5-2
同日同場所
『何で当たんないの!?』
「わかんないよ」
『とにかく行くよ。唯里は左から回り込んで。こっちが撃ち始めたらそれに合して援護を。星良は私についてきて』
物陰から黒沢先輩たちがなす術もなく撃破させるのを横目で見て怖気づいていた私と唯里ちゃんに対して、瑠香ちゃんから冷静な指示が飛んできた。
瑠香ちゃんは私たちの反応を待つまでもなく動き出す。
『もうっ、やるしかないか』
唯里ちゃんもそれにつられて指示通り、単独で迂回を始める。私も一人、ここでじっとしているわけにはいかなかったので、慌てて瑠香ちゃんに続いていく。
「さ、作戦は?」
『唯里の援護射撃が始まったら2人で一気に飛び出して距離を詰める。遅れないで』
「う、うん」
大鳥教官はハンデとして大通りと呼ばれる縦に大きく開けた場所からは動かない上に、使用する武器は単発式の狙撃砲、しかも装弾数は私たちの人数に合わせて6発のみ、しかも近接用の装備は持っていない。
瑠香ちゃんの作戦としては先ほどの黒沢先輩たちがやった三方向からの同時攻撃ではなく、二方向から攻撃して意識を分散させつつ、タイミグを見計らって二機で一気に距離を詰めることにより相手の懐に飛び込み接近戦を仕掛けるということなのだろう。
『できれば、さっきみたいに3方向からの攻撃と思わせたいから、最初の攻撃は私と唯里だけでやる。星良は隠れてて』
『うん』
瑠香ちゃんは私のその返事を聞くと、ビル陰から半身だけを出して大通りの真ん中に立ち尽くしていた大鳥教官の乗る四型に射撃を開始する。それからワンテンポ遅れて別方向から唯里ちゃんも攻撃を開始した。
『ホント、頭おかしいんじゃないの…』
瑠香ちゃんのそんな呟きが拡声器ごしに聞こえた。
あんまりな言い草だが私もそう言いたくなる気持ちも理解できる。大鳥教官との模擬戦は当初の予定から大幅に変わり、すでにこれで4回目となる。しかし、その4回中教官の被弾は一発もない。まるで未来を読んでいるかのようにいくら狙いを定めても、引き金を引いた時には射線から外れている。だからと言って不用意に接近しようものなら瞬時に撃破されてしまう。
もしこれが、重装機兵の平均的技量と言うのなら、私はとてもじゃないが重装機兵には向いていないということなんだと思う。
これほどの腕前、みんなが薄々感じていた違和感。なぜ大鳥教官が若くして教官と言う職に就いたのか。それが病気のせいだというのはおそらく嘘なのだろうということ。その考えが今、確信へと変わっていた。
大鳥教官の過去に何があったのか、心が読める私でもいまだはっきりとしたことはわかっていない。だけど、わざわざ軍が嘘をついてまで隠すのだから何か黒い事情があるのだろう。
横領や暴力事件、重度の軍機違反でさえ、通常は報道発表がなされる。それに当人が隠したところで、不祥事を起こして異動となれば嫌でも噂と言うものが流れてしまうものだ。特に軍関係者が多いこの第二特区ではそれが顕著で、うちの学園にいる元軍人の先生の昔の話は誰が広めているのか、あっという間に私たち生徒たちの耳にも入ってくる。
それにも関わらず若くして教官と言う職に就いた大鳥教官の現役時代の話は、全くと言っていいほど聞かない。そのことが余計に背後に大きな力を感じさせる。
おそらく、大鳥教官個人というよりも軍全体に関わるような大きな問題が隠されているのだと私は感じ始めていた。そしてそれは恐らく…
『―星良!聞こえてるの!?』
「えっ」
『私が飛び出したらそれに続いて。いい?』
「う、うん」
少しの間、集中力が切れていたようで、瑠香ちゃんからの言葉ではっとした。
とにかく今は訓練に集中しよう。
大鳥教官の過去について興味は尽きないが、今はやるべきことをやらなくてはいけない。
前にいた瑠香ちゃんがビル陰から出て走り出し、私もそれに続く。
先ほどのまで余計なことを考える余裕があったはずなのに、飛び出して大鳥教官の乗る機体を目の前にすると、心臓が痛いほど高鳴って、一気に余裕がなくなる。操縦桿を握る手に汗が滲み、ペダルに乗せた足が震えはじめる。
これが恋か。
なんて、この心臓の高鳴りは乙女な理由じゃないことは自分でもすぐに気づいた。
恐怖だ。
これまで感じたことのない気迫、いや殺意が機体ごしにも伝わってくる。
『星良!私を盾にして!』
私は返事をする余裕もなくただ瑠香ちゃんの後ろに隠れることで必死になっていた。
大鳥教官は飛び出して来た私たちを無視するように、浮足立って油断した唯里ちゃんを一撃で撃破すると、ゆっくりとこちらに狙撃砲の砲身を向けた。
瑠香ちゃんがこちらに照準をつけさせないようにするために、走りながら機関砲をフルオートで連射する。
『きゃぁっ!』
しかし、それでも大鳥教官は冷静で、ほんの少し上体を逸らしただけで攻撃を避けると、即座に狙撃砲を発射し、狂いなく私の目の前を行く瑠香ちゃんの機体に命中、派手に塗料が飛び散った。
大鳥教官との距離はまだ50メートルはある。ここから懐に飛び込むなど万が一にも無理だ。
