2話 妹の婚約者
集中して訴状を読んでいたフェデリカの耳に、昼休憩を伝える鐘が鳴る。
「そろそろお昼ですか。昼ごはんを食べないとマリーナに心配をかけてしまいます」
彼女はそう呟いて、昼食を取ろうと立ち上がった。その時だった。
「女史、今暇?」
ノックもそこそこにフェデリカに話しかけたのは、ルカ・ヴィットリオ・モンテフェルトロ公爵令息だった。彼はフェデリカの妹であるマリーナ・ビアンカ・チェレスティーニ伯爵令嬢の婚約者だ。
「頭に葉っぱがついていますよ」
「え、どこ?」
「右の後頭部です」
「ああ、ここか! 助かった」
「まったく、王宮内を歩くのなら身だしなみはきちんとしてください」
ヘラヘラ笑うルカに対し、フェデリカは冷ややかな視線を送る。その瞬間、ルカの背筋がピンと伸びた。
「む、無表情で睨んでくるなって……」
「でしたら、睨まれるようなことをしないでください。マリーナまで侮られてしまいます」
「あ、相変わらずのシスコン……」
「何か問題でもありますか?」
「い、いえ、滅相もない……」
しばらく軽口の応酬を続けていたフェデリカだったが、そういえば彼の要件を聞いていない、ということに気がついた。彼は騎士団でもそこそこの地位についているから、それ絡みの判例でも探しにきたのだろうか。そう考えながら彼女は「それで、要件をお聞きしても?」と口を開いた。
「おお、それだ。今度の休み、マリーナを観劇に誘ってもいいか?」
「構いませんよ」
「お、マジ?」
「婚約者同士の健全な交流にとやかく言うつもりはありませんから」
フェデリカがそう言うと、ルカは表情を綻ばせた。
「あ、そうだ。今度ある夜会のドレス、マリーナに贈っていい?」
「遊学に出ていた王弟殿下の帰還祝い、でしたっけ。もちろん構いませんよ。むしろお願いします」
「よっしゃ。……でも、着飾らせすぎたら他の令息の目に留まるよな」
ルカは「うーん……」と悩み始める。フェデリカは口角すら上げずに真顔で言い放った。
「マリーナは世界一可愛いので、どんなドレスでも令息の目を惹くのは変わりませんよ。なので、とことん可愛くしても大丈夫です」
「おい、真顔で冗談……、じゃねえな。女史だったら心の底からそう思ってそうだ。完全に同意するけど」
ルカは人好きのする笑顔を浮かべた後、「女史はいつもの……あー……シックなドレスで参加するのか?」と聞いた。ルカの視線を受けて、フェデリカは一瞬ため息をつく。マリーナはともかく、自分まで華やかさを身に纏う気にはなれない。
「昨今流行りの可愛いドレスは、顔のきつい私には似合いませんから。ああいうドレスは上品なので、紳士淑女の方々に受けも良いですし」
「確かにあれは一流の縫製職人が本当に質のいい生地を使って作ったものだけど……」
フェデリカの言葉は、まるで自分に言い聞かせるようであった。ルカは難しい顔をする。あのドレスはTPOにあっておらず悪目立ちする、ということはない。ただ、そのようなデザインを着るのは年配が多い、という点が気になるだけだ。
「あのクソ野郎の言葉なんてマジで忘れろ。マリーナが似合うんだから女史にも似合うだろ」
「私とマリーナは顔だちが違いますから。彼女はお母様似です」
淡々と事実を語るような口ぶりで話すフェデリカを見て、「女史は相変わらず頑固だな。それが女史らしい、といえばそうなんだけど」と頭をかいた。
「とにかく、ご飯行くぞ。マリーナに女史を食堂に連れて行くことを頼まれてるんだ」
「マリーナの頼み事なら仕方がないですね」
フェデリカはそう言ってルカの後について部屋を出る。廊下の窓から差し込む光に埃が踊り、穏やかな昼の時間が流れる。けれどその光も、どこか届かない場所があるように思えた。
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