15話 逃がされた熱
エディから婚約を申し込まれたフェデリカは、思考が追いつかずピタリと固まる。
あまりにも長い沈黙に、エディは恐る恐る「ビーチェちゃん?」と問いかけた。
「……え、ええと……。その……。今、何と……?」
「あなたに婚約を申し込みたいの」
彼はもう一度繰り返す。繰り返してもらったことで、彼女はようやく自身の聞き間違いではないと確信した。
この場でされているのは正式な打診ではない。断る言葉なんていくらでも思いつく。なのに言葉が喉に詰まって一言も発することはできなかった。
思考の奔流に飲み込まれた彼女が戻ってくるまで、エディは一言も発さずじっと待った。やっと少し思考を整理できた彼女は「その……理由をお聞きしても……?」と恐る恐る口を開く。
「あなたが好きだからよ」
エディはフェデリカの目をまっすぐ見つめる。フェデリカは視線を逸らすことができなかった。その瞳の熱が、彼の本気度を物語っていたから。
再度混乱の淵に叩き落とされた彼女は「ええと……、誰かとお間違えでは……?」と口にしてしまう。
「さすがに告白する相手は間違えないわ」
彼はそう言って呆れたような笑いをこぼすと、真剣な表情になる。
「あなたの仕事に向き合う姿勢も」
エディがそっと手を伸ばす。フェデリカの指先に影が落ちた。彼女の意識はそこだけに集中する。触れる寸前のわずかな距離がひどく長く感じられた。
「誰にでも誠実に接するところも」
男性にしてはしなやかな指が、そっとフェデリカの白魚の手を撫でる。彼女はひゅ、と息を呑んだ。こんな反応をする自分に戸惑いを覚える。
「冷静なようでいて、心の奥底はとっても温かいところも」
そのまま手はエディの口元へと導かれ、柔らかい唇が触れる。本人にも自覚できないほどめぐるましく思考していたフェデリカの頭は、完全に思考を放棄した。
「全部好きなの」
視線が交差する。彼の熱い眼差しに縫い止められたかのように動けない。
「あら、真っ赤になっちゃったわね」
エディの手がフェデリカの頬を撫でる。もう触れたところが熱いことしかわからない。彼女は思わず瞳をぎゅっと閉じた。
「……あら、もうこんな時間。そろそろ帰さないと昼休憩が終わっちゃうわね」
エディの温度が離れていく。彼女が目を開けると、そこに立っていたのは人好きのする笑顔を浮かべる、いつものエディ。眼差しの温度は和らぎ、距離感も婚約関係や恋人関係ではない普通の距離感だった。
逃がしてくれた。彼女の脳にそれが事実として刻み込まれる。
「この後は法務局に戻るのよね? そこまで送っていくわ」
さっきまでの熱は夢だったのかと思うほどのいつもの空気に安心していると、エディは「そうそう」と切り出した。
「さっきの返事、いつでも待ってるわ。ゆっくり考えてくれてもいいわよ。……考えてる間、アタシのことで頭がいっぱいになるでしょ」
彼の赤く艶やかな唇が弧を描く。バクバクと響く鼓動の音だけが、先ほどまでの熱が夢でないことを伝えていた。
読んでくださりありがとうございました。評価、いいね、ブックマークをしてくださると励みになります。




