18話 友人のままで
エディの告白から数日後。フェデリカはマリーナに贈る誕生日プレゼントを受け取るため、簡素な装いで街を歩いていた。
工房で注文したガラスペンを確認し、彼女は小さく頷く。ラグーナブルーの軸にはさりげなく金箔が散りばめられ、ペン先にはレースグラスの優美な乳白色の模様が踊る。以前マリーナが「綺麗」と言っていた花瓶を参考に決めたデザインは、妹の好みを過不足なく写し取っていた。彼女はペンを手に取ってみる。軸の微細な波打ちは手によく馴染み、温かみのある持ちやすさへとつながっていた。
「流石の技術力ですね。こちらに頼んで正解でした」
フェデリカはそう言って深く頷き、ペンを受け取って工房を後にした。
せっかく街へ出たのですから、マリーナの好きなお菓子でも買って帰りましょうか。彼女はそう考えて、パティスリーが並ぶ一角へと足を運んでいた。ふと顔を上げると、難しい顔でお店のショーウィンドウを見ているエディが目に入った。ほんの少し心臓が早く脈打つ。だが、困っている友人を助けない理由なんてない。
服装からお忍びと判断した彼女は、「フィオさん」と声をかけた。
「ずいぶんと悩んでいらっしゃるようですが、どうかしましたか?」
「あら、ビーチェちゃん。偶然ね。……実は二番目の姉様にお菓子を贈ろうと思うのだけど、どれも素敵で迷っちゃって」
「もしよろしければお手伝いいたしましょうか?」
フェデリカの申し出に、彼は「本当? ビーチェちゃんがいてくれるのなら百人力よ」と笑った。
「フィオさんのお姉様は、普段どんなお菓子を召し上がってますか?」
「そうねえ。エトワール王国のお菓子が好きよ」
「でしたら、こちらのパティスリーがおすすめです」
フェデリカはそう言ってエディを案内する。大通りから外れ、少し奥まった路地に入った。少し歩けば小さいが品のいいお店が見える。
「あら、こんなところにもパティスリーがあったのね」
「はい。仕事が早く終わった日は、いつもここでマリーナへのお土産を買うんです」
妹さんを大事に思っているのね、とエディは笑う。
「……たった一人の、大事な妹ですから。……こんなところで立ち話もなんですし、入りましょう」
彼女は照れて赤くなった耳を隠すように、エディに入店を促した。
◇
店内に足を踏み入れると、ふわりとバターと砂糖が溶け合う甘い香りが鼻をくすぐる。派手な装飾はなく、淡いアイボリーの壁と磨き込まれた木のカウンターが、温かく二人を出迎えた。ガラスケースの中には、宝石のように整えられた菓子が行儀よく並んでいる。
「この店で人気なのはマカロンですね。洋酒が好きな方でしたらサバラン、バターの香りが好きならマドレーヌもおすすめです」
「ビーチェちゃんはどれを買うの?」
「自分で食べるのならクッキー、妹に買うならフィナンシェですね」
彼女はそう言いながら、マリーナが以前おいしいと言っていたフィナンシェに視線を向ける。
黄金色に焼き上げられたフィナンシェは、表面にほんのりとした艶を宿している。型の縁に沿って香ばしい焼き色が走っていて、見ただけでおいしさが手に取るように分かった。
「この店のフィナンシェは、バターと卵を贅沢に使っているためか濃厚なんです。だけど、はちみつの優しい甘さのお陰でくどさを感じなくて。妹も冷たいミルクに合わせて食べるのが好きなんです」
フェデリカの説明に、エディは笑い声をこぼす。
「ふふ。本当によく見ているのね」
「姉ですから」
何を当たり前のことを、とでも言うように彼女は答えた。エディはまだ迷っているようで、腕を組みながらずっと考えている。
「マカロンにしましょうか、それともサバランにしましょうか……」
「フィオさんのお姉様は、洋酒がお好きなんですよね?」
悩むエディにフェデリカは問いかける。
「そうなのよ……。でも、見た目がかわいいマカロンも喜びそうで」
「それなら、いっそのこと二つ購入してしまうのも手ではありますね」
「確かにそうね。そうしようかしら」
彼はそう言ってくすくす笑う。
店員に注文を伝えながら、フェデリカは少しだけ肩の力を抜いた。何となしに店内を眺めていたエディは、彼女の様子をうかがいながらそっと口を開いた。
「……ねえ、ビーチェちゃん」
「はい。どうかなさいましたか?」
「もしよかったらだけど、少しお茶でもどうかしら?」
ほんの一瞬、フェデリカの心臓がまた早鐘を打つ。だが、彼女はすぐに小さく頷いた。
「……少しだけでしたら」
そう答えた声は、自分でも驚くほど穏やかだった。
◇
カフェでゆっくりお茶を楽しめば、そろそろ日が傾く時間帯となった。
「送っていくわ」と提案するエディに甘え、フェデリカは夕闇に染まる街を歩く。ひゅう、と風が吹いて枯れ葉が一枚舞う。普段は気に留めない光景が、何となく気に障った。
「どうかしたの?」
エディは少し先で立ち止まり、フェデリカへ振り返る。彼女はすぐに「何でもございません」と彼を追いかけた。
自宅に帰った彼女を出迎えたのは、神妙な顔つきのマリーナだった。手には父からの封書が握られている。
そこに書かれていたのは「一度領地に戻ってきてほしい。大事な話がある」という言葉だった。
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