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10話 今度こそはもう逃げない

「アタシが王弟と知っても、ビーチェちゃんの態度は変わらなかった。当時のアタシにとって、それが本当にありがたかったのよね」


 初恋を思い出したエディは、ベッドに横たわり天井を見上げる。


「……ビーチェちゃんが婚約するって聞いた時、頭が真っ白になった。その時にようやく、本当にようやくアタシは自分の気持ちに気がついたの」


 エディは思い出す。いつもの図書館で、フェデリカから「婚約することになりましたので、図書館に訪れる頻度が減ります」と伝えられた時のことを。





 彼女は「次はこの言語を勉強しようと思っています」くらいの調子だった。その瞬間、エディの脳内では「この穏やかな時間が終わってしまう」という考えが駆け巡る。気がつけば、彼の唇は彼女に疑問を投げかけていた。


「ねぇ、その……。ビーチェちゃんは、愛人を持つ気はないの?」


 貴族の結婚は政略的に結ばれるもの。結婚しているが、本命は別の人というのもありふれた話だった。エディの疑問に、フェデリカは「愛人を持つ方を否定する気はございません」と前置きしてから告げた。


「ですが、私自身は愛人を作る気はございません。旦那様に誠実に接した上で、別の方を愛するなどという器用な真似ができる気がしませんので」


 真面目で誠実なフェデリカらしい回答。その言葉は、彼女の気持ちがエディに向くことはない、ということと同義だった。


「そう。変なことを聞いてごめんなさいね」


 エディは心に吹きすさぶ嵐を隠して、何でもないことのように笑う。フェデリカも特に気にした様子もなく、淡々と「気にしないでください」と微笑んだ。



 程なくしてエディは周辺国の遊学へと旅立った。表向きの理由は見聞を広めるため。だが実際はフェデリカを吹っ切るための傷心旅行の側面もあった。





「旅先でいろんな人と出会った。でも、ビーチェちゃん以上に素敵な人なんていなかったわ」


 結局二年の遊学程度では、思いを振り切ることなんてできなかった。

 忘れようと新しい景色に身を投げた、はずだった。だが、外国語の表現に触れるたびに彼女の顔がちらつき、吹っ切ることなんて到底できなかった。

 エディはそんなことを考えながら独りごちる。


「アタシがそうやって遊学してる間に、ビーチェちゃんは傷ついた。……遊学に出なければ、ビーチェちゃんを助けられたかもしれないのに」


 あの時に諦めなければ、ビーチェちゃんはあんな思いをしなかったのかもしれない。

 彼はそう考えながらそっと枕を抱きしめる。エディは一度目を閉じると、深く深呼吸をした。

 もう一度手を伸ばして、また拒まれたら。そんな恐怖が脳裏をかすめる。けれど、それでも。ビーチェちゃんを守りたい。隣に立ちたい。


「ビーチェちゃんが幸せになるのなら、その相手はアタシじゃなくてもいい……。そんなふうに殊勝なこと、もう二度と言わない。今度は逃げないわ」


 再度開いた二つのエメラルドには、炎のような強い輝きが灯っていた。

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