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同日 花菱女学園及び第七研究所第二特別区分所兼用格納庫
午前の予行練習はできもよく、昼前にはいったん切り上げて、何人かの部員には部室で休息をとってもらっていた。
僕はと言うと、今日届くことになっていた新しい訓練機の受領のため、唯里君やレイン君、百合奈君を連れて格納庫の方へ向かっている。
彼女たちにも休むように言ってはみたが、どうしても見たいとのことだったので、仕方なく連れてきた。
「あっ、大鳥君。いまちょうど届いたところですよ」
リフトで格納庫の下に降りると、佐藤少尉がいて、その近くでは軍用の大型トレーラーから二機の訓練機を下ろしている途中だった。
その二機は今訓練で使用している四八式重装機Ⅲ型の意匠は残しつつも、多くの点が違っていた。パッと見てわかる違いとしては、Ⅲ型までの防弾ガラスのキャノピーがなくなり、六六式と似た形状の頭部型の複合センサーが取り付けられ、また脚部も六六式同様に指行性に適した形状に変更されている。見た目的には四八式と六六式の合いの子と言った感じだ。
「ああっ、これって四型ですか!?」
「そうだよ。よく知ってるね」
「去年、雑誌でイメージ図だけ見たことあって。まさか本当に製造されているなんて…」
唯里君は感動の余り少し涙ぐんでいた。流石にちょっとだけ引いた。
しかし、僕もⅣ型の存在自体は聞いたことがあったが、こうしてみるのは初めてだった。
「まあ、まだ試作段階ではあるんですけどね」
「三型とはどう違うんです?」
「見た目の違いは置いておくとして、性能的には運動性能とセンサー類が特に強化されてますね。脚部の強化によって、最高速度や瞬発力が上がって、一応は跳躍戦闘も可能っちゃ可能ってことになってますよ」
「微妙な物言いですね」
「あくまで開発側はそう言ってますけど、正直六六式のように跳ねまわったりって言うのは無理だと思いますよ。背部にモータージェットをつければまだましかもしれませんけど、それにしたって機体のフレームにはほとんど手を加えていないので、すぐに機体にガタが来ちゃいますよ」
まあ、どんなに強化したところで、元の設計が古くては仕方ない部分もあるということだろう。
「センサー類は見てわかるように頭部型センサーユニットを増設して、視界は網膜投影に、あと音波探信儀と自動迎撃装置、操縦は完全憑依操縦が可能になってます」
「それじゃほとんど、六六式と変わらないんですね」
「いや、そうでもなくて、そうしたセンサー類はほとんど民生品を使ってて性能的にはワンランク下がりますけど、その代わり結構リーズナブルな改修になってるんですよ」
「へー」
「もともとは、六六式の開発が遅れてる頃に四八式の改修プランの一つとして挙がっていた仕様で、当時はよりリーズナブルな今の三型の仕様が採用されたわけだけど、知っての通り三型ははっきり言って中途半端なんですよね」
確かに佐藤少尉の言う通り、三型の改修は中途半端でしかも不十分だったと感じている者は多い。馬力は据え置きのまま、追加装甲や六六式同様の兵装架を前腕部内側と背部に増設したため、フル装備状態では運動性が著しく悪くなり、またバランスも崩しやすくなっており、さらに憑依操縦を腕と腰だけと言う中途半端な採用をしてしまったため、訓練機だというのに現行の六六式よりも操縦が難しくなってしまっていた。
おそらくそうした不満が四型の開発に繋がったのだろう。
「あ、でもリーズナブルにしてるってことは、やっぱり月兎が高すぎるって言うのも影響してるんですか?」
「まあね。六六式一機分の予算で、三個中隊分の四八式を四型仕様に改修できますから。四型は四八式の延命措置とか訓練機仕様と言うよりも、再戦力化と言った方がいいのかもしれません。今後の運用試験次第で、前線部隊に四八式を再配備することも検討しているみたいですし」
「そうなんですね。でもその機体を私たちのような高校生に使わせちゃっていいんですか?」
「うん。機兵部を含めて、各地の訓練部隊や教導隊にまずは使って貰って、いろいろと意見を挙げて欲しいそうです。かく言う私たちの研究室もこのⅣ型計画に参加していて、昨日皆さんに試していただいた射撃補助装置もこのⅣ型に搭載するべく開発しているものなんですよ」
