シュガの記憶②
宇宙船がシュバウルを発って数日、ラーヤは自室から出てこようとしなかった。
ラーヤは幾日も部屋に閉じこもり、そして泣いていた。
あんなにも泣いているラーヤの姿を見たのは、後にも先にもそのときだけだ。
シュガにとっても、親友のリュアリを失ったことは、ひどく辛い出来事だった。
だがその一方で、ラーヤには、もう自分しかいないのだという事実に、どこか期待するような気持ちがあった。
自分はつくづく浅ましいとシュガは自嘲する。
心が砕け散ったかのような、空っぽになってしまったラーヤに、シュガは寄り添い続けた。このままリュアリを追って逝ってしまうのではないかと心配しながら、いかに自分がラーヤを必要としているのか、シュバウルがラーヤを必要としているのかを話して聞かせ続けた。
そして、いつしかシュガとラーヤは生活を共にするようになり、ラーヤに対するシュガの想いは、長い時間をかけてラーヤに受け入れてもらえるものとなった。
気がつけば、いつのころからかリュアリの名前は出なくなっていた。まるで最初から、シュガとラーヤしかいなかったかのような錯覚を覚えたほどだ。
だが、いつでもシュガの頭にあったのは、ラーヤがもっとも愛しているのは、やはりリュアリただ一人だという考えだった。そしてラーヤは、願わくはリュアリのそばにすぐにでも逝きたがっているのだろうと察していた。
それを引き留めてきたのは他でもない、シュガだ。
責任感の強いラーヤが途中で放り出せないように、あらゆる策を講じた。
ラーヤ自身に、新しい星にとって、ラーヤの存在がいかに必要なのかを感じてもらうように努めた。意見を求め、役割を与え、責任を担ってもらった。そして、新しい星にシュバウルの血を根付かせるのだと常々熱く語り、ラーヤも同じ意思をもっているのだと思い込ませた。
すべては、シュガの、ただラーヤを失いたくないという、欲のためだ――
元からシュガの感覚はあまり鋭い方ではなく、魂の泉をたどったり心の内をのぞいたりといったことは得意ではない。それでも、数千年も生きてきたシュガは、ラーヤの心の内を見通せるくらいの能力は会得していた。
だができなかったのだ。ラーヤの心の内側の、深い部分をのぞき見る勇気はまるで無かった。たとえわかっていても、そこに自分が入る隙などないと実際に知れば、とても正気でいられる自信がなかったからだ。
そして、それはラーヤを失った今でも同じまま、何一つ変わらないまま、臆病なままである。
その日がやってきたのは、突然だった。
巨大な宇宙船の中で、数百年の時をかけて遺伝子改良を行ってきた「新たなシュバウル人」たちが、ようやく新しい星へ降り立つ日も目前、という頃だった。
ここ最近、ラーヤが少し疲れているようだと感じたシュガは、ラーヤに尋ねた。
「きちんとカプセルに入っているのかい? なんだか疲れが残っているように見えるけど」
カプセルとは、日々の汚れを落とすのと同時に、体内の古くなった細胞を除去し、蘇らせてくれるシステムのことだ。ラーヤは少しだけ言葉に詰まり、そして苦笑しながら、さらりと言った。
「実はね、少し前からシステムだけ切っているの」
シュガは一瞬、ラーヤが何を言っているのかわからなかった。
「システムって? カプセルのこと?」
「そう、延命の機能だけね? システムを……切ったのよ」
シュガから目を逸らすように、視線を斜め下にやりながらラーヤは答えた。
その一言でシュガは察した。
「そう……」
それだけ答えてみたものの、それ以上は言葉が出なかった。
「ようやく、彼らが地上に降り立つ目処も立ったことだし。この機会を逃すと、なんだかいつまでも、いたずらに『仕舞い時』を失ってしまう気がしてね? 前から考えていたの」
ラーヤが訥々と語る。
シュガは答えられない。
「どうか悲しまないで? 私はね、今、すごく満足しているの。とても幸せな気分だわ! あなたを置いていくのは心苦しいけど、いつまでも私とばかり一緒にいても、かわり映えしない毎日が続くだけでしょ。これからは、次の章を楽しんでほしいと思ってるの。そうだ、新しいパートナーを見つけてみるのはどう? あなた、自分で思っているより、ずっと人気者よ?」
そう言ったラーヤの笑顔は晴れ晴れとしていて、本当に幸せそうに見えた。
かわり映えなんてしなくていい、変わってほしくないのだ。
新しいパートナーなど必要ない、ラーヤが好いのだ。
だが、あふれそうな思いに反して、何一つ言葉にできなかった……。
ついにこの日が来たのかと、シュガは思った。覚悟はしていた。
本当はもっと早くこうなっていてもおかしくなかったのだ。
むしろ、よくぞここまで付き合ってくれたものだと、感謝するべきだろう。
「わかったよ。でも最期まで君のそばにいさせてほしい」
シュガはラーヤの目をまっすぐ見つめて言った。
「ありがとう」
ラーヤは、嬉しそうに涙を浮かべて、微笑んだのだった。
年齢を再び重ねはじめたラーヤは、日に日に歳を重ねていった。
ラーヤの決意から数十年、ラーヤとの残された日々を一日として無駄にしないようにシュガは過ごした。ラーヤは、あっという間にシュガとは釣りあわない老いた姿となっていったが、シュガにとっては最期まで愛らしく美しい女性であったことに変わりはない。
愛していた。
シュバウルを離れ、今日に至るまで、本当に長く険しい道のりだった。
想像以上に長い年月を、狭く閉ざされた宇宙船の中で生きることは、想像を絶するほど孤独な苦行だった。
それでも、シュガがここまで踏ん張ってこられたのは、ラーヤの存在があったからだ。
生きる意味など、とっくに失っている。
だけど、自分がいなくなれば、ラーヤの存在が、彼女が生きた事実がこの世界から消えてしまいそうでーー。その想いだけが、今もシュガをこの世界に引き留めている。
それでもいつか、自分がこの命に幕を下ろす時が来たなら、また会えるだろうか。
ラーヤ……。
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