もう一つの人生②
ジンナは、金田の恋人になった。
金田が店に来る回数も、店で使うお金も、当初の約束通りには増えなかった。それでも、唯一の太客は盤石のものとなり、ジンナの売り上げは安定した。
そのかわり、金田と同伴の日は毎回ホテルへ行ってから店に向かうようになった。
金田との同伴のたび、ジンナは自分が汚泥の中に沈んでいくような気持ちになっていった。
金田と付き合うようになってから2か月ほど経ったころ、その日もジンナは金田と同伴して店に入った。
当然、昼過ぎからつい先ほどまでホテルの一室で金田と過ごしてからの出勤である。
店に入るなり、更衣室へ向かおうとするジンナを店長が呼び止める。
「ジンナちゃん。今日、サクラちゃんのお客さんで弁護士の先生が、弁護士の一団を引き連れて来店してくれてるんだけどさ。全員弁護士らしいし、気に入られれば新しいお客さんになってもらえるかもしれないから、1回席に付いとく?」と聞いてきた。
これはキャバクラではよくある話だ。
本来であれば、指名のお客が来店している嬢は、フリーと呼ばれる誰も指名していないお客の席には付かない。しかし人気の嬢ともなれば、たいてい複数の指名客が来店しており、その席だけを回っていると新規のお客が獲得できなくなる。そのため指名客が来店していても、そちらにはヘルプを付けて場をつないでもらい、しばらく新規のお客に付いて新たな指名を獲得できる機会を設けるのだ。ある意味ではキャバクラ嬢に対する店側の配慮ともいえる。
ジンナは首を伸ばし、先ほどから賑わっている団体の席をのぞく。
瞬間、ジンナはドキリとした。見覚えのある顔があったのだ。
あれはたしか、ジンナの幼なじみである法槻 司だ。そしてジンナの初恋の相手でもあった。
「なんでこんな所で働いてるの?」「結婚は? まだしてないの?」「借金っていくらくらい? いったい、なんでまた……」予想される自分への質問が瞬時に思い浮かび、ジンナは怖気づく。
身じろぎしたせいか、先ほどのホテルで使った石鹸の香りが自分からふと匂った気がした。ひどく自分が汚れている気がして、ジンナはすぐさま店長を振り返る。
「私、あの席には着けません。会いたくない知りあいがいるんです!」
ジンナがそう言うと、店長は
「マジか、そりゃダメだな。オッケ~、じゃあ今日も金田さんの席、よろしくね」
そう言って去っていった。
ジンナは、団体客が帰るまでの約1時間、ソファーにいつもより浅く腰を掛け、団体客の方には不自然なほど背中を向けて金田の接客をした。
金田とは約5年間、関係が続いた。
そして関係の終わりは、あっけなくやってきた。
その日ジンナは休みだったが、なじみの客から「今から店に行く、今日しか行けない」と言われ、店にお願いしてイレギュラーで出勤にしてもらった。当該の客から連絡が来たときにはすでに店の開店時刻は過ぎていたので、いつもよりだいぶ遅れての出勤である。気楽な小遣い稼ぎのつもりで、ジンナは店に向かった。
だが店に着いてみると、そこにはなぜか金田の姿があった。
店長は知っていたはずだが、まるで金田がジンナの客であることを知らないかのように振る舞っている。当然だ、ここは高級クラブのように永久指名のシステムなどない、ただの場末のキャバクラだ。お客が突然指名を変えようとも、来店さえしてくれれば店は何も文句を言わない、それがルールである。
金田の席を見れば、付いているのは34歳の、今年入った新人キャストだった。たしか数か月前にジンナのヘルプとして金田の席に付いたことがある。そのときに金田は彼女を気に入ったのだろう、ジンナの休みの日を狙っては、たまにこうして彼女に会いに来ていたようだとあとで知った。
金田も突然出勤してきたジンナに驚いて、そのときは適当に言い訳をして取り繕っていたが、次のときからは隠そうとすらしなくなった。
やがて指名はジンナから、その新人キャストへ本格的に変わってしまい、必然的に金田との関係はあっけなく終わった。
ジンナはそのとき45歳。熟女キャバクラとはいえ、すでに限界を迎えている年齢であった。
それから、ほどなくしてキャバクラを辞めたジンナだったが、それでも金田が約5年間通ってくれたおかげで、不動産投資でできてしまった借金の大部分を返済できていた。
それだけが唯一の救いだった。
その後は、昼はスーパーでパートを、夜はスナックでアルバイトをするという生活を続けている。
気がつけばジンナは、その年、53歳となっていた。




