26話 昔も今もいちばんきれい
エディの手を取って入店したフェデリカを出迎えるのは、色とりどりの花びらのようなドレスたち。その美しさに気後れするように彼の腕をそっとつかんでしまった。気持ちを落ち着かせるため深呼吸をしたところで、「まあ、おぼっちゃまが女性を連れて!」とエネルギッシュな声が聞こえてきた。
「こんにちは、シニョーラ。フェデリカちゃん、紹介するわね。こちらはシニョーラ・マドリーナ。アタシの礼服は、みんな彼女に作ってもらってるの。シニョーラ、こちらはチェレスティーニ伯爵家のフェデリカちゃん。今日はこの娘のドレスを作ってほしくて」
「よろしくお願いします」
フェデリカはスカートをつまんでカーテシーをする。するとシニョーラは「まあまあまあ!」と口に手を添えて笑った。
「なんて気立てのいいお嬢さんなの! さあさあこちらにいらっしゃって!」
「あ、あの、まって、まってください!」
エネルギッシュな彼女に押されながら、フェデリカは全身を採寸される。
「ふんふん、なるほど。身長がちょっと高めで、骨格は……ウェーブってとこかしら! パーソナルカラーはブルベ冬ね! さて次は……。あなたはどんなドレスが好き?」
フェデリカは「……少し考えさせてください」と口にしてから思考を巡らせる。
苦手なドレスはわかる。豪華さばかり追い求めた、いわゆる成金趣味のドレスだ。いつものようなシックなドレスも、ここで出す答えではない気がする。
「……分かりません」
彼女ははっきりそう口にした。しかし、目線が下がっていることも、声が弱々しくて不安が滲んでいることもない。ただ事実を口にしただけ、そんな冷静な温度があった。
「ということですので。エディ様、知恵をお借りしてもよろしいでしょうか?」
フェデリカは近くにいたエディの顔をまっすぐに見つめる。彼は満面の笑みで「もちろん」と花が舞い散るような笑みを浮かべた。
「とにかく、いろんなデザインを見てみないことにはわからないと思うわ。シニョーラ、作例のカタログを持ってきてくれる?」
「もちろんでございます!」
シニョーラはそう言って奥からカタログを持ってくる。そこには様々なドレスのデザインがまとめられていた。
布染めや織りの技法で繊細な意匠が施された可憐なものから、軽やかなシルエットに、光を含んだ生地と色糸の刺繍が調和した成熟した趣のものまで。紙面には、時代の空気を映した色とりどりのドレスが並んでいる。
「どれも素敵です。こちらのひらひらとした軽いものなんてマリーナに似合いそうです」
だが、流行の最先端を行くようなドレスには心が惹かれない。むしろ成熟した淑女が似合いそうな、伝統と格式を重んじたデザインに目が止まってしまう。
(ダメですね。勇気を出すって決めたのに、結局シックなドレスに目を奪われてしまいます)
彼女はそう考えてカタログのページを前に戻す。だが、何度見ても流行のドレスは彼女の琴線に触れない。
そうしてカタログを何周もしていると、エディはゆっくりと「フェデリカちゃん」と声をかけた。
「すみません。多分にお時間を頂戴して……」
「それは気にしなくていいの。フェデリカちゃんと一緒にいるために時間を空けてるもの」
彼はそう言ってくすくす笑う。
「さっきから流行のドレスばかり見ているけど、フェデリカちゃんが惹かれているのはこっちのドレスじゃない?」
エディはそう言って、彼女が最初に目を留めたドレスを指差す。それは重厚なベルラインに同系色の百合の刺繍が踊る、シルクベルベットの格式高い伝統的なドレスだった。
「……否定はできません」
彼女はそう答えて俯く。やっぱり自分は何も変えられない。シュルシュルと音を立てて勇気が萎み始めたところで、エディは明るい声を出した。
「ああやっぱり。昔から正統派なドレスをよく着ていたもの」
「正統派、ですか?」
「ええ。流行に流されるんじゃなくて、歴史に裏打ちされた気品を身に纏ってて。すごく大人っぽくて目を引いたわ。昔も今も、フェデリカちゃんの一番きれいなところよ」
「今も……?」
「ええ。ほら」
エディが視線を向けるのは全身鏡。そこに映るフェデリカは、襟や袖元に刺繍の入った、青みのあるグレーの外出用ドレスを着ていた。
襟や袖口に月桂樹の刺繍が施されている。スカートは腰の位置で切り返され、重厚ながらもふんわりしたラインを描いていた。
「気品は誰にでも着こなせるものではないわ。フェデリカちゃんの真面目で実直な人柄だからこそよく似合うの」
「……地味、ではないんですか?」
そう尋ねる声には、確かめるような慎重さが滲んでいた。エディは一拍置いてから、はっきりと「いいえ」と否定する。
「これを地味と言うなんて『私は見る目がありません』と宣言するようなものよ」
フェデリカは鏡を見つめる。確かに派手さはないかもしれない。それでも、歴史ある伯爵家の次期当主として相応しい美しさを身に纏った自分がそこにいた。
「正統派なドレスがお好きでしたら!」
シニョーラはそう言って、サラサラとデザイン画を描く。
「伝統に若々しさを掛け合わせ、軽やかさと気品を両立するのはいかがでしょう!?」
彼女が描いたドレスは伝統的なベルライン。切り返しはハイウエストでシルエットが軽くなるよう調整されていた。胸元と切り返し部分の一部には花の刺繍が、左右非対称に配置されている。
「刺繍は同色系でまとめ、生地はシルクタフタで光を反射しすぎないようにするとより良いですわ!」
フェデリカはデザイン画をじっと見つめる。華美すぎる趣味に合わないドレスでもない、必要以上に装飾を削ぎ落とした鎧のようなドレスでもない、正真正銘、彼女のためのドレス。
「……このドレスでしたら、挑戦してみたいです」
フェデリカは冬のひだまりのような柔らかな笑みを浮かべる。
未来への一歩を決めた胸の高鳴りに、店の窓から差し込む光がやさしく寄り添った。
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