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花菱女学園重装機兵部  作者: キ74
第二章 やりがい/練習試合
40/45

3-3

同日 第二特別区 地下演習場


 「はぁ…本当に大丈夫かな…?」


 僕はもう何度目かわからないため息をついた。


 マツリがなんの連絡もなくこの地下演習場まで来ていたことにもびっくりしたが、いきなり美沙君と模擬戦をやるなんて言い出したものだから、はじめ僕は呆気にとられて開いた口が塞がらなかった。


 もちろん反対はしたのだが、マツリはいつものように僕の言うことなんて全然聞いてはくれないし、美沙君も何があったのかはわからないが、へんに指示を張っているようで、頑として僕の言葉を聞き入れてくれなかった。


 そうしているところに王室長もやってきて、面白そうだとかなんとか言って囃し立てるものだから完全に僕では事態の収拾がつけられなくなってしまった。


 こうなってしまうと僕にできることと言えば、問題が起きないように祈る事だけだった。


 「マツ…風間少尉、その…手心はちゃんと加えてください、お願いしますよ」


 僕は嬉々として機体のセッティングをしているマツリに少し畏まって、それでいて少し情けなさすぎるぐらいの声で話しかけた。


 「うーん…そういうのは相手に失礼だと思いますよ」

 「そうは言ってもマツリは、ってそうじゃなくて少尉殿は第一線でご活躍されている現役の重装機兵ですけど、相手はこの間が初めて重装機に乗ったばかりの学生ですよ」

 「ふふっ、でも聞いていますよ。彼女もこの間の戦いで初陣を飾っているそうじゃないですか。でしたら私と条件は一緒です」

 「はぁ…」


 なんだか動悸がしてきた。


 「もう、そんなに不安がらないでください。ちゃんと先輩としての立場は弁えていますよ。それに、こういう時は私ではなくて、えっと…白藤さんでしたっけ?その子の傍に付いてあげなきゃダメですよ」

 「…それもそうですね…それでは頼みましたよ」

 「はーい」


 僕は胸の中に不安を抱えつつも、少し離れたところで自分の搭乗する機体の脚部にもたれかかって座り、そこで山本先生からの指導を適当に聞いている美沙君のところへ向かった。


 「美沙君…その準備の方はもういいの?」

 「…別に」


 美沙君は僕が話しかけると露骨に顔を背け、そっけない返事をした。


 それでも僕は彼女の教官として最低限アドバイスはしてあげなければならないだろう。美沙君にとってはこれが初めての実機を使った模擬戦なのだから多少なりとも不安はあるはずだ。


 「その…やるからには思い切ってやってね。まだ僕が教えられたことなんてほとんどないけどさ、そのあっちは先輩なわけだし、胸を借りるつもりでね」

 「ふん、胸を借りたのは教官さんの方でしょ?」

 「えっ!?」

 「同じ匂い」

 「に、匂い?」


 僕は美沙君の突然の言葉に理解が追いつかなかった。


 「あの女の人、いつもの教官さんと同じシャンプーの匂いがした。どうせ昨日、部屋に泊めたでしょ。そんでさ…」


 美沙君はそう言うと急に立ち上がり、そのまま黙って機体に乗り込んだ。

 

