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平征29年6月17日 第二特別区 地下演習場
『―星良、右』
『は、はい』
『あっ、待って、下がって下がって!』
『えっ?…きゃっ!』
『瑠香ナイス!って、後ろ!?』
『後ろってなにも…唯里の後ろか』
『暢気に言ってないで、援護してよぉ』
『はい、はい』
『そうはいかないよ』
『ちょ、ちょっとこっち来ないでってば!』
『凛さん、ここで仕留めますよ』
『了解』
指示の声、応援、悲鳴、彼女たちの様々な声が演習場に鳴り響いていた。
僕はその3対3の紅白戦様子を観測塔から山本先生や佐藤少尉と一緒にモニターしていた。
「もうっ、何回注意しても無駄口が多いんだから」
山本先生が少し肩を落として、呆れ気味に言う。
「まあ、どこもこんな感じですよ」
「あら、中央の方でもこうだったんですか?」
「ええ、まあ。今はわかりませんけど、僕のいたころは対外試合はともかく、練習試合なんて無駄口と言うか、煽り煽られって感じで、すごくうるさかったと思いますよ」
「確かに、私が部隊にいた時も、訓練の時はこんな感じだったかもしれません」
重装機兵隊は軍隊にあらず
とは誰の言葉だっただろうか。しかし、実際に所属していた僕からしても確かにそう言いたくなる気持ちはわからないでもなかった。
重装機兵隊は昔から女性が多かったということもあり、軍隊内では異質の文化を形成してきた。軍隊として最低限の規律はあるものの、規則や形式にとらわれ過ぎない自由な気風がある。
僕としてはそうした自由奔放さはどちらかと言えば好きなところではあるのだが、他の部隊から見ればふざけている様に見えたり、羨ましがられたり、疎まれたりするというのもまた理解のできることではあった。
ともかく、こうしてワイワイ、ガヤガヤしながら訓練するというのも重装機兵部らしいといえばらしいものなのだ。
とは言うものの、初めからそれに慣れてしまうのも流石にどうかと思うところもあるので、今日の訓練が終わった後、ちょっとみんなには無線や拡声器の使い方について、もう少し軍人らしい使い方をするように言っておこうとは思った。
紅白戦はそのまま順調に進み、思っていた通りレイン君率いる凛君と百合奈君の小隊が勝利した。
「流石に経験の差が出ますね」
「でも、赤森さんたちの小隊も経験が浅い割にはよく連携取れてましたよ」
「確かにそうでしたね。それじゃ、今度はこの組み合わせとかどうでしょう?」
「あ、面白いですね」
僕と山本先生、それと佐藤少尉の3人が紅白戦の感想や次の試合のことについて話していると、演習場から紅白戦を終えた部員たちが僕らのいる観測室まで上がってきた。
「みんな、お疲れ。30分したら次の紅白戦するからそれまでゆっくり休んで」
「「「はい」」」
僕ら大人3人で話し合って、少しの休憩のあとすぐに2戦目を行うことになった。
「あの、大鳥教官。質問してもよろしいでしょうか?」
いつものように百合奈君が質問をしにくる。
「ああ、もちろん」
「白兵戦についてなのですが、踏み込み切れないと言いますか、その…どうしたら…どうしたら白藤さんのように戦えるでしょうか?」
僕はその百合奈君の言葉に少し驚いた。
「美沙君みたいに、か…」
僕は由比ヶ浜での戦闘やこの間のマツリとの試合での美沙君の動きを思い出す。
美沙君、彼女の戦い方を僕はマツリに似ていると思った。マツリはむしろ僕の戦い方に似ていると言った。
きっと僕とマツリ、美沙君にはどこか共通点があるのだろう。
それが何なのか僕は思い当たる節がないか思考を巡らせる。
重装機による白兵戦は、もちろんその根底には訓練で培ってきた確かな技術が必要だが、結局最後の最後にものを言うのは度胸と直感であるとは言える。
しかし、それは本来積み重ねた経験でしか鍛えることができない。
だけど、美沙君はどうなのだろう?
