17話 怖さの正体
「話を聞いてくださってありがとうございます。……少し一人になってきます」
フェデリカはそう言って応接室をあとにする。残されたマリーナとルカは冷めた紅茶を一口啜った。
「……姉さま、ずいぶん迷ってた。ちょっと珍しいね」
「女史は重要な決断ほどじっくり考えるから珍しいことではないかもしれないけど……」
ルカは一度言葉を切る。小さく息を吐き、天井を見上げた。
「……あくまで仮の話だぞ」
「うん」
「女史には、選ばれなかった経験がある」
マリーナは一瞬きょとんとした顔をしたあと、ゆっくりと思い当たったように視線を落とす。
「……前の、政略の婚約のこと?」
「それもある」
彼女は分からない、と首を傾げた。彼は「まあ、ぱっとは思いつかないよな」と苦笑して続ける。
「もう一つは、俺との話だな」
「え?」
マリーナは思わず顔を上げる。
「チェレスティーニ家とモンテフェルトロ家で決まっていた話は、『姉妹の内どちらかが俺と婚約、もう一方はチェレスティーニ家を継ぐ』だった。そのなかで俺はマリーナを選んだ」
大好きな姉が悩んでしまう理由に、自分が関係している。その事実を初めて認識した彼女は息を詰まらせた。
「落ち着け。誰も悪くない話だよ」
ルカは軽く肩をすくめた。
「当時から女史は俺に恋愛感情なんて持ってなかった。俺も同じだ」
「じゃあ、どうして姉さまは……」
マリーナの問いに、ルカは少しだけ真剣な表情になった。
「恋じゃなくてもな。選ばれなかったって事実だけは残る。……おい、マジで気に病むなよ。んな顔してると女史が悲しむぞ」
あの場で俺が女史を選んでたら「不誠実です」ってブチ切れてるぜ、とルカは軽く笑う。
「ま、一番の原因はヴァレンティーニのクソ野郎だな。そのせいで、彼女は自分は後回しにされる側だって、また一度確認させられた」
「……本当に許せない。姉さまを傷つけるなんて……」
「落ち着け。あの家はそう遠くないうちに報いを受けるだろうよ」
彼は苦笑いしながらマリーナをなだめる。
「ともかくだ。女史はとにかく自分に自信がない」
「……それは、そうだね。姉さまは、自分が選ばれる前提で物事を考えないもん」
「だろ」
難儀な癖だよなぁ、と呟きながら、ルカは紅茶で口を潤す。
「つまり姉さまは、婚約そのものが怖いんじゃない」
「……ああ」
「誠実に愛されることが、怖いんだ」
ルカは小さく笑った。
「ま、そういうことだろうな」
「うん……」
マリーナは少しだけ困ったように微笑む。
「でもさ。それって殿下が、ちゃんと時間かけて向き合ってくれないとだめなところだよね」
「それは間違いない。だからこそ、急かさずに待ってるんだろ。ま、あんまりにも目に余るようだったらこっちから釘を差すけど。今のところ大丈夫だろ」
ルカの言葉を聞いて、彼女はどこか安心したように息を吐いた。
「ふふ。……なんだかんだ言って、ルカも姉さまのこと好きだよね。ちょっとヤキモチ妬いちゃうかも」
「あのなぁ。女史に抱く気持ちと、お前に向ける気持ちは全然別モンだぞ?」
彼はマリーナの言葉に苦笑した。
「姉さま、ちゃんと怖がれてよかったのかも」
「それはそう。女史にもちゃんと幸せになってもらわないと困る」
フェデリカが怖いまま、何も言わずに進むよりはずっといい。二人はそう言葉にせずとも理解し合い、静かに視線を交わした。
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