3話 シックな紺と淡い花
つつがなく日々は進み、王弟殿下の帰還を祝う夜会が催される日となった。二人の令嬢がいるチェレスティーニ伯爵家では、慌ただしく夜会の準備が行われていた。一足先に準備ができたフェデリカは、マリーナの部屋をのぞく。
「準備はできましたか?」
「うん、なんとか。えっと、その、似合っているかな?」
マリーナは淡いピンクに青紫の小花柄が浮かび上がるドレスに身を包んでいた。スカートはふんわりと広がり、裾には繊細なレースの縁取りがある。胸元には大きな青紫のリボン、そしてパールのついたブローチが飾られている。
身につけているアクセサリーはルカの瞳に合わせたタンザナイトだ。
彼女の姿はまるで花の精が微笑んでいるかのようだった。
「よく似合っていますよ。会場で一番可愛らしいのは間違いありません」
フェデリカはそう言って口角をあげる。
「姉さまに褒めてもらえると安心かも」
マリーナは柔らかく丸い瞳を細めて微笑む。ふわふわと波打つ金色の髪が、彼女の動きに合わせてたなびいた。
「……姉さまは今日もシックなドレスなんだ」
「ええ。今はこれが一番落ち着きますから」
フェデリカの装いは、濃紺で無地のドレスだった。余計な装飾は抑えられているものの、柔らかな光沢を帯びた上質な布地が、動くたびに静かに表情を変える。胸元は控えめに絞られ、ウエストにはさりげない切り替えが施されており、そこから滑らかに落ちるスカートラインが、彼女を上品に引き立てていた。
銀色の髪はきっちりと結い上げられ、耳には小さなパールの耳飾り、首元には母の形見のパールネックレスが上品な輝きを見せる。アンティークな輝きを放つ金色の眼鏡が、サファイアの瞳を落ち着かせる額縁のように縁取っていた。
華美さはないが、その簡素さこそ誰も真似できない静かな気品を纏わせている。
マリーナは姉の首元で揺れるネックレスを見てつぶやいた。
「母さまの形見のネックレス、姉さまによく似合ってる。いいなぁ」
「マリーナにはブローチがあるでしょう? いくらあなたでもこれはあげられませんよ」
「ね、ネックレスが欲しいって意味じゃなくて、似合って羨ましいって意味だよ」
慌てるマリーナを見て、フェデリカは「冗談です。あなたが人のものを欲しがる人でないのは分かっていますよ」と笑った。
姉妹は9年前に母親を亡くしている。二人はそれぞれに受け継がれたネックレスとブローチを夜会のたびに身につけるほど大切にしていた。
「お嬢様、モンテフェルトロ公爵令息がご到着されました」
扉の前から侍女の声がする。フェデリカはすぐに「すぐに向かいます」と返事をした。
「あなたの王子様が迎えにきましたよ。あまりお待たせしてはかわいそうです」
「うん、すぐに行かなくちゃ」
マリーナはすぐさま立ち上がると玄関へと向かう。そこには正餐会の礼装に身を包んだルカが立っていた。
「マリーナ、迎えにきたよ」
「ルカさま、久しぶり。今日のルカさまも素敵よ。まるで暁星の貴公子のよう」
「マリーナに合わせて金と青を使ってみたんだ。今宵の君もよく似合ってる」
マリーナとルカは二人の世界に入りかける。遅れてきたフェデリカがおほん、と咳払いをした。
「このようなところで立ち話をしていては、夜会に遅れてしまいますよ」
「それはまずいな。よし、マリーナ、行くぞ」
「はい。姉さま、行ってまいります」
「行ってらっしゃい。卿、マリーナをよろしくお願いします」
フェデリカの言葉に、ルカは「おう」と頷いた。マリーナはフェデリカに手を振ってからルカが用意した馬車に乗り込む。それを見届けたフェデリカも伯爵家の馬車に乗った。
「女史、また後でな」
ルカはフェデリカにそう声をかけると、馬車を出発させるように御者に指示を出す。伯爵家の馬車も静かに車輪をきしませ、夜の帳の向こうにきらめく王宮へと進み出した。
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