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恋の密談②

 ヒネは実家にいたころから、同世代の女子たちとは、見えない境界線のようなものを感じており、いくつになっても馴染めずにいた。そのため、恋の話などからも縁遠く、しかし実のところ嫌いな話題ではなかった。いつも遠巻きに聞き耳をたてては、楽しんでいた節がある。

 実家を離れて、ようやく同世代の女子と恋の話に混ぜてもらえる日が来るなど思ってもいなかった。ヒネは、はやる気持ちを抑え、会話の続きに耳を傾ける。

「ハクナム様はすでに恋人がいらっしゃいますよ。同じ部署の……何でしたっけ、ほら。こう、ぽっちゃりとした……」

 一重まぶたの女性が、身振り手振りで体の形状を表現する。

「え~、じゃあ誰が残っておられます?」

 不満そうにサネオギが言う。ヒネは、恋人のいない男性はそれほどまでに少ないのかと驚く。ならばヨヲセでもよかろうにと思ったが、なにやら彼女たちの条件にはそぐわない雰囲気であった。「ヨヲセは、見た目もそんなに悪くないのにな」とヒネは首を傾げる。

「やはり難しいですね。出世する見込みのある方はすでにお相手がいるか、そうでなければ中年か、さまざま別の理由あり、といった方々ばかりでございます……」

 エンジュが苦笑しながら口を挟む。ヒネはエンジュの方を見ながら「なるほど、出世見込みのある者がいいのか」と納得した。だが出世したところで何だというのだろう、と、さらに訝しく思う。


挿絵(By みてみん)



 ヒネは先日、魂の泉でのぞいた「ジンナ」という女性のことが頭に浮かぶ。あの星では通貨制度があるせいで「お金」を多く稼ぐことが、人生において比較的重要な課題とされている節があり、共に過ごす相手の収入をジンナは気にしているようであった。しかもジンナは、結婚という契約を交わしたのちには家事全般を預かる“主婦”なるものに憧れており、専業の主婦ともなれば遊んで暮らせるかのように考えていたようにも見受けられた。遊んで暮らしたいかどうかは個人の趣味ではあるが、金銭が重要である以上は「出世見込みのある者」と、「収入が上がる可能性のある者」は同義であり、恋人に所望するのも納得がいく。

 しかし――

 ヒネは、いまだ賑わう配膳口で、食事を受け取る人を見やりながら考える。

 パムゥには通貨制度が無く、出世した者の恋人であったとてあまり利点がない。もし無理矢理、利点を探そうと試みるなら、出世する者はそれだけ人々に貢献している人物とみなされるため、「皆の尊敬に値する者に愛されている」という自己満足、あるいは自己顕示欲を満たせる……くらいのことであろうか。それなら納得できないわけではないが――

 ヒネは、いつしか自分の手に収まった茶碗に視線を移し、そのまま考え込んでいた。

「いかがなさいました?」

 すると、ヒネの様子に気がついたエンジュが声をかけてくれた。ヒネはエンジュの方を見やり、素直に疑問を口にする。

「なぜ、皆さまは出世見込みのある方をご所望なのかと思いまして。何か利点でもございますのでしょうか?」

 するとサネオギが真っ先に声を上げた。

「ありますとも、大ありでございます!」

 ヒネは目を見開いた。

「と、おっしゃいますと?」

 すると得意満面の顔でサネオギが、やはり何も摘(つま)んでない箸の先を天井に向けながら言った。

「だって、組織人様で上役ともなれば個室が与えられるではございませんか」

「個室……?」

 ヒネが、意外な単語に反応して復唱すると、サネオギは続けた。

「個室が与えられているお方には、その恋人。さらに、子がある者であれば、その子が13歳になるまは、その部屋で共に生活することが許されているのですよ。ご存じなかったですか?」

 ヒネは驚いた。そんな制度があるとは初耳である。

「マツリノミヤの方は、ご自身が出世して「上役」にでもなれば、個室に住まうことも可能です。しかし、私たちイトナムノミヤの者は、相当な上役まで出世しなければ、個室など夢のまた夢です」

「つまり……個室住みたさに、上役の恋人を狙うと⁉」

「しっ!」

 ヒネが思わず出した大きな声に、エンジュの組の者が慌てる。ヒネも、急いで口を押さえた。

 サネオギはその後、声を落として補足説明をくれた。

 スベラギの塔でイトナムノミヤに所属する者は、そのほとんどが大部屋で生活をしているのだという。一方、マツリノミヤに所属する者は「組織人」として認められれば2、3人部屋で生活をすることを許され、何かの役が付いた「上役」になると個室が与えられるのだそうだ。人数の多い部署では、上役だけでもかなりの人数がいるため、全員が必ずーーというわけではないらしいが、それでも空きが出れば個室に移れる可能性があるのだという。

「ですので、大部屋を抜け出したいと願うなら、「個室住まい」である組織人の、恋人の座を狙うのが一番早いのです」

 食堂内に飛び交う騒音の中、顔を寄せ合ってひそひそ話す声を、ヒネは気合いで拾う。

 若干呆れる思いがしたが、しかし、それで納得がいったとヒネは思う。

 なお、カムイクジナでは、正式な神呼や審神者の数がもともと少ないため、上役でなくても神呼や審神者になれば個室を与えてもらうことが多いらしい。それでヨヲセの名前が出たのだ。

 しかし、ヒネはここで、はたと気がつく。

「私も個室ですが……」だが、これは決して口にできない、口にしてはならない言葉だ。迂闊にも口が滑らないよう、ヒネはこの言葉を胸の奥深くにしまいこんだ。

 しかし、ヒネは正式な神呼どころか見習いでもなく、ましてや候補生ですらない。いったいなぜ、広々とした個室で一人寝起きしているのだろうと、今になってようやく疑問に思ったのである。



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