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花菱女学園重装機兵部  作者: キ74
第二章 やりがい/練習試合
39/45

3-2

同日 第二特別区 地下演習場


 大型エレベーターに乗って最下層まで降りると、薄暗く微かに硝煙の匂いが漂う広い地下空間にたどり着いた。


 「それじゃ、まずはレイン君と凛君から行こうか。じゃ、僕は凛君を指導するので、山下先生はレイン君をお願いします」

 「はい、わかりました」

 「それじゃ、他のみんなは観測塔に移動してね」

 

 大鳥教官にそう言われて、私たち4人は分厚い鉄の扉を開けて、観測塔の中へと入っていった。


 「うーん!わくわくだなぁ」


 観測塔の最上階まで登ると唯里ちゃんが噛り付く様に窓に張り付いて、下で鎮座している機体を見つめる。


 「唯里さんほどではありませんが、やはり新型に乗せてもらえるなんて少しドキドキしてしまいますね」

 「そうだよね。…白藤さんも勿体ないな、こういう時にこれないなんて…」

 「そうだね~って、白藤ってこの前の戦いの時、四型に乗ってたじゃん」

 「あっ、そういえばそうだったね」


 私たちにとって初めての実戦となった由比ヶ浜海岸での戦いで、遅れて参戦した白藤さんは、私たちの訓練などをよくサポートしてくれる佐藤技術少尉と共に新型の四八式重装機四型で颯爽と現れた。


 あの戦場での白藤さんの戦いは、とても私たちと同じ学生とは思えない動きだった。あれが機体性能だけではないことは、近くで共に訓練をしてきた私たちが一番よくわかっていた。


 「あれ、そう言えば白藤っていないけど、どうしたんだっけ?」

 「今日は遅刻するって言ってたって凛ちゃんが言ってたよ…」

 「なにそれ。寝坊ってこと?」

 「それは、わからないけど…」

 「ふーん」 


 唯里ちゃんはしばらく窓の下の訓練風景を眺めたあと―


 「白藤ってさ、天才肌ってやつなのかねぇ?}

 「天才…」

 「だってさ、正直に言って私たちの中で一番練習量少ないでしょ。ランニングだってすぐに辞めちゃうし、授業は寝てばっかりだし、自主訓練だってやったことないし」

 「でも、操縦者としての腕は彼女が頭一つ飛びぬけているのは認めざるを得ませんね」


 百合奈ちゃんが複雑な表情でそう言う。

 

 まあ、そうなってしまうのもわからないわけではない。


 白藤さんに関して部内で複雑な思いを抱いている人が少なくないのは確かだ。白藤さんは不真面目で、気分屋で、それでいながら天才的な操縦センスを持っている。


 シュミレーターでの成績はすでに黒沢先輩や山下先生ですら軽く超えていて、この学園で白藤さんに対抗できるのはもはや大鳥教官しかいないのかもしれない。


 そして問題なのが、その大鳥教官だ。


 こういう言い方はまるで嫉妬しているみたいで良くないのかもしれないが、はたから見るとどうしても白藤さんにだけ甘いというか、贔屓しているように見えてしまう。


 大鳥教官は白藤さんが訓練を途中で投げ出そうが、授業を全く聞いていなかろうが、そのことについてきつく指導することはなかった。もちろん、そもそも大鳥教官が怒ったり、厳しい指導をすること自体ないことなのだが、流石に生徒の私たちから見ても目に余るようなことを教官が放置しているのは、少し面白くなかったりもする。


 「あー、イヤだいやだ」

 「どうしたの急に?」

 「あっ、その、ちょっと…ね」


 最近私の中にも白藤さんに対する妬みと言うか、嫉妬心が芽生えつつあった。私はその初めて感じる感情に振り回されないようにするだけで精いっぱいだった。


 (これが恋するってことなのかな…?)


 これまでの人生が必ずしも満ち足りたものだったわけじゃない。


 物心つく頃には両親は他界していて、それからはずっと孤児院で育った。だからもちろん、贅沢なんてあまりできなかったし、私自身他人よりも秀でたものなんて持っていなかった。


 しかし、それでも誰かを妬んだことなんて一度もなかった。


 それなのに、今は白藤さんのことが羨ましい。


 私も白藤さんみたいに天性の才能があればもっと教官に目をかけてもらえたかもしれないし、もし、私が白藤さんみたいな物怖じしない性格ならもっと気軽に大鳥教官とお話しできていたかもしれない。


 そう思うと心の深いところからなんだか黒い感情か湧き出そうになってしまう。


 誰が悪いわけでもないのにこんな感情を抱いてしまう私は、きっと悪い子なんだろう。


 でも、それでも私は―

 