才能、と言ってしまえばそれだけの話になる。だが、それだけでは納得してはいけないようなそんな気がする。僕が、マツリが、戦いの中で感じていること。きっとそこに答えがあるのかもしれない。
そう思い立った僕は、恐る恐る、目の前にいる百合奈君に尋ねた。
「百合奈君。キミは戦いの中で何を感じている?」
「ん?何をと言いますと?」
「さっきの訓練でも、この間の金属虫との戦闘の中でもいい、キミが戦いの中で感じた感情は何だった」
僕からの問いに百合奈君は少し悩むように目線を少し落としてから、ゆっくりと答えた。
「わたくしは…わたくしが戦いの中で感じているのは、多分、恐怖、だと思います」
当然だと思った。経験の浅い彼女にとってみれば、戦いを恐ろしく感じてしまうことは仕方がないことだろう。いや、そもそも、いくら経験を積んだところで、訓練でもなければ命の掛かった戦いと言うのは怖いものであるはずだ。
だけど、きっと僕らは…
「えぇー、でも百合奈って結構さぁ、勇気があるって言うか、あの金属虫との時だって率先して戦ってたし」
僕たちの話を聞いていたらしい唯里君が、百合奈君の発言に驚いたように言った。
「そんなことは…実戦んなんて怖くて仕方ありませんでしたけど、多分あの時は緊張とか街を守らなきゃって、それで精一杯で、終わった後、震えが止まりませんでした。それに紅白戦の時でも、負けるのが怖くて、どうしても二の足を踏んでしまうことがあって…」
「まあ、それはそうでしょ。私だってそうだし、前に現役の人に聞いた時も、実戦はもちろん訓練の時だって怖くなることがあるって言ってたよ」
レイン君が百合奈君を励ますように言う。
「教官はどうですか?やっぱり怖いと感じる時があるんですか?」
そして、そう無邪気に訊いてくる。
ああ、そうだね。
なんて、簡単に同意すればいいものを、僕はそんな簡単なことができなかった。
怖い?
思えば、僕は戦いの中で恐怖を感じたことがあっただろうか?
ないはずはない。確かに僕は周りの人たちが死んでいくことを恐れていたはずだ。そのはずなのに、それが恐怖だったかと言われれば途端に自信がなくなる。
周りの人間の死を恐怖する。そんな当たり前のことなのに、その恐怖が自分にとって上っ面だけのものだったんじゃないかと思えてしまう。
だって、僕は魔物だから。
戦いを楽しみ、笑顔で命を奪う快楽殺人鬼だ。
この間、久々に戦場に立って感じた高揚感は忘れられない。戦場こそが僕の居場所なんだと自覚できた。
しかし、それと同時に絶望感も味わった。僕が本当に恐れるとしたら、柴崎隊長のように内に秘める魔物に心を支配されてしまうことだろう。
「…教官は戦うことは怖くないですよね」
「え?」
星良君が突然、優しい笑みでそう言った。
僕は一瞬どう反応していいのか迷った。星良君のその笑顔はまるで僕の心を見透かしているようで居心地が悪くなる。思い返してみれば、星良君は抜けているようで人の感情の機微には中々鋭いときがある。おそらく、よく人を観察しているのだろう。だから、きっと中途半端な嘘では簡単に見破られてしまうのだろう。だから僕はなるべくオブラートに包みつつも正直な思いを伝えることにした。
「僕は、まあ、慣れちゃっている部分もあってそんなに怖いとか思ったことはないんだけど、でも、戦うことが怖いと感じるのは別におかしなことじゃないと思うよ。むしろ正常な感情だよ。恐怖があるからこそ引くべき時に引くことができるからね」
「ですが、恐怖に負けて攻めるべき時に攻めることができないということもあると思います」
「そうだね。だから必要なのは恐怖心を消すことじゃなくて、恐怖を自覚することなんだと思うよ」
「自覚ですか?」
僕はしゃべりながら学生時代に教官から教わったことを思い返す。
「うん、戦場、特に接近戦ともなれば勇気と恐怖のせめぎあいだ。そこで重要になるのが、そのどちらにも傾き過ぎないことなんだよ。恐怖ばかりで及び腰になってはいけないし、勇気ばかりが先行すればそれは勇み足になりかねない。ようは、冷静な心が必要なんだ。自分がどうして怖がっているのか、それをきちんと理解して、一歩引くのか、それとも踏み出すのか判断するのことが重要なんだ」
「難しいことのように感じます」