私が諦めようとしたその時、撃破されたはずの瑠香ちゃんがよろめいた機体を立て直して、再び走り出す。
『瑠香ちゃん!?大丈夫なの!?』
『まだ動ける!』
訓練機には演習モードというプログラムが組み込まれており、模擬弾や模擬刀で受けたダメージを計算し、その度合いによって、撃破判定ならば行動不能、小・中破ならば一部機能の制限などが自動で行われるはずだ。
瑠香ちゃんの機体をよく見てみると、左腕の機能が停止しているが、撃破判定は出なかったらしい。これまで、四回大鳥教官との模擬戦を行ってきたが、教官が一撃で撃破できなかったのは初めてのことだった。
私たちここでようやく二手に分かれる。教官の手持ちは後一発、私と瑠香ちゃん、どちらを撃破したところで、もう一人は生き残る。
私たちは左右に展開しながら同時に機関砲を発射する。
が、その時すでに大鳥教官は動き出していた。
『チッ、弾切れ…星良援護して!』
瑠香ちゃんは弾切れになった機関砲を捨て、背中の模擬刀を抜く。
私は突撃する瑠香ちゃんを援護すべく、狙いをつけられないようにするために牽制射撃を続ける。教官は逃げ回るだけで一向に攻撃してくる気配がない。寧ろ私たちを誘い込んでいるような気がしてきたが、それでも、ようやく巡ってきた勝機には違いないはずだ。ここで、教官に勝って私たち、いや、私だってできるということを証明したい。
そんな思いが勇み足となった。
教官が急に動きを止め、接近していた瑠香ちゃんに砲身を向ける。
私が攻撃を阻止しようと引き金を聞いたその瞬間だった、大鳥教官は近くにいた瑠香ちゃんの体勢を崩すと、盾に使い私の銃撃を防ぐ。
「あっ!」
私が驚いて引き金から指を離した時にはもう手遅れだった。
『うそ…』
瑠香ちゃんも一瞬の出来事過ぎて理解が追いついていなかったのだろう、数秒遅れで自分が撃破されたことを認識したようだった。
大鳥教官が狙撃砲を私に向けて構えなおす。
(終わった…)
そう思った、その瞬間だった。
世界が歪んでいく。
思考が加速し、周囲が気持ち悪いほどゆっくり動く。
その時、私に向けられた狙撃砲から砲弾が発射される。しかし、それより一瞬早く私は担いでいた模擬刀の柄を握り、抜刀と共に振り下ろす。
機体に憑依している腕から強い衝撃がゆっくりと伝わり、私のほんの目の前で、塗料の詰まった砲弾が模擬刀と衝突し破裂していく。
破裂した砲弾から飛び散った塗料が機体に付着するがダメージ判定はない。自分でも置いていかれそうな思考に必死に食らいつきながら、私は機体を前に進める。
右腕に持った機関砲を打ち鳴らしつつ、突撃すると教官は残弾の無い狙撃砲を捨て、装甲の比較的厚い手甲で避けきれない機関砲弾を防ぎつつ踏み込んでくる。
客観的に見れば機関砲を持っている私の方が圧倒的に有利で、距離をとって戦えば封殺できると思うかもしれないが、今の私はそうではないことを理解していた。
大鳥教官もきっと今私が感じているこの超感覚いうしかない高速思考の世界を使いこなしているのだろう。だからこそ、下手に距離をとればそれだけ回避のチャンスを与えることになる。だけど、いくら高速思考で砲弾の動きがわかるとしても、接近して発射すれば、機体が思考に追いつかず弾はを避け切ることは不可能なはずだ。
しかし、それでも被弾箇所まで計算しているのか、命中しているはずなのに、撃破どころか腕一本機能不全にならない。
私は機関砲では決めきれないと悟ると、必殺の間合いまで接近して、左腕に持った模擬刀を振り上げることなく、回避しづらいように突撃した勢いのまま突き出すようにして、腕を伸ばした。
(これで、決める!)
私がそう思った時だった。
瞬間、世界が加速する。
「え…?」
次に私が見たのは照明が灯す訓練場の天井だった。
キャノピーには行動不能の四文字がでかでかと表示されていた。
「驚いた。正直ここまで出来るようになっているとは思わなかった。ホントにすごいよ、星良君」
倒れている私に大鳥教官が手を差し伸べる。次の瞬間、観測塔からの操作で行動不能状態が解除され、私は伸ばされた手をしっかりと握った。
………………
………
…
あの超感覚の余韻なのか、あの後は頭がぼーっとしていてよく覚えておらず。気付いた時には寮の自分の部屋に帰ってきていた。
自分の部屋に戻ったとわかると、どっと疲れが込み上げてきて私は制服のままベッドに倒れ込む。
あの模擬戦のあと、みんなにいろいろ言われた気がするが、私の頭の中には大鳥教官から褒められたということ以外あまり残ってはいなかった。
教官は自分が追い込まれたというのに本当に嬉しそうで、その喜ぶ顔はいつもの落ち着いた大人の表情ではなくて、まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のように無垢で輝いていた。
その顔を思い出すだけで思わずにやけてしまう。
(ああ、写真に残しておけばよかった)
そんな後悔をしつつも、私は一人悦に浸っていた。




