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同日 花菱女学園 重装機兵部部室
「それじゃ、みんな気を付けて帰ってね」
「「「お疲れ様でしたー」」」
放課後の訓練もいつも通り何事もなく終了した。
訓練終了後は、みんなで仲良くおしゃべり…と言うわけにも行かず、30分もしないうちに完全下校時間となるので、軽く汗を流したり、着替えたりしているとあっという間に時間が無くなってしまう。
まあ、それでも、私たちはしゃべってもしゃべっても話題の尽きることのない花の女子高生なのだ、ゆっくりしてられないとはわかっていてもどうしても次から次へと話題が飛び交うのは仕方のないことだった。
「そう言えば、教官が言ってたパーソナルカラーってみんななんか案ある?」
黒沢先輩がシャワーを浴びて更衣室で、だらだらと他愛のない話をしていた私たちにそう声を掛けてきた。
「私はピンクがいいかな」
と私が控えめに意思表示する。
「うーん。金色とかいいんじゃない?」
と言ったのは唯里ちゃん。
「派手過ぎでしょ」
瑠香ちゃんが少し呆れ気味に言う。
「えー、こういうのは目立ってなんぼだって。あっ、全身金色って良くない?」
「嫌だよ。そんな成金みたいな機体に乗りたくない」
「えー。いいと思うなー金色」
「前から思ってたけど、唯里って派手好きだよね」
「いやいや、派手好きって言うかさ―」
2人の話が脱線しはじめると、黒沢先輩は近くにいた百合奈ちゃんに話題を振った。
「百合奈はどう思う?」
「そうですね…そもそも色ってどんぐらい塗っていいんでしょう?」
「基本的には肩の装甲と、あと、あんまりやってるところないけど操縦席のハッチもありだったかな。あっ、そうだ、たしか写真撮ってたんだ…」
黒沢先輩は鞄から携帯を取り出し、何やら操作してから、画面がみんなに見えるように向けてきた。
「これこれ。えっと、こっちの肩が水色なのが私がいた代々木ので、こっちが習志野、これはつくばかな、あっそれでこの白に金の装飾ぽい模様が入ってるのが中央のだよ」
黒沢先輩は去年一年間で、大会などで会った高校の機体をすべて写真に撮っているようだった。どの高校の機体も武骨な兵器だというのに、そうしたちょっとした塗装だったり、それ以外にも機体番号のフォントを可愛らしくしていたりと、少しでもおしゃれに見せようとしていた。
「いろいろとありますが、やはり中央高校の機体は何と言いますか、気品さがありますね」
「でしょ。しかもこの装飾がついてるのって小隊長機だけなんだよ」
「確かに、小隊長機だけちょっと模様付けるとかもよさそうですね」
「だよねー。やっぱ金は入れるべきだよ」
「あんたねぇ…」
「まあまあ、とにかく希望があるなら今のうち言って、私がまとめて教官に報告するから。」あっ、一応多数決で決めるからね」
「金!」
唯里ちゃんがブレずに主張する。
「わ、私はピンクで…」
対する私も流されずに答える。別にピンクに特別な思い入れなどはないけれど、さっきから黒沢先輩が心のなかでピンクがいいと思いつつも、先輩であり部長でもある自分が言ったら後輩たちが別の意見を言えなくなるんじゃないかと気を使っていたので、私としては少し助け舟を出したいと思ったのだ。
「そうですね、わたくしもピンクがいいと思います。まあ、あまり派手な色じゃなくて、桜色みたいのが奇麗でいいと思いますけど」
百合奈ものってきてくれたので、私は少しほっとした。
「青崎は?」
「私は…」
瑠香ちゃんは少し考え込んでから小さく
「…ひ…いや、赤とかかな…」
と歯切れ悪そうに言った。
少し気になったが、生憎とこういう時に限って心が読めなかった。
「じゃ、緑川は?まあ、金色じゃないならピンクに決定なんだけど」
凛ちゃんはいつもの自然な笑みではなく、どこか取り繕うような笑みを浮かべていた。
「…決定なんて、だって美沙ちゃんにはまだ何も聞いてないじゃないですか」
「…あ、ああ、そうだったね。後で聞いとかないとね」
黒沢先輩は素で忘れていたのか、それとも凛ちゃんの普段とは違う様子にちょっと狼狽えたのか、気まずそうに目線を泳がしていた。
「…私もう少し考えてみます」
「そう?まあ、まだ急ぎじゃないしね。みんなももう一回よく考えてみて」
黒沢先輩がそう言った時だった―
キーンコーンカーンコーン
と、スピーカーから下校時間5分前の予鈴、それに続けて当直の先生の下校を促すアナウンスが始まった。
「やば、みんな早く着替えて!」
それからバタバタと慌てて帰りの準備を済まして、部室の戸締りをする。
「それじゃ、鍵は教官に返してくるから、みんなは早く帰ってね」
黒沢先輩はそう言うと校舎の方へ走って行ってしまう。
「じゃ行こう。今日は辻先生が当番だから、ちょっとでも遅れるとうるさいよ」
瑠香ちゃんのその言葉で、校門へ向かう私たちの足は自然と早くなり、軽く息を切らしながら校門へ向かった。
…