「そうだね。きっと、常に正しい判断が下せるとは限らない。だからこそ仲間が必要なんだ。仲間が間違った時はそれをカバーする。戦場でも判断ミスは命に係わるけど、仲間の助けがあれば次につながることもる。頼りがいのある仲間がいれば恐怖にのまれることもない。だから、僕はみんなに誰かの頼れる味方になって欲しいと思ってるんだ。なんて、受け売りだけどね」
「いえ、ありがとうございます。そうですよね。戦場では一人で戦うのではなく、みんなで戦っているのですよね」
借り物の言葉だったけれど、みんなはそれなりに納得してくれたようで僕はほっと胸を撫で下ろした。
「って、そうだ百合奈君は白兵戦について聞いてたんだよね」
「あっ、はい」
「まあ、美沙君に関してはあれは才能と言うしかないと思う」
「才能ですか…」
百合奈君を含めみんなの表情が少し曇ったような気がした。
「でも、もちろんみんなも訓練で経験を積めばあのぐらいの動きはできるようになるから。そこは安心して」
僕が慌ててフォローを入れるが、流石に現在トップレベルの実力を持っているマツリとあそこまで激しくやりあったのを見て、誰でもあのレベルに、と言うのは誰も信じてはくれなかった。
僕が何と言っていいかわからず、山本先生に助けを求めようと後ろを振り向いた時、そこにはいつの間にかに山本先生と入れ替わって王室長が立っていた。
「なら君が直接、訓練をつけてあげればいいんじゃないかな。昔の人も言っていただろ、言うだけじゃなくて、やって見せなくては、ってさ」
「王室長!?いつからそこに…」
「まあまあ、細かいことはいいじゃないか。とにかく僕が言いたいのはだね。あのかの有名な柴崎隊長を倒したことのあるキミの戦い方を見せれば手っ取り早く祖中の腕も上達するってことさ」
僕は王室長のあんまりな失言に背筋が凍る思いをした。恐る恐る横目で百合奈君を見てみると案の定、驚愕の表情を浮かべている。
「あ、あ、えっと、訓練で、訓練で勝ったことがあるんですよね大鳥准尉?」
「そうなんですか?」
百合奈君が心なしか詰め寄るような形になって僕に尋ねてきた。本当はこんなことごまかしたり、嘘をつきたくはないのだけど、そこは機密情報だということを建前にして、佐藤少尉の助け舟に乗ることを決めた。
「えっと、実はそうなんだ。まあ、勝ったのは一回だけで、まぐれだとは思うんだけどね…」
「そうなんですか。姉と関りがあったのでしたらわたくしにもお話して下さればよかったのに…」
「あ、ああ、そうだよね。でも、その、簡単に話していいことかな、ってさ」
僕は自分でも思った以上に歯切れの悪い言い方しかできないことに内心驚いた。
「どうかお気になさらず。わたくしは姉が軍でどのように生活していたかはあまり知らないのです。ですからむしろ、生前の姉の様子はもっと知りたいと思っていますので、姉との試合のこと詳しく聞かせてください」
「そうか…そうだね、また今度時間があるときに話すよ…」
「はい、楽しみにしてますね」
僕は必死に平静を装ったが、手が震えているのが嫌でもわかった。真実を伝えるべきだと心のどこかで叫んでいる。僕は大人の建前と言う耳栓をして、その声を無視する。
これでいいはずがない。
そんなことは十も承知だったが、言ったところで何かが良い方向に進むとも思えなかった。結局、僕は今後も百合奈君を騙しながら指導していくしかないのだろうと思うと、胸が締め付けられるようだった。
「で、話がそれちゃったけど、ボクとしてはジュンヤクンが直接稽古つければいいじゃんって思うんだけど」
「それは…」
僕はそっと伊達眼鏡に触れ、それから皆の顔を見た。
一応、僕は病気で目が悪くなって重装機兵を続けられなくなった、と言う設定ではあるのだが、先日の戦いを見た後で誰がそれを信じるというのだろうか?誰もそのことに触れないが、内心では僕がこうして教官をしていることに疑問を感じているのかもしれない。
「…止めた方がいい。君は…」
佐藤少尉が心配そうな表情で静かに諭すように言った。だが僕の心はもう決まっていた。
「…大丈夫です。やれますよ」
「大島君…」
ここで逃げる様な事をしてはいけないと思った。僕の役目は彼女たちに戦うための、生き残るための技術を教えることだ。王室長の言う通り、僕が直接教えた方が、少しでも多くのことを彼女たちに伝えることができるかもしれない。だから、指導と言う点では手を抜くわけにはいかなかった。
「それじゃ、試合をする前に僕が相手になろうか」
そう言って僕は重い腰を上げた。




