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【みなそこの夢】~夢で“知らない歌”を聞く少女と、忘れられた大陸~  作者: 幹まなと
【第15章】泰平のとばりを切り裂くおつき星
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ナウラの歎願(たんがん)②

『まもなくパムゥの大陸は沈む』そう発言したナウラは、化学を教わっていた時の口調そのままに話し始めた。

「昨夜の大雨は、アマトでも大変な被害をもたらしていることでしょう。あれは『おつき星』から溶け出たものがこの星の重力によって引き寄せられ、地上に落ちてきているのでございます」

 ヒネは、目を見開いた。

 たしかにそれなら説明がつくと思った。

 大雨となる前、徐々に近づいてきていたはずの「おつき星」は、その動きを止めたようにすら感じる。「おつき星」の長い尾の正体は、彗星から溶け出した水であるということは、今やパムゥの中では周知のことである。ラーヨウによって溶け出た水が、惑星パムゥの重力によって回収されるように降り注ぐ姿を、ヒネは想像する。

「実は以前から、私の兄はこのことについて警鐘を鳴らしていたのです。スベラギから発表された見解は間違っていると。このままの進路を保てば、巨大彗星は惑星パムゥの重力にいずれつかまってしまい、宇宙に放たれるべき水の多くがパムゥの星にそのまま降り注ぐことになるやもしれぬと。そしてこの件は以前、兄がカダ様に直接お話ししたこともございます」

 ヒネは驚いて目を見開く。ナウラの兄なら、直接話したことは無かったがヒネも知っていた。ナウラと同じ化学の道を志す学者で、名前はハザクという。ナウラは彼を兄だと言っているが、血縁関係はないらしい。

「カダ様はそのときなんと?」

 ヒネはナウラに聞いた。

「もちろん聞き入れてくださいました。議会にもかけていただき、万一に備えて新たな船を造船することも決まったと聞いております。ですが兄は大事なことを伝え忘れていたのです」

 ナウラはそう言って悔しそうに目を伏せる。

「いえ、正確には伝え忘れていたわけでなく、まさかそのようなことが本当に起こるなどあり得ないと、高を括っておったのです」

 ヒネは眉を寄せる。

「そもそも、兄の計算もあくまで可能性の一つに過ぎないものと私は認識しておりました。宇宙がいかに広かろうとも、あれほどの巨大彗星は極めて稀です。それが完璧な質量を携え、完璧な軌道を通って惑星パムゥへと近づき、さらに惑星パムゥの重力につかまり身動きがとれなくなるなど、その確率は無きに等しいも同然なのです。その上、さらに……」

 そう言ってナウラは言葉を切った。見れば少し唇が震えている。なんだか嫌な予感がして、ヒネの眉根に一層力が入る。


挿絵(By みてみん)


「ヒネ、そなたは水を人工的に生み出す実験を覚えておりますか?」

 ヒネはいったん眉の力を抜き、しばし昔の記憶をたどる。

「ええ……たしか酸素と水素で作ったような。二つを注入した試験管に、細い着火棒をナウラ様が差し込んで火をつけたのでしたね」

 そこまで言ってからヒネは、かつて実験室で見た光景を脳裏に浮かべる。ナウラが着火棒の起動装置に手をかけた瞬間、それは火の姿さえ見えぬほど一瞬のことだった。小さな爆発音とともに試験管の中がくもり、その内壁には、先ほどまではなかった水滴が付いていた。

「さようでございます。酸素と水素を混ぜた気体に化学反応を加えれば水を作ることができます。もっとも単純な化学反応は燃焼、つまり火です」

 ナウラは講義のときのように、てきぱきと説明を続ける。だがヒネはしだいに胸がざわざわする感覚を覚えてきた。「なんだろうか……、水・火・燃焼、すごく引っかかる組み合わせだ」昨夜の大雨と、はるか上空での爆発音がヒネの耳に蘇る。

「しかしそれは、酸素と水素を混ぜて火をつければよいという単純なものではありません。酸素と水素の体積比が1対2といった加減、塩梅あんばいのようなものがある程度必要です。」

 そこまで話したナウラは、一度呼吸をしてから、話題を変えるような調子で話しだす。

「ところでヒネ、彗星の尾はヒネもご覧になったかと思います。彗星の尾の正体は水であると巷では認識されているようですが、実はそうではありません。あれは、彗星がまとっている水素氷と呼ばれるものが、ラーヨウの熱で溶かされ蒸発することによって、ちりと電荷をもった粒子が放出されたものなのです。まるで尾のように見えるのは、ラーヨウの光や風で流されることによります」

 ヒネは、なるべく理解が追いつくようにと、慌てて姿勢を正し、傾聴する。しかしナウラは、はっとして

「申し訳ありません。私ったらまた……」

 そう言って恥じらうように笑って続けた。

「尾のことはよいのです。つまり、何が言いたいのかというと、彗星がまとっているのはただの氷ではないということです。いろいろと説明を省いて単純に表現すると、高濃度の水素を含んだ“水素氷”を彗星はまとっております。そして氷が解け出すのと同時に、一緒に封じ込められていた水素もまた、解き放たれるのです」

 ヒネはうなずきながら、しかし確実に胸にしのびよってくる暗い影を感じ取っていた。



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