客間を使わせてもらっているワケ①
「候補生の寝ている部屋?」
ヨヲセの声が、狭い昇降機の壁に響く。
「はい。私と同じ立場の神呼見習候補生は、通常どういった環境で寝起きしているのかと思いまして」
翌日、ヒネはいつものごとく、ヨヲセの職務「お悩み相談」に同行させてもらっていた。途中で使う昇降機の中で、珍しく自分たち以外の人間が居なくなったので、ヨヲセに尋ねてみたのだ。
「あ~なんだっけか。私は、いきなり見習いから始めたから詳しくは知らないんだが、たしか大部屋の床に褥を敷いて雑魚寝する……とかなんとか言ってたかなあ」
「さようでございますか、やはり……」
ヒネは目を伏せて言った。
「なんかあったのか?」
ヨヲセが首を傾げてヒネの顔をのぞき込む。
「いえ、実は私、この塔に来てからというもの個室で過ごさせていただいております。ですがこの塔では、個室を与えられている者はごくわずかだとお聞きしました。イトナムノミヤの方々なんて……」
と言いかけてヒネは言葉を切った。「個室に移りたいがために上役の恋人になる画策まで練っております」などとは、さすがにヨヲセに言わない方がよかろうと思い、
「いつも大変な職務をなさっているのに、皆大部屋住まいだと聞きます。私はなんだか申し訳なくて」
と続けた。ヨヲセは視線を斜め上に上げて
「あ~~、そう……か……」
と、今まで考えてもみなかったといった風に声を出す。
「ヨヲセはなぜ、ガルシャ様と一緒にお住まいだったんですか?」
これに関しては、今までもずっと疑問だったことである。
相部屋とはいえ清潔なスベラギの塔で寝起きできるなら、わざわざ危険のある地上を歩いて、あのように雑多な住まいに行き来せずともよかろうに、と思う。しかも、ガルシャの死後は、乞えばカムイクジナでもタオキホオヒカムナでも部屋を与えてもらえるだろうに、未だにガルシャの家とスベラギの塔を往復しているようだ。
「え? ああ……私はあまり住まいにこだわらない、というか、寝られるならどこでもいいんだ」
ヨヲセはあっけらかんと言った。
「私はもともと、穴築職人だ。穴築職人は何か月もかけて地下深くを掘削していくんだけど、一日の終わりに上階へ上がって、朝になったらまた下りて……なんて、はっきり言って面倒なんだよ。必要最低限の食料と身体を清める道具を持って、それこそ長いときは何週間も、埃だらけ湿気だらけの空間で寝起きする。だから今でも別に、寝起きできるなら少々のことは気にならないんだ」
ヨヲセの話を聞いて「そういえば」と、初めてヨヲセと出会った日のことをヒネは思い出す。
あのときも、寝床をヒネに譲ったヨヲセは、巨大生物に遭遇しかねない(いや、実際は遭遇したらしいのだが)外で寝ていた。
「さようでございましたか……」
そんなヨヲセを、ヒネはたくましく感じる。
「あと、まあ。こんなことを言うと照れくさいんだが、今まではババ様が心配だったんだ。勇ましいお方ではあったが、そうはいっても、もうお歳だったろ? 毎日、巨大生物に遭遇するかもしれない地上を独りで歩かせるのは心配だなって。だから行き帰りは一緒に、と思ってはいたんだけど、行きはともかく、帰りは知らないうちに独りで帰ってたりするもんだからさ」
そう言ってヨヲセは、鼻頭をかきながら寂しそうに笑った。
「いまだにガルシャ様の家で寝起きするのはなぜです? これからも、あの家に住むおつもりですか?」
ヒネが問うと、ヨヲセはヒネの瞳をじっと見てから答えた。
「あ、いや……何も考えていなかったが、そうか。ヒネは、住むならやっぱり、スベラギの塔がいいか? あの家より」
ヒネは、なぜ自分の希望を聞かれたのか意味が分からず、しばらくヨヲセの瞳を見つめたまま固まった。
「あー、いや、なんてな。暑っ! 今日は何か、暑くないか⁉」
ヨヲセは反対に顔を向けて、頭をかきながら言った。見れば、耳が赤い。
ーーチーン。
昇降機が地下一階に到着したことを報せる音が鳴った。
昇降機を降りても、顔が赤いままのヨヲセを見て、ヒネはそんなに暑いだろうかと辺りを見渡す。見渡した先で、生前のガルシャが昇降機を待つとき、よく腰を掛けていた椅子が目に入る。ヒネはふと笑顔になって、ヨヲセのほうをちらりと振り返った。
出世などせずとも、こういった者を恋人にすれば幸せになれるだろうにと思い、いつか機会があれば、彼女たちにヨヲセのことを推しておこうとヒネは心に留めた。




