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同時刻 花菱女学園 重装機兵部部室
「あっ、帰ってきた」
唯里ちゃんの声に反応して玄関の方へ眼をやると、ちょうど瑠香ちゃんと白藤さんが入ってくるところだった。
「美沙ちゃん、どこ行ってたの?」
「んー?ちょっと教官さんのところ」
「大丈夫?少し顔色悪いよ」
緑川さんがその大きな体をかがめて白藤さんの顔を覗き込む。確かに白藤さんは少し目が虚ろで、青ざめて見えた。
「もう、凛まで。大丈夫だって。ちょっと寝不足なだけだから」
「…それならいいんだけど」
「だからちょっと上で寝てくるから、時間になったら起こして」
白藤さんはそう言い残すと足早に二階へ上がって行ってしまった。
「…白藤ってよくあんな感じになるの?」
「…よくって言うか、たまにね。美沙ちゃんとは中学校から一緒なんだけど、今は随分よくなった方だよ」
「ふーん。ま、教官も心配してたから、何か気付いたことあったら言って」
「うん…」
緑川さんは少しの間難しい顔をしていたが、やがてソファーに腰を下ろした。
「それで、教官は何か言ってた?」
「なにかって?」
「いや、午後の予定とか」
「ん、それは別に…。どちらにしろ式は一時からだから、30分前に格納庫に集合しておけばいいでしょ」
「ま、そっか」
唯里ちゃんとの話がひと段落した後、瑠香ちゃんは開いていた私の隣の椅子に座る。その心はもやもやと薄い霧がかかっていた。
「…瑠香ちゃん、教官と何かありましたか?」
「えっ?…いや、別に何かあったってわけでもないけど…なんか軍の人と昔話してたぐらいかな」
「えっ、どんな話されてたんですか!?」
黒沢先輩が勢いよく食いついてきた。
「いや、その……」
瑠香ちゃんは言っていい事かどうか迷っているようだったが、少ししてぽつぽつとしゃべり始めた。
「…学生時代の話で、教官に彼女がいたとかいなかったとか」
「その話詳しく!!」
私も勢いよく食いついた。
「え、えぇっと、別に、学生の頃、先輩と隠れて付き合ってたけど、もう別れたって」
「…よかった」
「よかったんだ…」
唯里ちゃんの呟きをあえて無視しつつ、私はほっと胸を撫でおろす。
「…先輩ってことは風間さんかなぁ」
「ああ、確かに風間だとかって言ってたかも」
「黒沢先輩、知ってる人なんですか?」
「うん。ちょっとまってねー」
黒沢先輩はそう言うと、自分の携帯を操作してある画像を見せてくれた。
「これって、大鳥教官ですか?」
携帯の画面に映し出されていたのは、訓練機の前で優勝旗を持つ数名の男女の姿だった。
「これ平征二十二年大会の時の写真で、試合の後にお父さんが撮った写真なんですけど。右から二番目にいるのが大鳥教官で、真ん中にいる女の人が風間祭子さん」
「…きれいな人」
それが正直な感想だった。写真の中で柔和な笑みを浮かべているその女性は、お世辞抜きで美人で、自分たちと同じ高校生とは思えない色気を醸し出していた。
「この二十二年大会はもうほとんど、この風間さんと大鳥教官の二人の独壇場で、特に対抗戦なんて、中隊長の風間さんと直参の大鳥教官の二人で、準決勝と決勝戦の撃破判定の九割もっていったんですよ」
「……ふーん、そうなんだ」
瑠香ちゃんが感情を感じさせない声でそう呟くが、心の中は大きく波打っていうた。かく言う私も、言い知れぬ不安と言うか、ショックを受けてしまっている。
「でも、それならどうして今高校の教官に?それほどの腕前なら空挺部隊や教導隊に居てもおかしくないのでは?」
「それは、そうだね。どうしてなんだろう?」
いつの間にかに一緒に画像を見ていた百合奈ちゃんの疑問に黒沢先輩も同調する。そう言えば、百合奈ちゃんや黒沢先輩は大鳥教官の自己紹介を聞いていないので、今教官をしている理由を知らないのだ。
「それは、ほら、大鳥教官って眼鏡かけてるでしょ?病気で視力が落ちて、機兵を引退するしかなかったんだって」
「そうでしたか…せっかくすばらしい才能がありましたのに、大鳥教官もお辛いでしょうね」
「…でも、風間さんとお付き合いしていたなんて、とってもお似合いの二人だと思うよね?」
黒沢先輩は私に同意を求めてきた。私の心情的にどうしても首を縦に振りたくなかったので、どう答えたものかと迷っていると―
「…もう別れてるけどね」
瑠香ちゃんがぶっきら棒にそう言った。
「とにかくそんな優秀な機兵の大鳥先生に指導してもらえるわたくし達は、とても幸運だということですね」
「…そうだね」
何とか百合奈ちゃんが上手く話をまとめてくれた。
(それにしても、大鳥教官の元カノか…)
大鳥教官は魅力的な人だから付き合った人がことがあるって言うのは納得できる。問題はこれからだ、あんなきれいな人と比べられたら流石に分が悪い。今はその人と別れているというのは朗報だけど…。
私は一人これからの恋路の険しさを感じていた。