 ガシャン


 「おはよ~」


 私がもんもんと悩んでいると、突然扉が開き、気の抜ける様な緩い挨拶をしながら白藤さんが入ってきた。


 「はぁ~あ」


 白藤さんはドサッと椅子に座ると、大きな欠伸をしてそのまま机に突っ伏してしまった。


 「ちょっと、白藤さん」


 それを見かねた百合奈ちゃんが声を上げる。


 「私の番きたら起こして」


 そしてそれを適当にあしらおうとする白藤さん。最近よく見る光景だ。


 「柴崎、何言ったって聞かないんだからほっといた方がいいよ」


 ずっと訓練を眺めていた瑠香ちゃんが冷たくそう言った。


 「でも…!」


 ガシャン

 

 百合奈ちゃんがそう言った時だった、再び扉が開かれると見知らぬ、いや、どこか見覚えのある奇麗な女性が入ってきた。


 「みなさん、おはようございます。今日は少しお邪魔させてもらいますね」


 そう言う女性は、白いブラウスとデニムのパンツという飾らない恰好でありながら、美人オーラをこれでもかと言わんばかりに放っていた。


 「え、ええっ!ええええええっ!」


 唯里ちゃんがその女性を見て何か気付いたようだったが、生憎とちゃんとした言葉が出てこないようだった。


 「あ、あの、失礼ですが風間少尉ですよね…?」

 「はい。近衛第一師団重装機大隊所属、風間祭子少尉であります」


 風間少尉はそう言って、おどけたように敬礼して見せた。


 それを見て私たち、相変わらず寝ている白藤さんを除く4人は素早く席から立ち上がると、敬礼を返した。


 「す、すみません。えっと、わたくしは花菱女学園一年生重装機兵部所属の柴崎百合奈です!」

 「同じく黄地唯里です!」

 「同じく青崎瑠香です」

 「お、同じく、あ、赤星星良です!」

 「あっ、そんなに畏まらなくていいですよ。今日は完全プライベートですから」


 風間少尉は寝たままの白藤さんに気を止めることなく、柔和な笑みを浮かべてそう言った。


 「それで、今日はどうしてここにいらしたんですか?」


 みんなが尻込みする中、唯里ちゃんが怯まずそう尋ねた。


 「ふふっ、ちょっとかわいい後輩の仕事ぶりを見学させてもらおうかなと思いまして」

 「こ、後輩って、大鳥教官のことですよね?」


 私は思わず食い気味にそう尋ねていた。


 「はい、そうですよ。大鳥准尉は私の高校の時の後輩なんです。今日はたまたまこちらの近くに来る機会があったので、ちょっと様子を覗かせてもらおうかと思いまして」


 風間少尉はそう言うと、窓の傍まで行き、下で指導をしている大鳥教官を見下ろした。


 「あ…」


 風間少尉の注ぐ視線をみて即座に勘づいた。心を読むまでもない、この人はライバルだ。


 そもそも、たまたまここに来たなんておかしいし、軍の施設に来るというのに格好がカジュアルすぎるのも普通に考えておかしい。しかも、風間少尉といえば大鳥教官と昔付き合っていたのではなかっただろうか?まさか、別れたというのは嘘で、本当はまだ付き合っているとか?いや、それはないはずだ。まえに大鳥教官の心を偶然、たまたま見てしまった時は、確かに付き合ってはなかったはず…。


 とにかく確実な証拠を手に入れるためにも風間少尉にそれとなく訊いてみるしかない。


 私は疑惑を明らかにしようと思ったが、のどまで出てきた言葉があとちょっとのところで口から出ない。


 いきなり、大鳥教官のこと好きなんですか?なんて聞けないし、どうしようかと悩んでいると―


 「みなさんから見て、彼はどうでしょう?彼はいい教官ですか?」


 と、風間少尉の方から私たちに話題がふられた。と言うより、明らかに私の方を見て話しかけてきたので、私が応えなきゃいけないような雰囲気だった。


 「は、はい。大鳥教官は優しく丁寧に指導してくださりますし、その、他にも何と言うか、操縦も上手くてかっこよくて…って何言ってるんだろう私」

 

 てんぱってしまって、ついつい余計なことを言ってしまった気がする。


 「ふふっ。彼たら相変わらずモテてるんですね」

 「あ、いや、その私が好きとかそう言う話じゃ」


 何だが恥ずかしすぎて自分でも顔が熱くなるのがわかった。


 「あなたはどう思います?」


 風間少尉は今度は百合奈ちゃんに話を振った。


 「はい。大鳥教官は星良さんが言ったように非常に丁寧な指導をしてくださります。また、先日の金属虫来襲の際には病気で十分に操縦できない体なのにも関わらず私たちのために駆け付けてくださったことは、本当に感謝の念に堪えませんし、その戦いの中、ハンデを背負っているとは思えないほどの卓越した操縦技術を発揮されていて、わたくしといたしましては、大鳥教官は軍人として重装機操縦者として非常に尊敬のできるお方で、その方に指導を受けることができるなんて、本当に光栄なことだと思っております」


