23話 あなたの気持ちだから
フェデリカは「婚約条件の話し合いのため、次の休みにお会いしたい」と手紙に認めた。エディから来た返事は「もちろん構わないわ。午前中に王宮に来てくれる?」だった。
約束の日。フェデリカは決して華美ではないが上質な素材と高度な縫製技術を惜しみなく注ぎ込まれたドレスに袖を通し、王宮の門を潜った。
「本日はお時間を頂戴し、ありがとうございます」
奥向きの執務室に通されたフェデリカは、入室してきたエディに対し、開口一番そう言った。すると彼は苦笑して「そんなに畏まらなくてもいいわ」と言う。
「ありがとうございます。……本題に入る前に、こちらをお渡ししたくて」
彼女はそう言って焼き菓子の詰め合わせを差し出す。
「あら、これは?」
「以前ご迷惑を……。いえ、お心遣いをいただきましたので、そのお礼にと。ささやかですが、お菓子の詰め合わせです。皆さんでどうぞ」
「まあ、無理しなくていいのに。でも、ありがとう。美味しくいただくわね」
エディはくすくすと笑うと、表情を引き締める。
「それで、今日は婚約条件の話だったわよね」
「はい」
二人は婚約条件について話し合う。とは言っても、王家から提示することは多くない。伯爵家も大きい条件は「入婿で、爵位はフェデリカが継ぐこと」「王宮の出仕を認めること」ぐらいだ。小一時間ほど話し合った結果、対等な婿入り婚としては一般的な条件が出揃った。
「こんなものかしら。一応兄様に確認するけど、多分通ると思うわ」
「そうですね……」
フェデリカは今いちど婚約条件を見る。伯爵家にとって不利な条件はなく、断る理由なんて思いつかない。
(マリーナや卿、お父様にも自分を犠牲にするな、とは言われていますが……。条件を鑑みても、フィオさんの人柄を鑑みても、自分を犠牲にする選択肢とは思えませんね……)
彼女はそう考え、婚約を承諾しようと口を開く。その時だった。
「浮かない顔してるけど、大丈夫?」
安心させるように柔らかく微笑みながらエディは首をかしげる。フェデリカは驚いたように二、三度瞬きを繰り返して「浮かない顔、ですか?」と聞き返した。
「ええ。迷子になったみたいな、そんな顔よ」
フェデリカが思わず俯く。「大丈夫です」と言えばいい。そう思っているのに、喉が詰まっているみたいに言葉が出てこない。しばらく沈黙が続く。
「何かあったのなら、話してくれると嬉しいわ。力になれるかも」
「……失望しませんか」
「ええ。あなたの力になりたいの」
彼女を安心させるためだろう、彼は柔らかい表情を浮かべている。だが、その瞳はどんな些細なことしかできなくても、絶対に力になると言う真剣さを孕んでいた。
「……怖いんです」
彼女は視線を落とす。テーブルの下の手は固く握られていた。
「フィオさんを信じられないわけじゃありません。誠実な人柄だって、私を蔑ろにしない、素敵な人って分かってます。……なのに、なのに……」
彼女の声が震えている。
「婚約の話を進めるのが怖いんです……」
エディはいつの間にか椅子を立ち、フェデリカの隣に移動していた。彼女の手を覆うようにそっと手を重ねる。
「せめてなぜ不安なのかわかれば対処できるのに、それすら分からなくて。フィオさんが私を大事にしてくれているのは分かっているのに、素直に受け入れられない自分が申し訳なくて」
エディは何も言わない。ただただ、彼女が吐露する感情を黙って聞いていた。テーブルにぽつり、ぽつりと涙が落ちた。フェデリカの言葉は嗚咽に変わる。
「いいのよ」
「でも……」
「怖くたっていいの。それがあなたの気持ちなら否定しないであげて」
エディはフェデリカの背を摩りながら、絹のハンカチで涙を拭う。その温かさにどこか安心した彼女は、そのサファイアから涙をこぼし続けた。
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