27話 祝福の夜会
婚約発表の夜会は、チェレスティーニ伯爵家が王宮のホールを借りて主催するという形を取る。フェデリカの負担を軽減するため、彼女の叔父が伯爵の代理として主催することとなった。
夜会当日。フェデリカは入場の時間になるまで、エディと共に控え室で待機していた。緊張しているのか、彼女はシルクの手袋に包まれた手を所在なさそうにいじっていた。
「緊張してるの?」
「……そう、ですね。……エディ様は、緊張しないのですか?」
「するわよ。それも心臓バクバク。だって、初恋の相手をエスコートするんだもの。それも、婚約者として」
「は、初恋ですか……?」
「そうよ。残念なことに、自覚したのはヴァレンティーニ卿との婚約を告げられたときだったけど。そうじゃなかったらもっと早く婚約してたわ」
エディは窓の外へと視線を向ける。
「余計な遠回りをしちゃったせいで、フェデリカちゃんを守れなかった。それだけは悔しいわね」
「……それでも」
フェデリカはそっと彼の手を取る。
「私を見つけて、手を伸ばしてくれました」
視線が交差する。彼女は微笑んだまま、ゆっくりと口を開いた。
「そのおかげで、私は自分を肯定し、一歩踏み出せたのです。このドレスはその証拠です」
エディの表情が和らぐ。フェデリカは微笑みを浮かべながら続けた。
「だから、もしあなたが立ち止まりそうになったら。その時はそばに居させてください。私たちは夫婦になるのですから」
「そうね。過去に囚われてばかりではいられないわ」
フェデリカは「それでこそエディ様です」と笑う。そのとき、「おほん」と咳払いの声がした。二人が慌てて顔を上げれば、そこには叔父が立っていた。
「そろそろ入場ですよ」
フェデリカは慌てて「は、はい。すぐ準備します」と頷く。「卿やマリーナと同じことをしてしまいました……」と恥ずかしそうにしながらも、身だしなみを確認する。
「さて、行きましょ。お手をどうぞ、最愛の人」
エディはそう言ってフェデリカに手を差し伸べる。彼女は顔を真っ赤にしながら、おずおずとその手を取った。
◇
ホールへと足を向ければ、荘厳なワルツが鳴り響く。一歩足を進めれば、人々は皆息を呑んだ。
エメラルドグリーンの伝統的なベルラインのドレス。布地はあえて光沢を抑えたシルクタフタで、胸元と切り返しの一部に花が同系色の糸で刺繍されている。肩にかかるシルクオーガンジーのおかげで、若々しい軽さが保たれていた。
首元に光るのは、母の形見であるパールネックレス。髪はまとめられていたが、あえて引き出された後れ毛が垢抜けた女性らしさを強調していた。
目元を彩るのは小さなエメラルドが輝くメガネ。控えめにつけられた宝石たちは実用性を失わない遊び心を体現していた。
そんなフェデリカをエスコートするエディは、深いサファイアのような色のロングジャケットに身を包んでいた。同系色の花の刺繍が散らされた長い裾はひらひらとドレスのように揺れ、胸元につけたフリルでできたジャボも相まって、彼の中性的な美しさを際立たせていた。
スラックスは反射を抑えながらも艶めくダークグレーで、足元は磨き上げられた黒いレザーの革靴。歩く音も、夜会の静かな空気を壊さないほどの控えめさで、しかし存在感は十分にある。
艶やかな黒髪は一つに束ねられ、彼の動きに合わせてしなやかに揺れていた。
「あれがチェレスティーニ嬢!? あんなに美しいなんて信じられない!」
「隣にいらっしゃるのは王弟殿下よね? どうしてしがない伯爵家の令嬢が、彼と共にいるの?」
ホールへと足を進めるたび、ざわめきの声は大きくなっていく。それでもフェデリカは前を向き、エディはそんな彼女に寄り添うようにそっと支えた。二人がホールの中心へとたどり着くと、叔父がフェデリカを紹介する。
「チェレスティーニ伯爵家次期当主、フェデリカ・ベアトリーチェ・チェレスティーニ嬢です。この度、エディ・フィオーラ・アウローラ王弟殿下と婚約する運びとなりました」
彼がそう宣言した瞬間、招待客のざわめきが最高潮になる。フェデリカは周りの声を気にせずスカートをつまむと、伯爵家の歴史を体現するかのような品位溢れたカーテシーを披露する。
「ただいま紹介に預かりました、フェデリカ・ベアトリーチェ・チェレスティーニと申します」
凛とした声が響く。ざわめきは小さくなり、やがてホールは静寂に支配された。その静寂を断ち切るのはフェデリカの声だ。
「本日は私どもの婚約に際し、このようにお集まりいただき誠にありがとうございます。チェレスティーニ伯爵家次期当主として、またエディ殿下と共に歩む者として、伯爵家、ひいてはアウローラ王国のために誠実に努めてまいります」
一瞬の静寂の後、控えめだった拍手がひとつ、ふたつと鳴り始める。次第に音は重なり合い、やがてホール全体を包むような大きな拍手へと変わった。
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