5話 踏み越えた一線
ようやくヒーロー登場です。
カテリーナとジュリオはフェデリカを見て嘲るように笑う。いつの間にか周りにいたカテリーナの取り巻きである令嬢たちも、小声でクスクスと笑った。
「あなた、過去から学ばないタイプだったのね。地味でつまらない女だからジュリオ様に捨てられたのに、まだそんな地味で見窄らしいドレスを着ているのかしら」
「そうそう、チェレスティーニ嬢、どうしてもっと華やかにしなかったの?」
「せっかくの夜会で、周囲の令嬢たちに比べて目立たないとはね」
カテリーナの声に応じるように、取り巻きたちが次々に口々に非難の言葉を浴びせた。
マリーナはフェデリカの袖を握り視線を伏せる。だが、フェデリカは冷静に胸を張り、眼鏡の位置を直しながら言い返した。
「ヴァレンティーニ卿の好みに合わせて生きるつもりはありません。華美さに頼らなくても、誠実さなどで十分に存在感は示せます」
「へえ、存在感、ねぇ」
言外に「あなたには誠実さがないでしょう」という言葉をにじませて、フェデリカは反論した。カテリーナの笑顔が悪意で歪む。
「貴族の娘の仕事は、婚姻を結び家と家を繋げること。親の決めた婚約者すら繋ぎ止められなかった負け犬のあなたが、すでに20なのに婚約者も伴侶もいないあなたが、存在感を示して何になりますの?」
「家を繋ぐ手段は婚姻だけではありません。伴侶の有無にかかわらず、当主として責務を果たすことに変わりはないはずです」
フェデリカは毅然とした態度を取る。だが、恐怖からだろうか、その膝はかすかに震えていた。彼女がたじろいでいるのをカテリーナは見逃さない。
「へえ、責務ねぇ。当主の責務って、後継を残すことも含まれるのではなくて? そこを妹に頼らなければならないなんて、ずいぶんと情けない当主ですこと」
カテリーナの追い討ちにフェデリカは押し黙る。カテリーナを援護するように取り巻きたちは一斉にフェデリカに悪意を浴びせた。ざわめきが渦を巻き、笑い声が氷の粒のようにフェデリカの頬を打つ。
「後継ぎは? やっぱり妹の子を養子にでもするのかしら。お家が断絶しないといいわね」
「寂しい当主ね。愛してくれる人も子も持てないなんて」
大勢の悪意に晒され、フェデリカは何も言えなくなる。マリーナは姉を守ろうと口を開くも「私は侯爵家の人間よ。あなたの姉なんてどうとでもできるの。姉の後ろに隠れていることしかできない弱虫の無能に何ができるのかしら」と嘲笑され、恐怖で動けなくなってしまった。
「さっきから当主、当主って。あなたは男にでもなったつもりかしら? ならそのネックレスなんて必要ありませんわね。わたくしが有効活用してあげますわ」
カテリーナはそう言って形見のネックレスに手を伸ばす。フェデリカは咄嗟に「やめてください」と叫んだ。
カテリーナがネックレスを引きちぎろうとした、その瞬間。扉の向こうから、柔らかくも凛とした声が響いた。
「ねえ、いったい何をしているのかしら?」
振り向いた令嬢たちの視線の先。きらめく王家の紋章が、エディ・フィオーラ・アウローラ王弟殿下の存在を告げていた。
豊かな黒髪をたなびかせ、彼はゆっくりと歩み寄る。その一歩ごとにアメジストのジャケットが光を受けて上品に反射する。ライラックのフリルブラウスが柔らかな陰影を作り、黒のスラックスと艶めくヒールが彼の長身をさらに際立たせていた。エメラルドの瞳はシャンデリアの光を纏い柔らかく光り輝く。
彼はそのままチェレスティーニ姉妹へと歩み寄った。
「ケガとかは大丈夫かしら?」
「問題ございません」
フェデリカは澱みなくそう答えるが、その声色は固い。握りしめた手は微かに震えていた。みかねた彼は「部屋を用意するから少し休んでいってちょうだい。部屋には侍女もつけるから安心して」と提案する。フェデリカは真っ青な顔で震えるマリーナを見る。そして「お願いしてもよろしいでしょうか」と答えた。
「もちろんよ。モンテフェルトロ卿と……ヴァレンティーニ卿はだめね。浮気相手と一緒にいるもの。伯はこの場にいらっしゃる?」
「いえ、父は療養中です」
「……そう、分かったわ。準備ができたみたいだから移動しましょ。こっちよ」
エディは姉妹を先導し、扉へ向かって歩く。王弟殿下を見たカテリーナは、すぐさま「殿下!」と呼び止めた。
「王弟殿下。アルヴィージ侯爵家長女、カテリーナ・ビアンカ・アルヴィージがご挨拶申し上げますわ。しがない伯爵家のご令嬢よりも、私たちとお話いたしませんこと?」
カテリーナは胸元を見せて蠱惑的に笑う。エディは笑みを崩さずに口を開いた。
「ご挨拶は確かに受け取ったわ」
エディは穏やかにそう言うとわずかに微笑んだ。その笑みは柔らかいのに、どこか抗いがたい圧を帯びている。声を荒げたわけでもない。だが、場の空気が静まり返った。
シャンデリアの光が、彼の髪に反射して銀の粒を散らしたようにきらめく。フェデリカはその光景を、どこか現実味のないもののように感じながら見上げた。
「今はこの子たちを休ませたいの。ごめんなさいね、また後で」
さらりとした口調で言い残し、エディはフェデリカとマリーナを守るように立ち位置を変える。まるで人垣のざわめきすら彼の背で遮られていくようだった。
誰もが息を潜め、姉妹の後ろ姿を見送る。フェデリカはただ小さく礼をしてその場をあとにした。
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