6-3
~30分後~
僕は清水少佐と会場の設営状況の説明と式の段取りについて確認した。本来ならば当日になってやることではなく、もっと前もってやっておくべきことなのだろうが、こちらの準備不足があったということは置いておくとしても、そもそも教育隊側も式については各学校宛てにマニュアルを配布していることもあって、特別な事情がない限り綿密な打ち合わせなどは行っていないらしい。
適当だな、とは思ったが、軍隊にも時にはこういった大らかなところがあってもいいのかなと思い直した。
今はと言うと、打ち合わせもひと段落したので、教官準備室へ行き、そこで備品として置いてあったインスタントコーヒーを淹れて、清水少佐と僕が学生時代の話など、昔話で盛り上がっていた。
「―にしても、昨日この学校の資料を見て驚いたよ。まさかお前が教官をやってるなんてな。今日会うまでは同姓同名の別人かもしれないと思っていたよ」
「…そうですね。僕自身、教官をやることになるなんて思ってもみませんでした」
「まあ、でも、意外と真面目に教官やってるみたいで安心したよ」
「意外でしたが?」
「そうだな。私の知っている大鳥は学生時代の頃だから、その時からは到底想像できないな。あの頃のお前は猪突猛進と言うか、前しか見えてないというか、生き急いでるように見えたからな」
「そんなんでしたっけ…」
学生時代はとにかく強くなることに固執していた気はする。強くなること、それは目標とか夢なんかじゃなくて、僕にとって義務のようなものに感じていた。強くならなければ、誰も守れはしない。僕一人のために失われた命を取り返すためには、生半可な強さではいけないと感じていた。
「…だが、そのお前が故障で現役から退くことになるんてな。私はもっとお前は不貞腐れているものだと思っていたよ」
「…僕も大人になりましたから、折り合いはつけれるようにはなったつもりです」
「そうか…」
僕はまだつけ慣れていな眼鏡をしきりに触ってしまう。
お世話になった恩師に嘘をついているという罪悪感と、その嘘がばれてしまうんじゃないかと言う不安が僕の心を攻め立てていた。
少し暗い雰囲気になってしまったのを断ち切ろうとしたのか、清水少佐がわざとらしく大きな咳ばらいをする。
「ところで、風間とはどうなんだまだ上手くいってんのか?」
「ゴホッ…い、いや、僕と先輩は別に…」
「なんだ、学生じゃないんだもう隠すことないだろ。そもそも、お前と付き合ってるって私に言ったの風間だぞ」
「えっ!?あの人、自分でバラしたんですか?」
「ああ、まあ、私は学生同士の恋愛禁止なんて古臭い校則とっとと廃止にすりゃいいと思ってたから、風間の奴も私のそう言うところを知ってバラしたんだろう。賢しい奴だよ。なんかあったときのために私を味方に付けておこうとしたんだろうな」
「えぇ…」
自分では絶対に秘密だとか言いながら、自分はちゃっかり味方作ってるんだもんなぁあの人は。せめて僕には伝えてくれても良かったのに…。
「それでどうなんだ、風間とは、まだ付き合ってんのか?」
「…別れましたよ」
「なんだ、勿体ない」
「だからです。風間先輩は僕には勿体ない人です」
「そうか?私はお似合いだと思ってたんだけどなぁ…」
風間先輩は強くて、優しくて、賢くて、それでいて危険な人だ。あの人の傍にいると、自分が自分でいられなくなるような、まるで、心を侵食されていくような感覚になる。だから、僕は先輩と距離を置くようになった。僕にはやらなければならないことがあって、そのためには先輩の傍にいるわけにはいかなかった。
「…良かった、別れたって」
「…なんでこっち見て言うの?」
「…だって、す、うごうご」
「ん?」
気づけば準備室のドアの外で何やらひそひそ話が聞こえてきた。
清水教官は事情を察したようだが、怒るなんてことはなく笑顔を浮かべている。僕は黙って頭を下げると静かにドアの前まで移動して、一気にドアを開けた。
「…こら、盗み聞きなんて失礼だよ」
そこには瑠香君と美沙君という珍しいコンビがいた。
「あ~あ、瑠香が騒ぐから」
「あんたが余計なこと言うから」
「…二人ともまず先に言うことがあるでしょ」
二人は少し気まずそうに目を合わせた後、僕と清水少佐に向かって頭を下げた。
「「すみませんでした」」