 「…ばっかみたい、これじゃまるで本気で…」

 「ちょっと、美沙君」

 「危ないから、離れててよ」


 そのまま美沙君は僕の呼びかけに耳を貸さず操縦席のハッチを閉じた。


 「もうあの子ったら」

 「…山本先生、僕らも観測塔へ入りましょう。今は気の済むようにやらせた方がいいのかもしれません」

 「そうかもしれませんね。…ところで、昨日本当に風間少尉とご一緒だったんですか?」

 「…ノーコメントでお願いします」

 「ふふ、はーい」


 僕と山下先生が観測塔の最上階に上ると、そこには生徒たちと佐藤少尉、そして王室長が待っていた。


 「やあ、もう二人は準備いいみたいだよ」


 分厚い強化ガラス越しに演習場を見下ろすと、橙色に塗装された二機の重装機が50メートほど距離をとって互いに向き合ったまま制止していた。


 「では、始めますね」


 佐藤少尉が僕に確認をとるように声を掛けてくる。


 「…はい、お願いします」


 僕がそう答えると佐藤少尉は無線のスイッチを入れ向かいあう二機と通話を始めた。


 「本訓練は、奪還した市街地を単独警戒中に敵性重装機と遭遇したと言う想定で開始いたします、武装については20ミリ訓練弾と大型模擬刀を使用します。どちらも訓練用とは言っても使い方を誤れば非常に危険なものです。その点を十分留意してください」

 『了解』『はーい』


 どちらの声からもあまり緊張が感じられないが、美沙君の声からはいつものおどけたような感じが少し薄れているような気がした。


 「ではこれより一時視界を断として、遠隔操作でそれぞれ別ポイントへ移動させます。互いに移動完了となりましたらこちらから状況開始のサイレンを鳴らしますので、それまでは操縦が戻っても待機のままとして下さい」

 『了解』『はーい』


 二人が先ほどと全く同じ返答をすると、佐藤少尉が手元の端末を操作して二機の重装機を別々の離れたポイントまで移動させ始めた。


 「…教官、どうなるんでしょう」

 「どうって、それは…」


 凛君の不安そうな言葉に僕はなんと返せばいいのかわからなかった。


 残念なこと、というよりもこれは当然のことなんのだろうが、美沙君がマツリに勝つ可能性はほとんどゼロだろう。


 だけど見てみたいと思う。


 彼女の、白藤美沙の実力と言うものを。


 ビィィィッー 


 けたたましいサイレンの音と同時にこれまで遠隔操作されていた両機が自由の身となる。


 「始まった…」


 美沙君はまだしも、マツリに関してはこの地下演習場に来るのは初めてのはずなのに、両機は迷うことなく互いに吸い寄せられるように距離を詰めていく。


 …………。


 観測塔の中にいる僕らもまるで当事者のように緊張し、みんな息を飲んで戦況を見守っていた。


 ドドドッ


 演習弾とは言え実弾と変わらない20ミリ機関砲の重い発砲音が鳴り響く。


 最初に引き金を引いたのは意外にもマツリの方だった。


 「命中弾なしです」


 佐藤少尉が端末を確認しつつ言う。


 ドドドッ、ドドドッ、ドドドッ


 それからは激しい砲撃戦となった。


 「やっぱり押されてるなぁ…」


 唯里君がボソッと呟く。


 「仕方ないさ。相手はあの風間少尉だぞ」

 「そうですわよね。少尉も手を抜いているようですし…」


 観測塔の中にいるみんなは美沙君が劣勢だと写っているらしい。


 確かにマツリの方は開始前、手加減しては失礼だと言っていた割には、まだまだ様子見をしているような動きだった。しかし、それは美沙君も同じで、今のマツリのには付け入る隙があるはずなのに、インファイターであるはずの彼女が一気に距離を詰めるようなことはなく牽制するように短連射を繰り返すのみで、一定の距離を保っている。


 それは美沙君がただ単に経験不足で踏み込めていないだけに見えるかもしれない。だけど、僕には分かっていた。


 美沙君はきっと戦場の流れを読む才能がある。彼女は待っているのだ。必殺のその瞬間を…!


 それまで逃げ回るように距離をとっていたはずの美沙君がビルの陰に隠れる。それを追ってきたマツリは用心深くじりじりと距離を詰めていく。


 「美沙ちゃん…!」


 凛君の祈るような声の後…


 ドドドッ!


 「あっ…!」


 誰かが息を飲むようように声を上げた。


 マツリの放った砲弾がついに命中する…ただし命中したのはビルの陰から放りだされた20ミリ機関砲にだけだ。


 マツリの意識が宙に舞う機関砲に向けられたのは一秒にも満たない時間だっただろう、しかし、その間隙は美沙君にとってみれば必殺の間合いに踏み込むのには十分な時間だった。

 

 ガキンッ!