 百合奈ちゃんはまるで模範解答のような言葉をつまりもせずスラスラ答えた。こういうところで育ちの差と言うか、意識の差があるなぁ、と実感させられる。


 「そうですか…。そいえば、柴崎さんということは、あの柴崎大尉の?」

 「はい。瑠璃はわたくしの姉になります」

 「そうでしたか…。私も大尉…いえ、今は中佐でしたね。とにかくお姉さんには随分とお世話になりました」

 「そうだったんですか?」

 「はい。戦技大会などで、何度かお会いする機会があって、そのたびに指導してくださりましたからね。そうだ、教官からお姉さんの話は聞いていませんか?」

 「大鳥教官からですか…?いえ、教官からは何も…教官も姉となにか接点が…?」

 

 そう尋ねられた風間少尉はほんの少しだけその柔和な笑みを消してが、すぐにまた笑顔を浮かべた。


 「そうですね…その件については彼自身が語るのを待った方がいいかもしれませんね。あなたのためにも」

 「ん…?それはどういう…」

 「ですかから、私が言っていたとかは言わないでくださいね」

 「は、はい…」


 百合奈ちゃんはまだ気になっているようだったが、流石に上官に対して食い下がるようなことはしなかった。


 「では、次にあなた。教官のことどう思います?」

 「…私は…私としては、別に教官としてはそれなりはやってますけど、少し頼りない感じもします。ま、教官も新人なんで仕方ないとは思いますけど」


 話を振られた瑠香ちゃんは、なかなか厳しめのことを言ったものの、風間少尉はその言葉の裏にある感情をすぐに読み取ったようで、その柔和な笑みを崩すことはなかった。


 「そうですか。彼、確かに頼りないというか、どこか抜けているところありますよね。私も随分とヤキモキさせられました」


 風間少尉は昔を懐かしむように話していた。


 その表情を見るだけで、少し胸がチクリと痛む。


 この人は私の知らない大鳥教官のことをいっぱい知っているんだと思うと、どうしても心が穏やかではいられない。


 それは瑠香ちゃんも同じなようで、先ほどから静かに貧乏ゆすりを始めていた。


 「あの、せっかくですから訊いてみたいんですけど、大鳥教官の学生の頃の面白い話とかありませんか?」

 「面白い話?いいですよ、えっとですね…」


 唯里ちゃんがなかなか興味深くて、私も聞きたいような聞きたくないような話を風間少尉にたずねた時だった。


 「あの、ちょっといいですか?」


 先ほどまで、風間少尉が来たことなんて全く気に留めず寝ていた白藤さんが不意に立ち上がり、風間少尉に話しかけた。


 「どうしましたか?」


 白藤さんは上官が来ても寝ていて、さらに急に話しかけてくるなんて随分と失礼なことをしているのに、それでも風間少尉は表情一つ崩さない。かなり心の広い人なんだと思った。


 「えっと…風間…少尉でしたっけ?」


 そのあまりに失礼な態度に、風間少尉ではなくて百合奈ちゃんが爆発寸前なので、見ている私の方がはらはらしている。


 「はい、そうですよ」 

 「風間少尉はお強いですよね」

 「重装機兵としてということですか?」

 「うん」

 「ふふっ。まあ、そうですね…少なくともヒイロ…大鳥教官よりは強いですよ。なにせ私は、出会った時からずっと彼の目標ですからね。これでも常に彼の前を走れるよう努力してるんですよ」


 風間少尉はさらっと言った。


 少し胸が痛んだどころか、まるで、大鳥教官はずっと私を追いかけてると言わんばかりだ。


 同じことを瑠香ちゃんも感じたのか、一瞬こめかみのところがピクッっと引きつった。


 まあ、そうだよねさっきのは流石にイラっとするよね、と心の中で瑠香ちゃんに話しかけたが、意外なことに瑠香ちゃんだけでなく白藤さんも明らかに苛ついていた。


 「へ~。そんなに強いんですか…。あっそうだ。今日お暇なんですよね?よかったら私と模擬戦してくれませんか?」


 何を思ったのか百合奈ちゃんが突拍子もないことを言い出した。


 「白藤さん!あなたいい加減に…!」


 百合奈ちゃんがついにキレて止めに入ろうとしたのを、風間少尉がそっと手で制した。


 「あら、なかなか自信があるみたいですね」

 「そうでもないですよ。ただ、同じ学生じゃ私の相手なんてできなくて、教官も病気で模擬戦なんてできないので、なかなかいい練習ができてないんですよ」

 「ふふっ、そういう事でしたら受けて立ちましょうか」


 当の本人たちはやる気になっているようだったが、周りで見ている私たちはあまりの急展開にただただ黙って事のいく末を見守るしかできなかった…。

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