな雰囲気が漂っている。
「あっ、アイズぅ……なんか体が熱いのですけれど」
潤んだ上目遣いでそう漏らすフラン。
誘ってるのかな?
「あぁ、たすけ……」
そう呟きながら体をもじもじする。漂う色気。
誘ってるよな。
普段は凛とした表情と天然な振る舞いを見せる彼女の頬は今、朱に染められている。
「どうして固まってますの……? 後生ですからこちらに来てくださいまし。今、無性にアイズが愛しいのです」
無自覚で誘ってますね、この天然お嬢め!
だがしかし、だがしかし、だ。
これは罠だ! 孔明かなんか知らんが罠なんだ!
だって手元にオレのコップがあるもの。
絶対これドラゴンの血の影響だって。
吐き気をする程濃くなかったみたいだが、その分体を熱くしているのだろう。
火を吹く竜だってのも関係あるかもしれない。
実はさっきから、オレの体も熱を帯びていたしな。
体温の上昇だけじゃない。ドラゴンの血に何かしらの効能があるのか、ぶっちゃけむらむらしている。
ぶっちゃけむらむらしている!
状況の背景を察して挙動に迷うオレの背に、悪魔が忍び寄る。
「別に、押し倒してしまっても構わないのですよ?」
シャルさんだった。
「い、良い訳あるかっ。まだ結婚前どころかフランの親に顔も見せてないんだぞ!?」
「因みに、そのお嬢様のご両親は、出会ったその日に合体しております」
「がっ」
突然の爆弾発言に噎せる。
この無表情メイド、少しは表現考えろ!
作戦コマンド、オブラートに包もうぜを選択したいが、ゲーム世界じゃないので、そんなものはない。
そもそも、シャルさん自体がパーティーメンバーというよりは、一時的な同行者だしな。
「婚前交渉と言えば外聞が悪いかもしれませんが、数日後には結婚するのです」
にじり寄るメイド。
「ドラゴンという化け物を倒して、より愛が育まれた故に結ばれるのは、英雄譚として十分アリでは?」
這い寄る囁き。
「ちょっと……ッ! わたくしを放っておいて何を睦まじくしておりますの? 仲間外れは嫌ですわっ」
抱き寄る婚約者。
着崩れた服から彼女の艶やかな肢体が垣間見得る。
柔らかい柔らかい柔らかい。
しなだれかかった体が、僅かによじられたのか擦り付けられる。
エッッッッッッッッ…………!!
「お、お、お……」
「「お?」」
「オレはフランを大事にするって決めてんだ! 両親に義理も通さず、薬で高揚した婚約者を、侍女環視の上こんな野外で抱けるかぁぁああぁぁぁぁ!!」
竜との戦闘時もかくやとばかりの大声を上げ、オレは森に逃亡を図った。
ドラゴンの血は強壮薬。アイズ学んだ。




