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巨大な宇宙船

 降りしきる雨が、硬い障壁に拒まれてもなお、侵入を決して諦めないとばかりに窓を叩き続けている。

 視界に入る天井は薄暗い。視線の先の上質な壁紙が、湿度のせいで緩くたるんでいるように感じた。

 朝から一度も陽光が差さないまま、今日が終わろうとしている。本来であればヒニシへ日が傾く時刻、ヨヲセから教わった“宇宙船に張り巡らされた意識の壁が、脆弱な部分を作る時間”だ。


 自室として使わせてもらっている客間の寝床に横たわり、ヒネは一つ、大きな深呼吸をした。覚悟を決めて、瞼を閉じる。

 暗闇の中で、意識を眉間の先、拳ひとつ分ほど向こうに集中させる。しばらくすると、暗闇の中に小さな光の球ができた。やがて球は、みるみるうちに大きくなってヒネを包む。これで準備はできた。

 次にヒネは、意識と自分の肉体を少しずつ離す工程に移った。意識で「ただのぞく」だけのときと大きく違うのはこの過程だ。これがなかなか難しく、ヒネも何度か試しているが、毎度成功するとは限らない。だが、意識が肉体を一度離れてしまえば、あとは簡単である。

 先ほどまで暗闇だった世界に、ぼんやりと輪郭が浮かび上がり、やがていつも見ている景色を認識する。足もとに横たわる自分の姿を確認し、今回はうまくいったようだと安堵した。あとは、意識の状態のまま宇宙船を目指せばいい。


 意識だけでどこかへ向かうとき、一番用いられる方法は座標の活用である。だがヨヲセによると、宇宙船は停泊する場所を日によって変えるらしい。そのため座標はあまり使えないとのことだった。

 その場合、目指す物体、あるいは場所の映像を意識で明確に捉える方法を用いることになる。ところが、一度も行ったことがない場所となると、当然ながら難易度は一気に上がる。

「ヨヲセのおかげですね」ヒネは、受け取った鮮明な宇宙船の映像を意識に落とし込みながら、再度ヨヲセに感謝した。

 ヨヲセからもらった情報、宇宙船の外観に、ヒネは強く意識の焦点をあてる。すると次の瞬間には、巨大な宇宙船の前まで、ヒネの意識はやって来ていた。



挿絵(By みてみん)


「なんと大きな……」ヒネはその大きさに、ただただ圧倒された。縦方向にはスベラギの塔ほどの高さしかないが、横方向には街がひとつ、そのまま入ってしまいそうな大きさを有している。

 近づくごとに宇宙船の側面は巨大な壁と化し、どの方向にもその先を捉えることができなくなった。


 ヒネは、ヨヲセの情報だけを頼りに、慎重に宇宙船の壁をたどっていく。ヨヲセが話していた通り、この宇宙船の外面には、意識でさえ侵入を阻む“壁”があるようだ。

「ここだ……」ヒネの意識は、ある一か所で止まる。

 当該の箇所に来てみるまでは、意識の障壁にぽっかりと穴があいている様子を想像していた。だが実際には、その部分を中心に少しずつ障壁が薄くなっているようであった。注意深く観察してみれば、そこは常に薄いわけではなく、不規則にうっすら厚くなったり薄くなったりしているようである。

 ヒネは意を決して、宇宙船の中へ滑り込んだ。


 宇宙船の中は薄明るく、長く続く廊下は床も壁も天井も無機質な銀色をしている。ツルツルとした質感で、アルミ製のようにも見えるが、それにしては硬度がありそうだとヒネは思った。

 ふと右手の壁を捉えたヒネは、意識の状態で立ち止まる。

 すべて無機質な壁だと思っていたが、右側の壁面は少し違うようである。注意を向けるごとに、無機質な壁は溶けるように消えて、いつの間にか全面が窓となっていた。

「これは……」窓の向こうには無数の星が瞬く宇宙があり、窓辺まで来てみれば眼下には青緑色の美しい星があった。「彼が見ていたのはこの景色だったのですね」ヒネは、いつか“肉の夢”で見た、壁に囲まれた街の「オルセ」という少年を思い出していた。

 ふと「宇宙船には大勢の人がいた」というヨヲセの説明を思い出す。ヒネは、こうしてはいられないとばかりに振り返った。

 しかし、ヨヲセが見た「大勢の人」とはいったいどこにいるのだろう……と、ヒネはしばらく踵を巡らしたが、ふと、先ほども脳裏をよぎった“肉の夢”のオルセを思い出す。オルセは、赤い実を付けた木の幹から階段を下り、地下の窓がある廊下に辿り着いていた。あの廊下はおそらく、ヒネが今いる“ここ”であろう。

「ならば」と、ヒネは天井を見上げる。やはり無機質な銀色の素材でできた天井が視界に入る。

 ヒネがそちらに意識を向けた次の瞬間には、銀色の天井の向こうへと飛び込んでいた。




読んでいただき、感謝します。

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