4話 静謐の夜会
マリーナはルカのエスコートで、フェデリカは一人で夜会会場へと入場する。三人は無事に会場で合流できた。
参加者の顔を確認したルカは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。どうしたのだろうと疑問に思ったフェデリカも、彼の視線を追った。
そこにいたのは……一年前に一方的に婚約を破棄してきた、フェデリカの元婚約者であるジュリオ・ドメニコ・ヴァレンティーニ伯爵令息だった。彼の隣には、今は婚約者となったかつての愛人、カテリーナ・ビアンカ・アルヴィージ侯爵令嬢の姿があった。
「女史、今日は必要最低限の挨拶だけして帰ったほうがいい。俺も2人に合わせて退場するよ」
ルカの言葉に、フェデリカはほんの少しだけ目を見開いた。
「良いのですか? 卿も挨拶があるでしょう?」
「流石に未来の義姉さんを、トラウマの元凶がいる夜会に長々と置いておくほど悪魔じゃないぞ」
ルカはあえて軽く笑う。フェデリカは深くお辞儀をして「ありがとうございます」とお礼を述べた。
ルカは一度父親と合流し挨拶をしに行く。フェデリカもマリーナを連れて、まずは夜会の主催である国王陛下の元へ向かった。
「チェレスティーニ伯爵家当主代理、フェデリカ・ベアトリーチェ・チェレスティーニにございます。妹マリーナとともに、王弟殿下のご帰還を心よりお慶び申し上げます」
フェデリカは教科書通りのカーテシーをする。マリーナは姉に倣って裾をつまみ、静かに頭を垂れた。国王は二人を見やり、特にフェデリカに視線を留めて微笑まれる。
「君の働きぶりは私もよく聞いているよ。若くして職務を果たしているのは流石だね。療養中の父君もきっと安心されていることだろう」
「過分なお言葉を賜り、恐れ入ります。それでは、これ以上お時間を頂戴してはなりませんので、これにて失礼いたします」
深々とカーテシーをしている二人に対し、国王は「ああ、今宵は楽しんでね」と笑った。
フェデリカたちは近隣領を治める貴族たちと挨拶を交わしながら王弟の入場を待った。あらかた挨拶が終わり、あとは王弟に挨拶をするだけとなった時だった。このまま何事もなく夜会をやり過ごせるといいのだが、とフェデリカは小さく息を吐く。
「おや、チェレスティーニ嬢。こんな夜会でお会いするとは珍しいな。お元気そうで何よりだ。そちらにいるのは妹さんで間違いないかい?」
「ご無沙汰しております」
フェデリカは法務局の上司に声をかけられた。彼女はすぐさまカーテシーをする。
「こちらは私の妹、マリーナ・ビアンカ・チェレスティーニでございます」
「いつも姉がお世話になっております」
フェデリカに続いてマリーナもカーテシーをする。彼は「君に似てなかなか聡明ではないか」と笑った。
「しかし、あの身勝手な婚約破棄から一年か。……何か困っていることはないかな?」
「おかげさまで元気に過ごしております」
「それならよかった。困っていることがあればいつでも相談してほしい」
「ありがとうございます」
フェデリカは深くお辞儀をすると、上司は「それでは、また王宮で」と笑った。彼が立ち去った後、マリーナは「姉さま」とフェデリカの袖を軽く掴んだ。その小さな仕草に、フェデリカの胸の奥が温かくなる。
「マリーナ、どうかしたのですか?」
「……少し疲れたから休憩したい」
フェデリカは妹の可愛らしいお願いに、「仕方ないですね」と愛おしそうに口角を上げた。
「殿下もまだ入場されていませんし、会場の隅で少しのんびりしましょうか。ただ、挨拶には少しずつ慣れておかないといけませんよ。公爵夫人になるのですから」
「そ、それは分かってる……」
「そう落ち込まないでください。あなたはきちんとできていましたよ。回数をこなせば、きっと緊張も軽くなります」
彼女は愛おしそうに笑う。歩き出した二人の靴が小さく鳴った瞬間、背後から刺すような声が響いた。
「まあ。どこの下級貴族の侍女かと思ったら、チェレスティーニ嬢だったとは驚きましたわ」
「まあまあ、そんなに言ってやるなよ。地味なのが“上品”だと思ってるんだ。堅物でつまらない女だから君に負けたのさ」
カテリーナとジュリオの嘲笑が会場のざわめきに混じる。フェデリカが声のした方へ顔を向けると、ジュリオに腕を絡ませたカテリーナが立っていた。
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