20話 夜ごとに浮かぶもの
新法の施行が差し迫っていたため、法務局はにわかに忙しくなった。もちろんフェデリカも例外ではなく、普段の倍以上の仕事を抱えていた。
「チェレスティーニ嬢、こちらも確認をお願いします」
「はい、直ぐに」
「先輩、ここって……」
「これはこちらの例が分かりやすいかと」
フェデリカは顔色一つ変えずに仕事を処理していく。昼休憩も満足に取れず、夜遅くまで法務局に詰める日々が続いた。
本日も宵の明星が沈む頃に法務局を退勤する。だが、フェデリカの一日の仕事はこれでは終わらない。
「お嬢様。治水工事の見積書でございます」
「相場より高いのでは? 一昨年行われたセレーノ湖の資料も見せてください」
屋敷に戻れば当主代理としての仕事が始まる。彼女は書類を眺めながらじっと考え込んだ。
(従来より項目が多く、工数もそれに伴って増えています……)
領地の運営を誤れば、苦しむことになるには領民たちだ。地理条件、費用対効果、賛成意見、反対意見などを見て、総合的に判断しなくてはならない。フェデリカは思考を巡らし、不要と思われる項目に赤線を引いて「チェレスティーニ伯爵代理」のサインを書く。
(今はまだ代理と書けますが、一年後には外さねばなりませんね……)
少し前まではまだ先だと心のどこかで思っていた譲位が、フェデリカのなかでじわじわと現実味を帯びていく。彼女は無意識に肩をもみながら次の書類を処理し始めた。
本日の予定が全て終わり、フェデリカは寝室のベッドに横になった。
「……保留にしている婚約について、そろそろ返事をしなければならないのですが……」
夜ごとに考えてしまうのは、エディのこと。
「一緒にいて嫌だと感じたこともほとんどない。むしろ親しい友人として安心感すら覚えていたはずでした。彼は誠実です。たとえ愛人ができたとしても、ヴァレンティーニ卿のように私のことを蔑ろにする、ということはないでしょう」
庭木が風でさわさわと揺れる。月明かりに照らされたそれはフェデリカの顔に影を落とした。
「何がそんなに不安なのでしょうか……」
ぽつりとつぶやいた言葉に、自分でも驚く。
「私は、不安なのですか?」
自分が理解していなかった感情の鱗片をようやくつかめた。視界が少し晴れたような気さえする。
「……まずは、分からないを潰しましょう。そのためにも、婚約の条件を聞かなくてはなりませんね」
とりあえず、仕事が落ち着くまでは保留です。彼女はそうつぶやいて、意識して目を閉じる。じっと考えてしまう自分の脳を無視して目を閉じ続けた。そうしていれば、ようやく何とか浅い眠りへと入ることができた。
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