1章 ー06
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そのままトントン拍子で私とティムの結婚が決まり、やれドレスだの招待客だの忙しい日々を終え、遂にこの日―結婚式当日―になってしまったわ。
あんなにも口うるさく思っていたお父様とお兄様から離れるのが少し淋しいだなんて変な話ね。
私には二歳年の離れた兄がいる。
今ではすっかり落ち着いているけど、小さい頃は私と一緒にお父様の書斎でかくれんぼをしたり、お父様の本を無断で持ち出したりと大人達をよく困らせていたわ。
そんな兄にくっついてばかりいたから、お陰で私もよく一緒に叱られましたわ。
窓の外の木々が風に揺られている景色に、幼い子供の男女が手を繋ぎ木々の間を駆け抜ける幻影を見る。
あの頃が一番楽しかったわ。
そうそう、ティムも混じって三人で虫取をしてた事があったわ。その時、バッタに噛まれた!と、ティムは大泣き。
それなのに、お兄様ったら『そのバッタは草食だから、指は噛まない』と、ティムに冷静な一言を投げただけだったわ。
「お嬢様、急に笑われてどうかされましたか?」
さすがメリッサ。
私にドレスを着付けながらも少し微笑んだ事に気がつくなんて、長年付いてくれている侍女なだけあるわね。
「いいえ、ちょっと、思いだし笑いを。ねぇ、メリッサ。やっぱり、紫より黒色のドレスの方がしっくりきたんじゃありませんこと?」
今更ですけれど。
普段、黒のドレスを着ることが多いからか、この色に慣れないわ。
「いえ、いえ!お嬢様はこのベルベットの濃い紫がとてもお似合いです。お嬢様の輝く金色の髪と、白い肌をより一層、美しく引き立たせてくれています」
うん、うんと、侍女達が頷く。
「旦那様も仕立て上がったドレスを見て、お嬢様に似合う良いドレスだと目を細めていましたよ」
「そう、お父様が……」
そのお父様はライガー家からの縁談の手紙に泣いて喜んだそうよ。
"だそうよ"と言うのは、お母様しかその姿を見ていないから。見てみたかったわ。お父様が涙する姿を。
「とっても綺麗」
ヘアメイクの仕上げにとメリッサが、真珠を連ねた紐を髪に差し込むと、お母様が感嘆の声を漏らした。
「有り難う、お母様」
私はお母様に微笑む。
私はお父様に似ていてお母様には全く似ていない。
お父様に似て綺麗な顔立ちだと昔からから言われていたけれど、本当はお母様のような穏やかな目元の可愛い顔に産まれたかった。
鏡に映る女は面長の輪郭に、気の強そうな青銅色の瞳を長い睫毛で縁取っている。
よく通った鼻梁をしているが、どこか自慢気に見え、我ながら可愛げのない顔だと思う。
「私は先に行くわね。お父様が待っていますから、ネルもそろそろね?」
「分かっていますわ。また後で」
お母様は手を振り、出た行った。
……今日から私が帰るのはライガー家なのね。