「でもこれって大会には出せないですよね」
まじまじと機体を見回していたレイン君がボソッと呟く。
「まあ、今のところ全国大会では使えませんね」
「今のところ?」
「はい。実は四型の試作機はこの学園も含めて関東圏の機兵部に優先して配備されることになって、夏以降の関東大会などでは使用が許可されることになってるみたいです」
「どうしてまたそんな話に?」
何にしたって話が急すぎるし、聞く限りでは四型の性能は学生には少々過ぎるものと言う印象がある。
「上の考えはよくわからないですけど、うちの所長は機兵部人気を取り戻すためって言ってましたよ」
「人気って…」
「四型で対抗戦なんてやったら今より確実に派手になりますけど、そもそも憑依操縦装置のせいで廃人になるとかって騒がわれたのに、それを完全採用した機体で人気を取り戻そうとしてるのはおかしな気がしますけどね」
「まあ、それはそうですね…」
大抵上が主導してやる事っていうのは世間ズレしていることが多いと言う印象があるが、今回のこともそんな感じはする。
「でも、二機だけなんですか?それとも今後順次入れ替えていくんですか?」
百合奈君が佐藤少尉に尋ねる。
「とりあえず、暫くの間は二機だけだろうね」
「そうなんですか…」
百合奈君が少し不安そうな顔をする。
「どうしたの?何か気になることでもある?」
「はい…。二機しかないということは、全員がこの機体に乗れるわけじゃないってことですよね?」
「まあ、そうなるかな…」
「…私はやっぱり、いい機体に乗りたいですし、他の皆さんだってそうだと思います。だからなんだか奪い合いになっちゃうんじゃないかって…」
百合奈君の不安も理解はできる。しかし、我が部は部員数がギリギリなため全員が試合に出れるが、他の学校ではそうもいかずレギュラー争いが常に起きているわけで、それと比べればうちの部は内部での競争がほとんどないと言ってもいい。そこにある程度の競争が生まれることはむしろ良いことだと僕は思う。
「そうだね。乗ってもらうとしたら、中隊長とその直参の一人になるか、それとも小隊長の二人に乗ってもらうかになると思うけど、どちらにしろより操縦の上手い人を選ぶよ」
「そうですか…」
「ま、それはあくまで試合での話であって、訓練ではなるべくみんなに平等に乗ってもらうよ」
「はい…」
「みんなは同じ学校で同じ部の仲間ではあるけど、だからって仲良しってだけじゃ勿体ないよ。せっかく同じ部にいるんだからさ、時には競い合って互いを高めあえる関係になった方がいいんじゃないかって僕は思うよ」
「…そうですね。教官の言う通りです。ただのお友達じゃなくて、互いを高めあうライバルになれたらそれは素敵なこと、なんですよね」
百合奈君は僕の言葉に納得してくれたようで、いつもの上品な笑顔を向けてくれる。
「教官が学生の頃にもそんな素敵なライバルがいらしたのですか?」
「あっ、私もぜひそのお話をお伺いしたです!中央高校は部員も多くてレギュラー争い大変なんですよね」
レイン君が食いついてくる。
「あ、ああ。そうなんだけど…」
僕は学生の頃のことを思い出す。
陸軍中央高校重装機兵部は部員数が60名を超え、大会にも1軍2軍と二チームが参加する、全国屈指の大所帯だった。
2チームが参加すると言っても、補欠を合わせ試合に参加できるのは22名。実に半数以上の部員は試合に出られず、実際に3年間一度も本試合に出た経験のない人もいた。
しかし、当時の僕は機兵部にいる間レギュラーを外されるなんて思ったことはなかった。自分を負かすことができるのは、風間先輩ただ一人だと思っていたし、実際にそうだったと言うこともあった。先輩とは確かに互いに切磋琢磨したけれど、やっぱり先輩と言うだけあってライバルと言う感じではなかった。
思い返してみれば、1年生のころから試合を経験することができていた僕は、はっきり言って天狗になっていたのだと思う。今になって思えば当時の僕は、自信過剰で傲慢だったし、実際に機兵部にいた同期からそう言われたことがあった。言われたときはそれを否定したが、周りからはきっとそう見えていたということだろう。