「2分前ですね。部活は30分前には終わっていたでしょう。だらだらしていないで、もっと余裕をもった行動をしなさい。まったく、うちの吹奏楽部は部活が終わればみんなすぐに後片付けをして帰るというのに、あなたち重装機兵部と言えばいつもいつもギリギリで―」
「はいはい、は~い。明日からはもっと早く帰りまーす」
「ちょっと、あなた」
「あっ、もう下校時間になっちゃうで、今日はここで失礼しますね。さようなら、先生」
唯里ちゃんが適当に辻先生をあしらうと、私たちもそれに便乗して校門を出た。
「まったく、辻ってほんと、軍隊嫌いなのはいいけどさ、だからって私たちにまで当たらないでよって話じゃない?」
「ま、まあ落ち着いて」
唯里ちゃんは辻先生と折り合いが悪い。と言っても重装機兵部にいて辻先生と仲良くすることなんてきっと誰にもできないだろうけど。
そうして、辻先生の文句で盛り上がりながら歩いていると、瑠香ちゃんと凛ちゃんがの電車組と別れ、私と唯里ちゃんと百合奈は女子寮へと向かった。
「わたくしたち凛さんには酷いことをしているのでしょうね」
「え?」
突然、百合奈ちゃんがそんなことを言い出す。
「凛さんにとって白藤さんは親友なのに、わたくしたちは白藤さんにたしてどこか壁を作っているというか…」
「でも、それは白藤にも問題があるでしょ。あの子我儘だし」
「そうですね。でもだからこそ、わたくしたちはもっと互いに歩み寄るべきなんだと思います。彼女をのけ者にするようなことをしてはいけないんだと思います」
「…そうだね」
私としても白藤さんには思うところがあるというのは確かだ。
彼女は我儘で気難しい人間だ。だけど可憐で、媚びたところがなくて、才能がある。率直に言って私は彼女に嫉妬しているし、それはみんなも同じなんだろうと思う。
「わたくし、白状しますと白藤さんが風間少尉に負けた時、正直ホッとしました。いえ、これはまだ取り繕っていますね」
百合奈ちゃんはそこで少し息をつく。
「ざまあみろ。なんて思っていました」
百合奈ちゃんにまったく似つかわしくないその言葉は、それでもあの時観測塔内にいた私たち部員の大半の共通見解を的確に言い表していた。
「可愛くて、強くて、これまで教官に甘やかされていたから、負けてしまえばいいと思っていましたし、実際に負けたときは胸がすくようでした」
「…うん、そうだね」
百合奈ちゃんのあまりにストレートな言葉に私と唯里ちゃんは同意するしかなかった。
「…私たちみんな、白藤さんに嫉妬してるってことだよね」
白藤さんの立っている場所は、きっと私たちが努力では届かないところにいて、だからこそ大鳥教官からも一目置かれているのだろうと思うと、どうしようもないほどの無力感に襲われて、嫉妬の炎が大きくなる。
だから、白藤さんが風間少尉に負けた時、正直ホッとした。彼女は決して超人ではなくて、上には上がいるということが分かった。
「…まあ、白藤って才能だけでやってる感じあるし、やっぱり同じ重装機兵部員としては、正直羨ましいよね」
「そうですね。ですが、それだけじゃいけないんです。彼女の才能に嫉妬するのは仕方ことないかもしれません、でもそれでも私たちは仲間なんです。敵じゃありません。彼女が辛いときはそれを笑うのではなく、手を差し伸べなければいけません」
「そういうの、白藤は嫌いそうだけど…」
百合奈ちゃんは少し考え込む。
確かに唯里ちゃんの言う通り、白藤さんは同情とかされるのは嫌がりそうではある。
「…それでも、です」
そう言った百合奈ちゃんの顔には決意の色が浮かんでいた。
「もう、どうしたの、急にやる気になちゃって」
「どうしてでしょう?凛さんが気の毒だったからかもしれません、なんて。本当は、嫉妬して意地悪してる自分が嫌になっただけかも…」
百合奈ちゃんは強い子だと思った。
彼女は自分の醜いところと正面から向き合い、他人にさらして、その上で乗り越えていこうという強い意志をもっている。
対する私はどうだろうか?
百合奈ちゃんの言葉がなければ、自分の嫉妬心と向き合うようなことをしただろうか?
…。
いや、仮定の話をしても意味がない。そんなことを考えている暇があったら、これからのことを考えるべきなのだろう。
白藤さんは強い、いろんな意味で。
きっとこれからも嫉妬してしまうことは沢山あるだろう。いや、白藤さんに対してだけじゃない。私は自分でも最近気づいたのだけど、こと恋愛に関して嫉妬深い性格のようだ。誰であれ大鳥教官に近づく女性にはいい感情が沸いてこない。
そうした時、どうするかが肝心なのだ。
ただ黙って、心の中で嫉妬の炎を燃やしておくわけにはいかない。
誰かが一歩踏み出したのなら、私だって一歩踏み出さなければ置いていかれるだけだ。
そう、妬むだけでなく、蹴落とすわけでもなく、一歩前へ踏み出すことが大切なのだ。
綺麗ごとかもしれないが、それでいい。
あの人は、自分の心が穢れていると思っているからこそ、綺麗なものに憧れている。
だから私は綺麗にならなくちゃいけない。
「ふふっ…」
私の口から二人に気付かれないくらい、小さい笑いが漏れた。




