穏やかな休日②
見知らぬ男性は、自分のことをヨヲセの恋人だと勘違いしているようだ。それなのに、訂正するでもなく嬉しそうに軽口をたたくヨヲセに、ヒネは呆れた視線を向ける。
男性は、左官職人の仲間なのであろうか。ヨヲセと同じく、よく日に焼けた肌と逞しい体つきをしている。
「おーい!」」
遠くから声がしたので、ヒネとヨヲセがそちらを見やると、手を挙げて合図をする数名の男性がいた。皆、袖のない、腰丈の衣に、裾の狭い袴をはいている。つま先に固い板が入った履物は、下から裾を縛り上げるための長い紐が付いているが、今は縛り上げるのが面倒なのか適当に足首に巻いている者が多い。これは職人ならではの履物で、スベラギの塔でもよく見かける姿である。
「長旅、難儀であられました」
声をかけたのは、先ほどヒネとヨヲセに話しかけてきた男性だった。
「もう少ししたら貨物庫が開くそうだ。今日は非番だというのに申し訳ない」
近くまでやって来た先輩と思しき男性の一人が、ヨヲセたちに声をかける。
「構いません、どうせ暇ですから」
ヨヲセは軽く答えている。先輩がちらりとヒネを見たので、ヒネは黙礼した。
ヒネはこの場にいても邪魔になるだけだろうと察し、ここで立ち去ることにした。
「それではヨヲセ、私はこのあたりで失礼します。また明日、朝の礼でお会いしましょう」
「おお、気をつけてな! 」と言って、ヨヲセはヒネを見送る。
「え? もう帰ってしまわれるのか?」
最初に声をかけてくれた男性の声が背後で聞こえたので、ヒネは振り返り、会釈だけして立ち去った。
アマトはパムゥ最大の都市であり、したがって一日に離着陸する飛行艇の数も随一だ。駐機している飛行艇の数の多さに、ヒネは改めて驚く。
飛行艇の発着場は、巨大生物の侵入を阻む大きな柵で囲われた広大な土地の一部にある。この土地の主な利用目的は飛行艇の離着陸そのものである。しかし、ここは柵に囲われた貴重な“地上の”土地であるため、火葬場やゴミ処理場、またアマトの住民の「干し場」としても利用されているのだ。
「お嬢さん、綺麗な巻貝の髪飾りはいかが?」
優しそうな中年の女性がヒネに声をかけた。見れば、色とりどりの貝殻で作られた装飾品が、腰の高さの台の上に広げられている。『価物受給権なら、どれでも一つ三承恩。その他、物々交換も承っております』と、書かれた札が装飾品の間に置いてあった。承恩とは、価物受給権を数える上での単位である。
干し場は、主に食べ物や粘土細工を乾燥させるために、天然の光を求める者なら誰でも自由に使える場所である。そのため自然発生的に人が集まるようになり、結果的に、「干し場」の呼び名に似つかわしくない市場のような賑わいをみせるようになった。先ほどの「動く道」の脇にある広場と同じく、いつも人で溢れ、催し物や物々交換をはじめ、価物受給権と引き換えにさまざまな営みが、盛んに行われている。
ヒネが、初めてアマトに降り立ったのは3か月ほど前で、そのときはあまり干し場を見て回れなかったため、改めて訪れたいと考えていた。
目の前を木の皮と紙で作られた鳥が、ハタハタと翼を上下に揺らしながらヒネの前を通り過ぎた。視線を上げてよく見れば、鳥の玩具は細い糸で吊るされており、糸の先には大きくしなった竿の先端があった。
無秩序にできたような細い通路を挟むように、さまざまな色形の天幕が張られ、奥の方まで続いている。天幕の中では、それぞれ菓子や雑貨の類が所狭しと並べられているのが見えた。
細い通路は不規則に続いており、そこに溢れる人の波を縫うようにヒネは歩いた。ヒネが育ったマガにも、人が集まる街や市場はあったが、これほどまでに多くの人出は経験したことがない。まるで祭りにでも来たような気分になって、ヒネは夢中で天幕の中や人々の波を目で追っていた。
すぐ先で、奇抜な色の衣がふと目に入る。
淡黄の地に白の波頭が大胆に踊り、真っ赤な牡丹の花と橙色の見事な鳳凰が描かれている、肩幅の広い男が着た羽織の柄だった。こちらに背を向けているせいで男の顔までは見えないが、そのぶん柄がよく見えた。
ヒネはもともと、衣づくりを生業とする共同体家族の一員だ。変わった形や柄の衣を見れば、つい観察してしまう癖がある。
「なんと見事な……」
つぶやきながら、ヒネがしばし男の背中を眺めていると、突然男が振り返った。
その顔を見るなり、ヒネはぎょっとした。見覚えのある顔だったからだ。
「いや、勘違いかもしれない」と思い直し、こめかみに埋め込まれた電子機器で、昔の画像をそっと検索しはじめる。たしかずっと昔、異母兄弟のリタから貰った画像で、まだ残っていたはずだ。
しかし、検索しながらもヒネの胸のうちには、確信めいたものがすでにあった。
先ほどは衣の柄に気をとられて気がつかなかったが、意識してみれば、魂の音色は知っている者のそれと、記憶の限りでは寸分違わない。
あった……画像を確認し、やはり目の前の男はヒネが思っていた人物であると確信に至った。




