シュガの記憶①
シュガの記憶は、幼いころから青年期へと進む。
「魂の泉が、我々の魂が還る故郷だというなら、シュバウルの血は、魂が再び夢を見るために戻ってくる場所なんだ」
そう語っていたのは、シュガが少年から青年へと変わるころ出会った、同じ年頃の男子だ。藍色の美しい髪に濃い茶色の瞳をした青年で、名前をリュアリといった。
シュガが生まれたときにはすでに、シュバウルからの脱出、そしてほかの星への移住計画は煮詰まっており、そのころはいよいよ準備段階へと入っていた。
かつて文明社会として繁栄を極め、人々が豊かで平和的に暮らしていた故郷の星「シュバウル」。それが途方もなく長い年月の果てに、星としての寿命を迎えることとなったのだ。
「いずれシュバウルの星は消えてなくなる、でもシュバウルの民は生き続けなければいけない。なぜなら命をつなぐことこそ、魂の泉から命を分けてもらった者の、最大の使命だからだ」リュアリは、普段は寡黙な男だったが、胸の中には誰よりも熱い情熱を宿していた。
いつしかシュガとラーヤの仲にリュアリが加わった。そして暇があればいつも三人で集まって、色々なことを語り合う親友同士になっていた。
シュガは三人で語らう時間が好きだった。
ラーヤの燃えるような紅色の瞳が、いつしか恋情の熱を帯びて、リュアリを見つめるようになったと気がつくまでは……。
そんな気がしていた。
ある日の夕刻、いつもの場所を通りがかったときである。
丘の上の大きな木の下で、見つめあうラーヤとリュアリの姿を見かけた。お互い熱い眼差しで見つめあい、何やら親密そうに語らっていた。
二人がいたのは、銀色の大きな葉を付けた木の根元だった。それは、シュガの銀髪と葉の色が似ているという理由から、幼いときラーヤが「シュガの木」と名付けた木だった。
よりにもよって、その木の下で寄り添う二人に、シュガは裏切られたような気持ちになった。
「実は今、愛しあっているのだ」と、二人がシュガに報告してきたのは、数日と経たっていないある日のことだ。
照れくさい様子の二人を前にして、シュガは、自分の足もとが崩れていくような感覚を覚えた。
その時はたしか、大きな図書館の裏庭にいた。近くにあった小さな泉の光が反射して、二人を讃えるようにきらきらと輝いていた様子を記憶している。シュガはシュバウルを照らす恒星の光を背に、二人にとって自分が逆光であったことを、天に感謝しながら言った。
「そうなんだ、それはいい! おめでとう」と、大げさなくらいの笑顔で。少しの動揺も、ないかのように。
「お願い、シュガからも彼を説得して」
ラーヤから、リュアリの説得を頼まれたのは、それからだいぶ後になってからのことだ。
「リュアリ、何を言っても聞いてくれないのよ。何をどう説得しても、星に残るの一点張りで……」
シュバウル脱出計画が、いよいよ現実のものとなり、すでに多くのシュバウル人が脱出を始めていた頃のことだった。シュガもラーヤもとっくに大人になっていて、すでに数千年が経っていた。
あれだけ「命をつなぐことこそ、最大の使命だ」と言っていたリュアリが、突然、シュバウルの星に残ると言い出したのだという。
「ルシヤに教えてもらったんだ。人は、限りある命を生きるから尊いのだと」
説得にやってきたシュガに、リュアリが穏やかに言った言葉だった。
ルシヤとは、リュアリとラーヤの間にできた息子であった。
しかし、そのときすでに、ルシヤは「魂の泉へ還った存在」となっていた。
シュバウル人は、永遠ともいえる時を生きている。しかし実のところ、シュバウル人の寿命は平均で140年、長くて200年ほどしかない。
では、なぜ「永遠にも似た寿命」が実現できているのかというと、ほとんどの者が延命システムを利用しているのだ。
シュバウル人は、日々、体の表面に付着する汚れや垢を洗浄してくれるカプセルに入っている。そのとき同時に、体内の細胞を微細に検査し、メンテナンスする機能を使うことがほとんどだ。そして、体に有害な細胞や病原菌があれば直ちに除去され、古くなった細胞は新しい細胞へと蘇る。そうすることで、加齢すら止めることを可能にした。
しかし、ルシヤはその延命措置を自ら放棄したのだという。生まれたときより、少し変わった思想の持ち主だったラーヤとリュアリの息子は、一度も「延命システム」を利用することがなかったらしい。両親よりずっと早く年齢を重ね、最終的に、たった148年でその生涯を終えてしまったのだ。
「人は『終わり』があるから誰かを愛せるのだよ。そして限られた時間があるから、自分を精一杯生きるのだし、人生に意味を見つけられるのだと思う」
リュアリは言った。
「命をつなぐことを、私は、『シュバウルの血を残し、少しでも長く生きること』だと考えていた。でも、違うのだと気がついた。命をつなぐとは、想いを重ね、愛を感じ、それを経験として魂の泉に刻むことなのだよ。いずれ、この世界は、宇宙ですら、その終わりを免れることはできない。そして、いずれ訪れる世界の終りまでに、また新たな世界を始める原動力を紡ぐことが大切なのだ。それは、すなわち自分が自分として、今を生きるということで、それこそが我々の本当の使命だと分かったんだ」
正直に言うと、シュガはリュアリの言っている意味が分からなかった。
そして今も、わからないままだ――。
「ひとつの壮大な潮流、シュバウルの終わりをこの目に収めたい。それが私の使命だと確信している」頑なにそう言い張るリュアリを、シュガは最後まで説得することができなかった。
宇宙船がシュバウルを発って数日、ラーヤは自室から出てこようとしなかった。
ラーヤは幾日も部屋に閉じこもり、そして泣いていた。
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