だが、そうして自分に力があると過信した僕の自信はボルネオ島で粉砕してしまった。結局僕の強さなんて言うものは、誰も守ることができない、自分一人が惨めに生き延びるだけの力でしかなかったことに気付かされてしまったのだ。
「よう、大鳥!」
「?」
昔のことを思い出していると、急に懐かしい、少し酒焼けしたようなしゃがれ声が格納庫の中に響いた。
「清水教官?」
声のした方向に目を向けると、そこにはでいかにも快活そうな女性がこっちに歩み寄ってきていた。
「なんだ大鳥、元気そうじゃないか」
「え、ええ、清水教官の方こそお変わりなく…今日はどうしてここへ…?」
「どうしてって、任官式のためだよ。去年で学校から異動になって、今は教育隊隊長の秘書みたいな仕事してるのさ」
「そうだったんですか…」
「後ろの子らはお前の教え子かい?」
清水教官が興味深そうに唯里君たち3人を見る。
「はい。えっと、みんなにも紹介するね。この方は僕が学生のころの教官で、重装機兵部の副顧問もしていた清水香織少佐です」
「今日はみんなよろしく。いろいろと大変だったみたいだけど、いい式になるように陰ながら応援させてもらうよ」
「「「ありがとうございます!」」」
3人が声をそろえて元気に返事をした。
「うーんいいねぇ。大島の教え子と聞いて少し不安だったが、この分だと大丈夫そうだな」
清水少佐は冗談ぽく笑って言ったのだが、真面目な百合奈君が真に受けてしまったらしく、清水少佐に詰め寄るように前に出た。
「そんな、大鳥教官は素晴らしいお方です。とても丁寧にご指導してくださいますし、親身になって訓練をしてくださっています。大鳥教官は教官としてだけではなく、一人の人間として本当に尊敬できる人です」
そこまで言われると恥ずかしいというよりも、なんだか申し訳なくなってくる。本当の僕は百合奈君が思っているような人間ではないのだから…。
「はっはっはっ、そうかそうか。まあ、大鳥もいつまでも子供じゃないというわけか」
清水少尉はそう言って豪快に笑う。この人は昔からそうだった。訓練の時は鬼のように厳しいが、それ以外の時はこうして、大抵のことを笑って済ましてしまう豪快なところがあった。
そんな清水少佐に今度はレイン君が近づいていく。
「あの、私、黒沢レインと申します。もしよろしければ、大鳥教官の学生時代のお話を伺ってもよろしいですか?」
「大鳥の?」
「はい。私、大鳥教官が優勝した大会を生で見てからずっとファンだったんです」
レイン君がそう言うと、清水少佐はまたひとしきり笑った。
「大鳥の学生時代ねぇ。まあ、いろいろと問題のあるやつだったが、機兵としての腕だけは頭一つ抜きん出たもんがあったなぁ」
「いやいや、僕は特に問題なんて―」
「いや、何言ってんだよ。お前堂々と校則破ってたじゃないか」
「えっ、僕がですか?そんなことは…」
自分で言うのもあれだが、一応表面上は真面目に生徒をやっていたつもりだったのだが…。
「お前、校内での交際禁止っていう校則破ってたどころか、デートしまくってただろ」
清水少佐があっけからんと言った。レイン君たちも驚いた表情で僕を見る。
「なんで知って、じゃなくて、そう言う話は生徒の前では―」
「はっはっはっ、悪い悪い。お前にも教官としての威厳ってのがあるもんな」
清水少佐はそう言ってまたしばらく笑っていた。
僕はと言うと興味深そうにこちらの様子をちらちら窺っている3人の視線にさらされて、居心地が悪かった。
「ああ、そうだったそうだった。大鳥、今時間あるよな?ちょっと式について軽く打ち合わせしときたいんだが」
清水少佐はひとしきり笑った後、思い出したかのようにそう言った。恐らく僕に会いに来たのも思い出話をするためではなく、そっちが本題だったのだろう。
「はい、大丈夫です。えっと実際に式の会場見ながらの方がいいですよね?」
「そうだな」
「じゃあ、僕が案内しますね。佐藤さんすみません後、お任せしても大丈夫ですか?」
「ああ、見学が終わったら部室に帰すよ」
「ありがとうございます。みんなも早めに戻って午後に備えてね」
「「「はい」」」
そうして、僕は清水少佐を連れて格納庫を後にした。