「はっはっはっは、気にすんな。大した話はしてないから」
「まあ、そいうわけだけど、一応礼儀としてね」
「…はい」
「それで、なにか用だった?」
「ああ…うん、大したことじゃ、ないんだけど…」
「ん?」
瑠香君が珍しく目を泳がせている。
「昨日はさ、来ないって言ったけど…さっき電話があって、兄貴がさ、絶対見に来るって聞かなくて…」
「あっ、そうなんだ。優さん見にこられるんだね」
「まあ、そうなんだけど、急になんてダメでしょ?」
瑠香君が申し訳なさそうと言うか、バツの悪そうな感じで言う。それを見ている美沙君はニヤニヤしていて楽しそうだった。
「大丈夫だよ。いま保護者席はかなり空きがあるからね。寧ろ大歓迎だよ」
「そっか…それじゃ、これで」
瑠香君がそう言って立ち去ろうとした時だった。それまで、笑顔を浮かべていた美沙君から当然表情が消え、力なく崩れ落ちそうになる。
「美沙君っ!」
僕は美沙君の体を素早く抱き留めた。
「大丈夫か!?」
「…大丈夫」
美沙君は僕の手を払いのけるようにして離れた。
「でも―」
「大丈夫って言ったでしょ。昨日寝るのが遅かったから、それで眠くなっただけ…だから気にしないで」
「そう言うわけには―」
「しつこい」
美沙君はそう言って廊下を走り去っていった。
「美沙君…」
「…注意して見とくよ」
「うん。悪いけど頼むよ。僕が言っても反発しちゃうだろうし」
僕は情けないが美沙君のことを瑠香君にお願いして、部屋へ戻った。
「すみません。なんか騒がしくして」
「いいさ。まあ、お前さんも大変だねぇ。この年頃の子供なんて相手にすんの面倒だろう?」
あんまりな物言いだが、実際に長年教官をやってきた清水少佐の言葉にはそれ相応の重みがあった。
「…僕たちも学生の頃は、教官に随分ご迷惑かけましたしね」
「ホント、どうでもいいようなことでも、お前ら喧嘩したりしたもんなぁ。ああ、そう言えばこの間、土井にもあったぞ」
「土井ですか?」
土井正輝。陸軍中央高校時代の同級生で、僕と同じく数少ない男の重装機兵部員だった。部内で数少ない同性だというのに僕と土井の仲は初めからよくなかった。僕としては彼の理屈っぽいところとか、それでいて意外と熱くなりやすくて、そう言ったところも別に嫌いではなかった。しかし、彼からすると僕はどうも癇に障る存在でしかなかったようで、やる事なす事文句ばかり言われた気がする。
当時は僕もそれに軽く反発もしていたものだが、今となってはそれも懐かしい思い出ではあった。
「元気そうだったよ。相変わらず気難しそうな感じだったがな。お前、連絡とか取りあってないのか」
「まさか、僕はあいつに嫌われてましたし…」
「そうだったっけか?なんかよく二人で話しているのを見た気がするけど」
「それは…まあ、いろいろと意見の相違があって…今思うとあいつの言ってることの方が正しかったと、そう思うことがあります。…土井は…幹部学校ですか?」
「ああ、卒業後は風間と同じ近衛への配属を希望しているそうだ」
「あいつも変わりませんね」
「ま、お前たちがどこで何をしていようと、私としては元気でやっているならそれでいいさ」
清水少佐は少しだけ寂しそうにそう言うと、立ち上がった。
「そろそろ仕事に戻るとするかな」
「はい、改めて今日はよろしくお願いします」
「ああ。…それと先輩教官として一つアドバイスしておく」
「はい?」
「私も長く教官をやっていたがな、可愛い教え子がもう何人も先に逝ってしまった。死んだ本人や残された家族が一番つらいのはわかっているが、私にとっても自分の子供のような存在だったんだ。どうしても辛いものがあるんだ」
「はい」
「だから、あまり気負い過ぎるな。お前にできることには限界がある。誰もかれもの命に責任なんて持てっこないさ…なんて、無責任な話だけどな」
「いえ、覚えておきます」
「…ああ。それじゃ、またあとで」
僕は一人残された部屋でぬるくなったコーヒーを一気に飲み干す。
「まず…」
インスタントだからと言うわけではなく、僕はコーヒーが未だに苦手だった。大人になればおいしく感じるだろうかとも思っていたが、一向にそんな気配はない。
「…まだまだ子供ってことか」
僕はそう呟くと、口直しのジュースを買いに部屋を出た。




