シュバウル人の乗る宇宙船
ヒネが宇宙船に乗り込むより少し前の事である。
男性が一人、ゆったりとしたひとり用の椅子に腰を掛けている。
おもむろに目を開けた男性は、目の前にある大きな窓を視界におさめた。窓の外では、濃い青緑色の星が輝いている。
遠く、星の輪郭が確認できるあたりで、赤い光がはじけるように瞬いている。今、あの辺りの地上では、地獄絵図さながらの有様となっていることだろう。
男は、先ほどまで脳内で再生していた“愛する人”の幻影を停止させた。幻影との会話は、もうずっと長い間、日課となっている彼の楽しみである。
「あなた、またしばらく部屋にこもりきりなんでしょ。よくないわ、たまには外に出て誰かと会話しなきゃ」
先ほどまで、脳内で会話をしていた女性の声が蘇る。燃えるような赤い瞳も一緒に、脳裏に浮かぶ。どこまでも自分だけを愛してくれて、嘘をつかない、この世には実在しない女性だ。
「ラーヤ、そうだね……」
男は“幻影”の名前を呼んで、重い腰を上げた。
ラーヤの助言通り、街道まで来てみれば、まばらではあるが人の波があった。
街道の中央には、水を模した液体がキラキラと滑らかに流れる川があり、その川を挟む小道は、街全体を鏡のように反射して輝いている。尖頭アーチを形作る天井は遙か高く、美しく組まれた梁の合間には、偽の惑星と星々が輝いて見える。かつての故郷、シュバウルの夜空を再現したものだ。
「シュガじゃないか!」
突然、背後から掛けられた声で、男は立ち止まる。振り返った先には、懐かしい友の顔があった。しかし、顔はすぐに思い出したのに、肝心の名前が出て来ない。シュガと呼ばれた男は、苦笑する。
「やあ……。あー、すまない。あまりにご無沙汰していたものだから、すぐに名前が出て来なくて」
シュガは、素直に謝った。
「ははは! 無理もないさ、最後に会ったのはいつだったか。いやあ、久しぶりだなあ」
その後、二人はお互いの近況を軽く伝え合った。
「ここへは? いつ着いたの?」
尋ねたのはシュガの方だ。
「少し前だ。しばらく、この宇宙船には滞在する予定だから、近々一緒に食事でもしようじゃないか。君のパートナーも誘って、また三人でさ」
楽しげに提案した旧友の男に、シュガはそっと微笑んで首を振った。
「実は、彼女はもう居ないんだ」
「え? いないって、まさか、別れたのか?」
「元恋人のところへ還っていったよ」
シュガは寂しげな色を浮かべて言った。
「そうだったのか。いや、知らなかった。いつのことだ?」
「1,200年ほど前のことだ」
それを聞いた友は、途端に笑い出した。
「いや、これは失礼。どおりで名前も出て来ないほど久しぶりなわけだと思って。つまり、君と最後に会ったのは1,200年以上も前ってことになるんだよな」
「たしかに、最後に会ったのは、つい数年前のような気がするけどね。考えてみれば、少なくともそれくらいは開いてしまったのか……」
永遠にも似た寿命を生きていると、1,200年などあっという間に過ぎてしまう。
シュバウルの星を発ったのちに、この宇宙船に合流してから、シュガはずっと変わらない日々を過ごしている。
――ずっと変わらない日々。
そう、実在した「愛する女性」を失ったという以外は、何も変わらない日々だ。
途方もない年月を宇宙船で過ごすのは、想像していた以上に過酷であった。
シュガが住む宇宙船は広大で、外壁沿いを仮に徒歩で一周するなら、優に丸一日はかかってしまうだろう。
これほど広大な宇宙船ではあるが、代わり映えのない場所で、代わり映えのしない日常を延々と生きていれば、やがて生きる意味を見いだしにくくなるというものだ。
新たな定住先として見つけた星も、結局、自分たちが降り立つことは叶わず、ようやく送り込んだ子孫をただ見守るだけの日々。こんな世界で生まれても、子どもに生きる意味を与えてやれるのかと嘆き、子を設ける者は極端に少ない。
そのため、かつて共にシュバウルを発った仲間たちは、今や5分の1以下にまで減ってしまった。
しかし、こんな環境にあって、たった独りでもシュガが生きてこられたのは――。
旧友と別れた直後のことである。突然、はっとして、シュガは目を上げた。
「また誰か侵入したようだな」
シュガは急いで当該の場所へと向かい始めた。
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