13話 東の星は嘘をつかず
慌ただしく、しかし的確に準備を整えて迎えた会食の日。エディは緊張をおくびにも出さず、にこやかにミスト王国の大使を出迎えた。
『本日は遠いところからよくいらっしゃいましたわ』
『こちらこそお招きいただきありがとうございます』
本日やってきたのは外交官の中でも偏屈で有名な重鎮だ。遊学中に出会ったミスト王国の王子が「あのたぬきじじい」とよくぼやいていたのを思い出す。エディは柔和な笑みの裏で一層気を引き締めた。
彼は大使を国王の待つ食堂へ案内する。大使と国王は形式的な挨拶を交わし、向かい合わせで席についた。そこへ宮廷料理人が腕を振るった食事が運ばれてくる。
『おや、プラーンカクテルですか』
『ええ。貴国に留学した際にいただいた味が忘れられなくて。こちらでもなんとか再現できないかと料理人に無理を言ってしまいました。お口に合えば良いのだけど』
『ではいただきます。ああ、こってりとしたソースがエビにあいますね。こちらのエビは貴国で取れたものですか?』
『ええ。我が国でよく食べられている赤海老を使用しています。火の入れ方ひとつで表情が変わる食材ですから、扱いには随分気を遣いましたの』
会食は和やかに進む。政治や経済の話、意見交換を進めながら食事を楽しむ。子牛のフィレの皿が空になり、香草の残り香だけがほのかに漂っていた。
大使はナプキンで指先を軽く押さえ、ワインを一口含む。そして、「そういえば」と、ふと思い出したように口を開いた。
『殿下は戯曲にご興味はありませんか?』
『貴国に留学した際にいくつか観劇しましたわ。「霧の夜の夢」は強くと印象に残っていますの。恋情が複雑に絡み合うことで生まれる感情の機微は繊細で、思わず夢中になってしまいましたわ』
『なるほど。では「二つの星、曇天の王冠」をご覧になったことは?』
大使がそう口にした瞬間、食堂に独特の緊張感が走る。彼があげた戯曲は兄弟が王位や愛する女性を取り合って対立する話だ。エディは慎重に口を開く。
『ええ、拝見しました。国の行く末を案じながら、互いに譲れぬ矜持が衝突する……。悲劇として非常に完成度が高い作品ね。どうにか落とし所を見つけて歩み寄り、和解する手立てはなかったのかと、やるせなさを感じてしまいました』
『「近き星ほど光を競い、空を曇らせる」とも言いますからね。どうか貴国の夜空が雲に覆われませぬよう。二つ星が並ぶと、時に眩しすぎますから』
大使はにこやかに言葉のナイフを向ける。国王は静かにエディを見た。彼は気持ちを落ち着かせるように「ふぅ」とため息をつく。そして薔薇のような笑みを浮かべて口を開いた。
『ご心配ありがとうございます。だけど、我が国には天を照らす太陽があり、王冠を継ぐ大星が昇りつつありますわ。「東の星は嘘をつかず、ただ道を示すのみ」の言葉通り、太陽や大星が惑わぬよう東の空で淡く輝きましょう』
暗に「自分は王や王太子と争う気はない」ということを仄めかすと、大使は『これは失礼いたしました』とにこやかに笑った。
大使の笑みは柔らかく、先ほどの棘は影を潜めていた。食堂に走った緊張も綻び、和やかに会食が続く。柔らかな風に揺れるカーテンの奥では、東の空の二等星がまるで自らの在り方を示すようにかすかに瞬いた。
◇
『本日は歓待を賜り、誠にありがとうございました。両国の友誼が、今後ますます揺るぎないものとなることを願っております』
『こちらこそご来訪を賜り光栄でした、大使閣下。貴国のご発展と陛下のご健勝を、我が国より祈念しております』
ミスト王国の大使とエディは互いに挨拶を交わす。そうして大使は王宮を後にした。エディは全身の力を抜くように深く深呼吸をした。
「お疲れ様」
そこへ国王が優しい笑みを浮かべて歩いてくる。エディは恐る恐る「合格かしら?」と聞いた。
「うん。期待以上の成果を上げてくれたね」
「条件は達成、と見ていいのね」
「もちろん」
国王の言葉にエディは花のような笑みを浮かべる。
「さてと。ここから忙しくなるぞ。まずはチェレスティーニ家に手紙を認めないと」
「そのことなんだけど……。アタシから話をして、納得してもらってから話を進めたいの」
「それはどうして?」
国王はエディの顔を真意を探るようにじっと見た。彼は一度深呼吸をすると口を開く。
「アタシなりの誠意の見せ方っていうのが一つ。それと……」
エディは一度言葉を飲み込む。
「……ちゃんと自分の口から好きって言いたいの。二年前は気持ちを伝えることすらできなかったから」
エディのまっすぐな眼差しを見て、国王は「君が望むなら」と頷いた。
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