 金属と金属がぶつかり合う。


 「すごい…!」


 低い構えから突き出された模擬刀は必殺の一撃のはずだった。しかし、それさえもマツリは難なくねじ伏せる。


 美沙君が放った鋭い一撃を自らも機関砲を投げ捨て抜き放った模擬刀で弾くと、今度は逆にマツリが上段から一閃を放つ。


 美沙君は辛くもその一撃を躱すが観測塔の端末に左腕被弾、使用不能の表示が出る。


 しかし、美沙君はそこで諦めたりはしなかった。


 追撃をかけようとするマツリ対して、敢えて突っ込みその態勢を崩す。


 その時強い既視感に襲われた。


 (やられる…!)


 僕はそう思ったとき、気付けば叫んでいた。


 「下がれ!」


 と。


 しかし、当然のようにその声は美沙君には届かず、次の瞬間には美沙君の機体が大の字になって横たわり、マツリが模擬刀を突き付けていた。


 ………


 ……


 …


 「今日はありがとうございました」


 僕は訓練が終わった後、第二特別区唯一の駅までマツリを見送りに来ていた。


 マツリは美沙君との模擬戦が終わった後も部員たちに付き添っていろいろと面倒を見てくれた。彼女たちにとって今日のことはいい刺激になっただろう、と思いたい。


 「どういたしまして」


 しかし、僕の心情的にはどうしても、モヤモヤしたものが残っている。

 

 「…白藤さんのことまだ気になります?」

 「それはそうですよ…」


 美沙君は模擬戦のあと、体調不良を理由に部活を早退した。


 彼女としては初めての敗北だろうし、性格的に難しいところもある子なので、すごく心配なのは事実だ。


 今回のことをバネにこれから頑張ってくれれば一番いいが、正直どうなるかはわからない。教官として僕が上手くフォローできればいいのだけど、情けないことにそんなにうまくできる自信なんてなかった。 


 「まあ、無責任なことを言いますと大丈夫だと思いますよ」

 「そうでしょうか…」

 「ええ、だって彼女あなたにそっくりじゃないですか」

 「えっ?僕に?」

 「戦い方も、そして生き方も」

 「…」


 そうだろうか?


 確かに美沙君は僕と同じように敵の懐に飛び込んで戦うのが得意だ。しかしそれはマユラも同じで、僕としてはむしろ美沙君はマユラに似ていると思っていた。


 「彼女もあなたに似て生き急いでいるようですしね」

 「生き急いでいる?」

 「ええ、少なくとも私にはそう見えました」


 マユラはそう言うと、急に近づいてきて僕の耳元で、


 「だから以前のあなたのように支えになる人が必要なのです」


 そう呟いた。


 「いやいやいや、何を言って」

 「もう、別に抱きなさいなんて言ってませんよ」

 「だ、抱くって子供相手に何を言ってるんですか。冗談がすぎますよ」

 「ふふ、まあ行き場なくなったらちゃんと私が引き取ってあげますから、あなたはあなたの思うようにしてみなさい。彼女もきっと、あなたの本心からの言葉なら聞いてくれるでしょう」

 「はあ…」


 それじゃ、またね。


 そう言って歩き出したマユラを黙って見送っていたが、何かを思い出したようにマユラが駆け足で戻ってきた。


 「そうだ、大事なことを二つ忘れていました。はいこれ」

 「ん?」


 マユラは僕の手を取ると、一本のカギを渡してきた。


 「これは?」

 「今日の夜には届く様に手配してあるからちゃんと受け取ってくださいね」

 「夜?」

 「それであともうひとつ、んっ」


 マユラは最後に吸い付くようなキスをしてきた後、今度こそ振り返ることなく駅の構内に消えていった。


 一人残された僕は、手渡されたカギを握りしめしばらくの間、吹き付ける潮風に吹かれていた。


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