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16話 判断に混じるもの

 昼休憩から戻ったフェデリカは、一見何の問題もないように見えた。だが。


「チェレスティーニ嬢、ここは発言者が入れ替わっているよ」

「チェレスティーニさん、ここの『商人』って、『証人』の間違いだよね?」


 速記に入った裁判では要約を取り違え、誤字脱字を連発した。


「チェレスティーニ嬢、こちらはアントニオ公爵の公判記録ではありませんか? お願いしたのはアントニーノ侯爵の公判記録です」


 判例保管庫の出納対応を行えば、持ってくる判例を間違えた。

 普段のフェデリカでは考えられない初歩的なミスを連発し、最後には上司から「体調が悪いのか」と心配されて、早退を勧められた。「このままではろくに仕事にならない」と判断した彼女は何度も頭を下げながら普段より早めに帰宅することにした。





「姉さま、随分とお早いのね」

「女史、お邪魔してるぞ。……大丈夫か?」


 家に帰ると、マリーナと遊びに来ていたルカが彼女を出迎えた。あまりにも難しそうな顔をしていたためか、ルカは心配そうに彼女の顔を覗き込む。


「いえ、少し色々ありまして……」


 フェデリカはそう言うとまた黙り込む。それをみたルカは「あー、俺で良ければ話を聞くぞ?」と問いかけた。


「……そう、ですね。ここだけの話にしていただけるなら」

「だったら、応接室でゆっくり話そう? わたしも同席してもいい?」

「もちろん。あなたは大事な家族ですから」


 フェデリカの返事を聞いたマリーナは、近くにいた使用人に「三人分のお茶を準備して」とお願いした。



「……と、いうことでして……」


 フェデリカはエディから婚約を持ちかけられたことをかいつまんで話す。マリーナは「なんて素敵な話なの」と目を輝かせ、ルカは「……まじかよ」と天井を仰ぎ見た。


「それは難しい顔になるわ。決定事項、だよな?」

「いえ。返事は保留にしていただきました」

「権力で迫らなかった、ってことか……」

「本当に姉さまのことを想われているのね」

「……そう、なんですかね」


 フェデリカは難しい顔をして俯く。マリーナは心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。


「……頭ではこの婚約を断る理由がない、と分かっています。殿下は家格も人柄も申し分ありません。……ですが、迷ってしまう自分がいるのです」

「まあ、受けるべきなのはわかるけど……。女史、婚約の条件って聞いたか?」

「……あ」


 フェデリカは小さく呟いた。


「そのあたりの話すらできていませんでした……」


 彼女は「今の今まで気が付かなかった」といった調子で答える。


「ということは……」


 ルカは椅子の背にもたれ、フェデリカの顔を確認しながら口を開いた。


「条件が悪いから迷ってる、って線は消えたな」

「……はい」


 否定する理由がなく、フェデリカは静かに頷いた。


「聞いてないのに止まってる、ってことはさ。気になるのは話の中身じゃなさそうだよな」


 ルカはそこで言葉を切り、フェデリカを見る。彼女はしばらく考え込み、やがて小さく息を吐いた。


「……話を進めること自体に、躊躇しているのだと思います。……殿下が真剣であればあるほど、軽い気持ちで向き合えない、と」


 彼女は思わずうつむいた。これは自分の感情だ。家として大事な判断に、自分の感情が入り込んでしまうなんて……。


「……婚約の話を、私一人の感情で止めてもいいのでしょうか……」


 フェデリカはぽつりとこぼす。それを聞いた二人は同時にため息をついた。


「姉さまを犠牲にして家の繁栄を手に入れても、ちっとも嬉しくない」

「女史の気持ちを無視して話を進めたら、また女史が傷つくことになる」


 ルカは彼女を安心させるようにからりと微笑むと、口を開いた。

 

「別に断れ、って言ってるわけじゃないしな。ちょっとは周りに甘えろ。俺だって割とわがまま言ってるぜ」


 ルカは軽く笑う。その言葉を聞いたフェデリカは「卿はもう少し我慢した方がいいのでは?」と気が抜けたように笑った。

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